第14話 いざ炎の神殿へ

《ゼラン視点》


 ベロニカと最初の訓練をしてから一週間ほどが経過。

 今日も俺はベロニカと模擬戦を行っていた。


「たあっ!」


 激しい近接格闘の最中、ベロニカの攻撃が次々と迫ってくる。

 一瞬の隙を突かれ、彼女の鋭い手刀が俺の胴体を捉えた。

 

「よしっ、一本取ったわよ!」


 息を切らせて膝をつく俺の目の前で、ベロニカは元気に飛び跳ねている。


「やられたな。随分動きが良くなったじゃないか」

 

 ベロニカは、模擬戦では最初ほど極端に怯えることはなくなった。

 今まで使えていなかった近接スキルも扱えている。

 戦術の幅はかなり広がったはずだ。


「ふふ。でしょ?もっと褒めてもくれてもいいのよ!」


 ベロニカはふんぞり返って、誇らしげに口角を上げた。


 素を出してるはずだが、割と演技の時のノリが混ざってる気がする。

 幼げな声の調子で威張る様は、年下の女の子がドヤってるみたいで微笑ましい。


 それはそうと、十分な実力を出せているのを本人も自覚しているのだろう。

 今日はかなりご機嫌のように見える。


 訓練初日のベロニカとはまるで別人みたいだ。


 あの日、彼女の部屋で打ち明けられた話には驚いた。

 まさかベロニカがあれほど悩んでいたとは思わなかった。


 あまりに深刻そうだったから、親身になって励ましたんだったな。

 その勢いでこっちまで本音をぶちまけたのは、今思えば迂闊だったかもしれん。


 まあ、結果的にお互いの秘密を共有する形に収まったし、良かったとは思ってる。

 

 ちなみに、女性の部屋に入るのは人生初のイベントであった。

 あり得ないと分かっていても、湧き上がる妄想は止められるはずもなく。

 内心、ずっとドギマギしていたのは彼女にも内緒だ。


「あー、すごいすごい。これなら、いつ勇者と戦っても大丈夫だな」


 俺はちょっと舞い上がっているベロニカを適当にあしらうべく褒めちぎる。


 実際すごいのは間違いない。

 それこそ、べた褒めしてもいいくらいに。

 

 彼女がどんどん強くなっていくものだから、それに引っ張られて俺も鍛えられた。

 やはり基礎能力が高いベロニカとの戦闘はかなりの修行になっている。


 俺も勇者との初戦に比べて、戦いの感覚が体に馴染んだし対応力も上がった。

 我ながら、それなりに手ごたえを感じている。


「うっ、それは持ち上げすぎ!本番はやっぱりまだ不安だよ」

 

 勇者の話を出したせいか、彼女は血相を変えて両手でバツマークを作った。


 確かに実戦となると、そう簡単にはいかないだろう。

 心理的なプレッシャーも大きくなる。

 時間が許す限り、修行して備えておくに越したことはない。


「じゃあ、もう1セットやるか」


 俺がそう言って立ち上がると、こちらに近づいてくる人物が目に入った。


「やあ。2人とも精が出るね」


 軽く手を振り、近寄って来たのはソウマだった。


「あら、なにか用かしら?」


 ベロニカが澄ました顔で、いつものように高圧的な声音を響かせる。

 改めて声色の切り替えを聞くと、無邪気な素の彼女とのギャップが凄い。

 俺とは違ってかなり上手い演技に感心してしまう。


「速報だよ。勇者が炎の神殿に向かっている。そろそろ移動の準備を始めよう」


 その一言で、俺たちの間に流れる空気が変わった。

 ゴクリと生唾を飲む。

 修行を続ける気満々だったのに、もう出発かよ。


 ベロニカの方をチラリと見る。

 彼女は表情こそ変えていないが、若干頬の筋肉が引きつっているような気がした。

 たぶん、俺も似たような顔をしていただろう。



  


 ソウマの報告から2日後の早朝。

 俺たちは3人で魔王城を出発した。


 話を聞くと、ソウマが部下に勇者の動向を調べさせていたらしい。


「勇者が神殿に着く頃合いは大体把握できてる。ボクたちが休息と移動をする時間はちゃんと確保しているよ」


 と、ソウマは言っていた。


 彼の言葉通り、俺たちは体調を整えた上で余裕を持って神殿へと向かっていた。


「で、なんでこのワタクシが飛んで運ばないといけないの?ちょっと不公平じゃないかしら」


 ドラゴン形態のベロニカが、翼をせわしなく動かしながら文句を口にする。

 その様子を見て、ソウマがベロニカの背中から身を乗り出し声を張り上げた。


「悪いね。結局これが一番速いし、効率もいいんだ。疲れたら途中で休憩してもらっても大丈夫だよ」


 炎の神殿は大陸の南に位置する火山に存在している。

 前回と同じで、最寄りの転移魔法陣からは自力で移動する必要があった。

 そこで、今回はベロニカの飛行能力を存分に発揮してもらうことになったのだ。


「ふん。休む必要はないわ。これくらい、お安い御用よ!」


 ベロニカそう言って、鼻を鳴らした。

 俺とソウマは各々感謝の言葉を述べて、ベロニカの機嫌を取る。


 そうしてしばらく空の旅は順調に進んでいたのだが、個人的に問題が起きた。

 上空の風の中だと言うのに、俺の額から大粒の汗が噴き出し始めたのだ。


「もうかなり暑くなってきたな。こりゃあ、火山に着いたらもっとキツそうだ」


 火山が近づくにつれて強くなる熱気に当てられ、つい愚痴が零れる。


 雪男の俺にとっては、暑さは天敵。

 今回の戦場はかなり不利だ。

 

 すると、ベロニカが思いのほか上機嫌な感じで反応した。


「ふふ。やっと赤竜の本領を発揮できるわね!辛いなら、全部ワタクシが片付けてあげてもいいわよ!」


 前回と違って、ホームグラウンドだからかだいぶ気が大きくなっているようだ。

 いいことだが、あまり調子に乗り過ぎるのもよくない。


「もちろん頼りにはしてるぜ。だけどな、勇者も伝説の装備を1つ持ってるんだ。油断して足元をすくわれないようにな」


 そう。

 氷の神殿を攻略された今、勇者は強力な装備を手に入れているはずだった。

 俺たちも強くはなったが、勇者も前より確実に力をつけているのだ。


「うっ。そ、そうだったわね。分かったわ。ちゃんと気をつけるわよ」


 ベロニカはやけに大人しく俺の言葉を受け入れた。

 気持ちが昂り過ぎたことを反省したのか、しゅんとしてしまった。


 ちょっと釘を刺し過ぎたか?

 気を引き締めた方がいいとはいえ、委縮してしまっては意味がない。

 俺がかける言葉を考えていると、後ろから変な声が聞こえた。


「ぐふっ」

 

 振り返ると、ソウマが口元を押さえてプルプルと震えていた。


「ソウマ、どうかしたのか?」


 ソウマはブンブンと大げさに両手を振る。

 その顔は紅潮しているように見えた。


「えっ?い、いや、だいじょーぶだよ。むしろご褒美……、じゃない。その、とても興味深いと思ってね」


 飛行中ということもあって、セリフの前半はあまり聞き取れなかった。

 それでも、その受け答えが奇妙であることはしっかりと分かった。


 慌てたような早口で、ところどころ言葉がつっかえたりもしている。

 普段は歯切れよく話すソウマにしては、様子がおかしい。


 俺は辛うじて聞き取れた部分について、問いかけてみる。


「興味深いってどういうことだ?」


 俺の質問を聞いて、ソウマは突然目を爛々と輝かせた。


「それはもう、ベロニカが素直にゼランの言葉に従っちゃうとかいうやり取りそのものがさ!いつの間に2人はそんなに打ち解けたんだい?とても気になるよ!」


 いきなりのマシンガントークに俺は思わずたじろいでしまう。

 人が変わったみたいな興奮っぷりだ。

 ソウマの問いにどう答えるかよりも、彼の豹変ぶりの方が気になって仕方ない。


「べべ、別に打ち解けたとかそういうのじゃないわよっ!勘違いしないでよね!ゼランの言ってることが、正しいと思っただけよ。それだけだから!」


 俺が黙りこくってる間に、ベロニカが返事をしてくれた。

 だが、ベロニカもなぜかえらく動揺している。


 もう会話がめちゃくちゃだ。


「くっ、古き良きツンデレ仕草っ……。ごちそうさまです……」

 

 ソウマは小声でぼそぼそと呟いている。

 純粋な疑問だが、さっきから彼はなにを言っているのだろう。


 ごちそうさまとか、この状況では意味が通らない。

 比喩表現かなにかだろうか?


 ツンデレにいたっては俺の知らない言葉だ。

 もしかしすると専門用語?

 俺の知識が足りてないだけなのか?


 元々ソウマは掴みどころのないキャラだ。

 しかし、今のやり取りで彼のことがますます分からなくなった。


 どうやらテンションが上がっているようだが、その理由が全く理解できない。

 なまじ感情が昂っていることだけは伝わってくるせいで余計不気味だ。


「はっ、いけないいけない。2人とも、それより目的地が見えてきたようだよ」


 パッと普段の調子に戻ったソウマの言葉を受けて、前方に目をやる。

 火山の中腹にある大きな洞窟の入り口が徐々に近づいて来ていた。


 ソウマの性格について謎が増えたが、それは一旦置いておこう。

 

 勇者パーティへのリベンジの時が、もう目前に迫っていた。

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