第11話 訓練場の一幕
俺とベロニカは魔王城の地下にある訓練場へと足を踏み入れた。
そこは地下とは思えないドーム状の空間になっている。
「へえ、思ったより広いのね」
ベロニカはここには初めて来たようだ。
彼女は修行とかするようなキャラじゃないし、それも仕方ないか。
珍しいものを見るように、訓練場の中を見回している。
「空中を主戦場とする魔物や遠距離攻撃が得意な魔物でも使えるように、空間を広く取ってあるんだと。お前にとっては使いやすいかもな」
当然、ここはゲーム内には無かった施設だ。
今の説明も、魔王城を守る兵士からの受け売りである。
「でも、結構使ってる魔物がいるじゃない。どうするの?まさかまた待機しないといけないんじゃないでしょうね」
ベロニカはそう言って、ジト目でこちらを睨んだ。
ここ最近、ことある毎に待たされたせいでストレスが溜まっているようだ。
おっかないな。
それはそうと、ベロニカが言うように訓練場にはそこそこの数の魔物がいた。
魔王を守る任務を帯びた近衛兵たちだ。
有事以外は訓練に明け暮れているらしい。
なかなか真面目でストイックな連中のようだな。
「まあ待て。今交渉してくるからよ」
俺は比較的体が大きくて立場の強そうな魔物を探した。
あそこにいる奴なんか、ちょうどよさそうだ。
「ちょっといいか」
「ん?吾輩になにようだ?」
俺が話しかけたのは、首なしの鎧だった。
デュラハンという魔物だ。
左腕に自身の頭を抱えている。
そいつはこちらを振り返るなり、頭を放り出しそうな勢いで驚いた。
「むむっ、ゼ、ゼラン様!?と、ベロニカ様まで!!」
俺たちが誰か気づくなり、ガシャンと鎧の音を響かせ膝をついた。
「四天王のお二方が、こんな場所に来られるとは……。なにかご用ですかな?」
「ああ、俺たちもここで訓練したいんだ。巻き込むと悪いからな、少し場所を空けて欲しいんだが」
すると、デュラハンはまたしても大げさな身振りで仰天した。
「な、なんと!修行でございますか!いやあ、己の強さに慢心せず高みを目指す姿勢。大変結構なことでありますな!」
「そりゃあ、どうも」
「四天王の方々がそのような心意気を見せてくださるとは。いやはや、吾輩も身が引き締まる思いです」
デュラハンは、本気で感動したのか。
胸に手を当て、しみじみとそう語った。
これ、もしかして長くなるやつか?
そんな俺の思いを感じ取ったのか、デュラハンはすぐさま話を戻した。
「おっと、失礼。訓練場所の確保でしたな。では、少々お待ちください。すぐにご用意しますので」
そう言って、デュラハンは周囲の魔物たちに呼びかけてくれた。
混雑していた訓練場の中心から、あっという間に魔物たちが引き上げていく。
「さあどうぞ!」
デュラハンに先導されて、俺たちは訓練場の中へと入った。
「ありがたいけど、なんか見られてない?見世物じゃないんだけど」
ベロニカが訓練場の隅に目を向けて、嫌そうに呟く。
つられて俺も辺りを見回した。
確かに魔物たちが訓練場の端の方に集まってこちらを見ている。
「ああ、訓練していた者たちはみな向上心が高いですからな。四天王のお二方が修行されると聞いて、見学したがっているのでしょう。ご不快でしたら、観覧を止めさせることもできますが、どうなさいますか?」
デュラハンの説明を聞いて、俺は素直に思ったことを口にした。
「拒否する理由もないし、俺は別に構わないが……」
俺は言いながら、ベロニカの方を見て意見を仰ぐ。
彼女は見るからに不満そうな顔をしていたが、小さく息を吐くと答えた。
「……しょうがないわね。見たいのなら好きにすればいいわ」
その言葉を聞いて、デュラハンは足を止め、俺たちの方へと向き直った。
「恐悦至極にございます。実は吾輩も後学のために、お二方の雄姿を目に焼き付けておきたかったのです」
そう告げるデュラハンの声は、言葉遣いの堅苦しさの割に弾んでいる気がした。
「そうか。なら不甲斐ない姿は見せられないな」
俺は闘技場の中央で立ち止まって、デュラハンの方に顔を向ける。
「じゃあ、そろそろ始めるか。お前も他の連中も、巻き添えにならないようにちゃんと離れておいてくれよ」
「かしこまりました。それでは、吾輩は失礼します」
デュラハンはそう言って、軽くお辞儀をすると速やかに去って行った。
「始めるのはいいんだけど、訓練って結局なにをするの?」
ベロニカの質問に俺は簡潔に答える。
「そりゃあもちろん、模擬戦だ」
すると、ベロニカは物憂げに溜息をついた。
「……やっぱりそうよね」
引き受けてくれた割には、あまり乗り気じゃなさそうだ。
まあ、格下との戦闘訓練など彼女にとってはやる意味が薄いだろうからな。
付き合ってくれるだけでも御の字だ。
そう思っていると、彼女はなにか閃いたのか急に表情を変えた。
「ところで、ワタクシはどう立ち回ればいいの?アナタの攻撃を受けるだけ?それとも、本気で反撃した方がいいのかしら?」
ベロニカは悪戯っぽく笑みを浮かべ、冗談めかしてそう尋ねてきた。
「はは。お前に本気を出されたら、勇者とやり合う前に再起不能になっちまうよ」
俺は軽く笑いながら、応じた。
ベロニカはつまらなそうに唇を尖らせる。
「むぅ。ちょっとくらいビビりなさいよ。おどかし甲斐ないわね」
もしかして、会議室でのイタズラへの意趣返しのつもりだったのだろうか。
「悪い悪い」と適当に機嫌を取ろうとする俺。
すると、ベロニカはもう一度問いかけてきた。
「それで、質問の答えは?訓練の方針にも関わる話でしょ?早く教えなさいよ」
ベロニカの言う通り、彼女の質問は重要だった。
ゲームの内容が反映された世界とは言え、ただ戦うだけで強くなる保証はない。
なにを鍛えるのか。
方針を明確にし目的意識を持って、戦いに望む必要がある。
俺は考えていた要望をストレートにぶつける。
「長期戦にする必要があるから、多少は手加減して貰えると助かる。その上で、戦闘スタイルはいつも通りの感じにして欲しい」
「ふうん。なんだか難しい注文ね」
ベロニカは仏頂面で、ボソッと呟く。
「一応、理由も教えてもらえるかしら?」
「お互いの動きを理解して連携を取りやすくするためだ。俺だけじゃなく、お前の訓練にもなる。煩わしいかもしれないが、できる範囲でいい。協力してくれないか」
彼女にもメリットがあるように事前に練っていた理由だ。
説明しながら、俺は頭を下げた。要求する以上、誠意は見せておきたい。
ベロニカからしたら、それでも面倒なのは変わらないだろう。
だが、彼女もあの勇者を倒す事の難しさは分かっているはずだ。
この訓練が必要であることは、きっと理解してくれる。
「分かったわよ。付き合うって言っちゃったし、約束は守るわ」
ベロニカは少し気恥ずかしそうに眼を逸らしてそう言った。
「ありがとう。恩に着るぜ」
俺の返事を聞くと、ベロニカは目を細めて俺の顔をまじまじと見た。
「もうツッコまないけどアナタ、変わったのね。まあ、別に嫌いじゃないけど。その生真面目な感じ」
言われて、気がつく。
さっきからゼランっぽくない言動ばかりだな、俺。
だが、ベロニカはもうあまり気にしていないようだ。
俺がそうであるように、彼女も俺の素の性格を受け入れてくれているのか。
心なしか暖かい気持ちになって、思わず呆けしまう。
その間に、ベロニカは俺に背を向けて少し距離を取っていた。
「じゃ、もう始めていいかしら?」
ベロニカはそう言うなり、戦闘態勢に入った。
彼女の魔力が高まっていくのを感じる。
俺と向かい合うようにして立ち、ベロニカは鋭い目つきでこちらを見据えている。
その気迫で俺は我に返った。
心の中で彼女に感謝しつつ、最後に1つ付け加える。
「ああ、悪いがこっちは全力で行く。俺の手の内、ちゃんと見ておけよ」
俺は拳を握りしめて腰を落とし、突撃の構えを取った。
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