1-4 ウィズの事情、奇跡の生還
俺とウィズは、何とか戦闘から離脱することができた。しかし、失ったものも大きい。
「ヒイロ様、右目が……」
「ああ、もう回復魔法は使えないし、視力は戻らないだろうな」
「そんな……」
大きくえぐられた右目は、鏡で確認するまでもなく重症だ。傷が脳まで至らなかったのが奇跡かもしれない。
「そんなことより、さっきのケイブワームにやられた人たちは知り合いだったのか?」
「はい、同じパーティー……でした」
ウィズが語尾を濁す。わざと過去形にしたようだ。死をいたんでいるのかと思ったが、どうも様子がおかしい。
「どうして別行動をしていたんだ? もしかして、仲間が君を逃がしてくれたのか?」
「いえ、逆です。あの人たちは……私を囮にして逃げたんです」
そういったウィズの表情は、悔しさに満ちていた。他人を恨むのではなく、やすやすと囮にされた自分の無力を悔いていた。
「ケイブバットに追い詰められた彼らは、私の足を殴って動けなくし、置いていったんです」
「……なんてことを!」
「仕方ありませんよ。私はお金で雇われた臨時メンバーでしたから」
「寄せ集めのパーティーで、こんな深層に来たのか? どうしてそんな依頼を受けたんだ」
「……お金が必要だったんです」
そこでようやくウィズが一息ついた。そういえば彼女は、俺が助けようとしたときも、お金がない、という理由で拒もうとした。明らかに危険な依頼を引き受けてまで、金を稼がなければいけない理由があるのだろうか?
「ヒイロ様はご存知ですか? 冒険者の救助費がいかに高額かを」
「冒険者の救助費?」
聞いたことがある。ダンジョンには日々数え切れないほどの冒険者が潜り込んでおり、当然全滅してしまうパーティーもたくさんいる。これは、伸びしろがある人材を失ってしまうだけでなく、本来市場に出回るはずのはずのドロップアイテムを失うことにもなる。
そこで冒険者ギルドは、冒険者同士の救助活動を奨励した。その中には、被救助者が救助者に対して十分な謝礼を支払う、といった規則の制定がある。
「初めての冒険で、私は戦闘不能になり救助されました。その謝礼を支払うために、次の冒険で無茶をして、また救助されて……その次もまた……」
「どうして、実力に合った方法でコツコツ返さなかったんだ?」
「ギルドの規則には、謝礼の支払期限が厳しく定められています。短期間で大金を稼ぐには、そうするしかなかった……」
いろんなことの辻褄が合った。だからウィズは無茶な依頼を引き受けたし、だから俺の助けを断ろうとしたのか。
「じゃあ、そんな規則間違ってるよ。だって、ウィズみたいにがんばってる冒険者を育てるのが、ギルドの役割だろ。どうして規則を改めようとしないんだ?」
「それは……」
ウィズは口ごもった。その様子からして、彼女は理由を察しているのだろう。ただ、あまりに人道に反する理由のため、口にすることが憚られるのだ。……俺は彼女の反応を見たことで、同じ推察をしてしまった。
「そうか、救助費を払えない冒険者は、無茶な冒険で大金を稼ぐ。その結果、何度も救助を受けるから、そのたびに救助者が……儲かる」
「……私もヒイロ様と同じ考えです」
おそらくギルドは、仲介料などでその儲けの一部を受け取っているのだろう。弱者を守るための制度が、搾取するシステムになっているとは。
「ダンジョンで行き倒れるたび、救助されないほうがいいのではと、何度思ったことか……」
「……」
俺は何も言えなかった。ダンジョンから出たら、俺とウィズの仲はそれっきりだからだ。他人の俺に、形だけの励ましはできない。
「もうすぐ、出口ですね」
「ああ、そうだな」
「お別れ、ですね……」
「……ああ」
俺にとっては悪夢の終わりだ。だが、ウィズの悪夢は続く。きっと、ウィズは残りの謝礼金を払うために、また危ない仕事をするのだ。別れを惜しんでくれるのは、俺との冒険が一時でもでも彼女の苦しみを癒せたからだろう。
でも、こんな別れ方って、いいのだろうか?
*
「すみません、転移門の代金まで払っていただくなんて……」
「気にするなよ」
洞窟の出口には大きな門が立っている。転移門と呼ばれるそれは、土壁とは明らかに異なる素材でできており、奥には渦のような空間が広がっている。
「まさか、第4層以降も歩いて帰るわけにはいかないだろ」
転移門には2通りの使い方がある。1つは隣接する上または下の層に転移すること、これが本来の使い方だ。もう1つはダンジョンの入口まで帰ること、これはギルドによって付加された特殊な使い方だ。後者の使い方をする場合、ギルドに使用料を払わなければいけない。
「あの、ヒイロ様……」
「ん?」
ウィズが俺の後に付いてきて、転移門に入る。ここを抜ければ、ダンジョンから生還できる。ウィズともお別れだ。
「私、いつか立派な冒険者になって、貴方にお金を払います」
「金? 俺が君を助けた謝礼金ってこと?」
「はい。あと、転移門の代金も」
払わなくていいぞ、と言いかけた俺を、ウィズが遮った。
「だって、悔しいです。私だって、ヒイロ様のように強くなりたい。誰かを助けられるくらい、強く」
「誰かを……助ける……」
「それに、謝礼金をふっかけてきた冒険者たちを見返してやりたいです! 逆に私が彼らを救助して、いっぱいお金を稼ぐんです!」
「救助……金を稼ぐ……」
その時、俺の頭にアイデアが浮かんだ。
「それだ! 俺達で救助隊を結成するんだ!」
「え? え?!」
俺は喜びのあまり、ウィズの肩を掴んで揺さぶった。突然の奇行に驚いたのか、彼女は目を丸くして俺を見る。
「冒険じゃなくて、救助のためにダンジョンに潜るんだ! そうすれば、俺たちみたいな人を助けられる! 謝礼金は……まぁ良心的な金額設定にして……金が稼げる!」
「それはそうですけど……」
「だからウィズ、俺と一緒に救助隊をしよう!」
我ながら名案だ。俺達は、MPなし、後方支援職のみで第5層から帰還した。この経験を活かして、他の冒険者たちの帰還を支援できるのではないか。
それに、この案ならウィズと別れずに済むし、彼女が危険な冒険をする必要もなくなるかも……という下心もある。
「もちろん、被救助者がその後も自由に冒険できる仕組みも作ろう」
俺は、ウィズの目を見てはっきり言う。俺にとって大切なことだからだ。彼女のようなつらい思いをする新米冒険者をなくすこと、これは彼女にとっても大切なことに違いない。
「そして、仲間に見捨てられた人の、最後の希望になろう」
今度は、自分自身にも向けてはっきりという。仲間に裏切られて死ぬところだったウィズだけにではない。あのとき、仲間の無事を優先して自分を犠牲にしてしまった俺自身に。
やがて、転移門が魔力を帯びて、俺達をダンジョンの外へと移送する。俺達は絶望的な状況で持てる力と知恵を振り絞って、ダンジョンから生還することができた。
*
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