1-4 ウィズの事情

 俺とウィズは、何とか命がけで戦闘から離脱することができた。

 しかし、失ったものも大きい。


「ヒイロ様、右目が……」

「ああ、もう回復魔法は使えないし、視力は戻らないだろうな」

「そんな……」


 大きくえぐられた右目は、鏡で確認するまでもなく重症だ。傷が脳まで至らなかったのが奇跡だと思えるくらいだ。


 確かに、俺の回復魔法は傷を癒すことができる。より高位の聖職者なら、瀕死の冒険者をすっかり元通りに治療することもできるだろう。しかし、古傷や体調不良をなかったことにできるほど万能ではない。それが分かっていたから、ウィズは自分の脚の治療を遠慮したのだ。


「いいんだ。それに、モンスターから逃げられたのは、ウィズの魔法が時間を稼いでくれたからだ。だから、お互い様ってことでどうかな?」

「……ありがとうございます。そんな風に言ってもらえて、ちょっとだけ心が楽になりました」


 俺の言葉で、ウィズの顔にかすかな笑顔が浮かんだ。笑うと実に子どもらしい顔立ちになる。数年がたち、やせた頬をもう少し丸くすれば、文句のつけようがない美人になるに違いない。


 とはいえ、このままケガを放置するわけにはいかない。ウィズの前で強がってはいるが、鈍い痛みと、視界が半分失われた恐怖は、間違いなく今後の探索に支障をきたすだろう。ダンジョンから帰還するための道のりはまだ遠い。


「もう回復魔法は使えないけれど、応急手当くらいならできる。そうだ、ウィズが手伝ってくれると助かるんだけどな」

「も、もちろんです! でも、魔法ばっかりの私が応急手当なんて……」

「ひとまず、布で押さえて止血したい。何か使えそうなものはないか?」

「ぬ、布ですね、任せてください!」


 俺が与えた仕事に、素直に張り切るウィズ。火魔法でケイブバットをひるませた時も思ったが、彼女は自分で考えて行動することが出来る、優秀な冒険者のようだ。今は俺の指示を聞いてもらっているが、積極的に働こうとする姿勢はとても好感が持てる。


 そんなウィズは、自分のスカートをめくって、迷わず真っ二つに引き裂いた。

 治療を受けて健康に戻った彼女の太ももが、惜しげなく俺の目の前に晒される。


「ウ、ウィズ?! 何やってるんだ?!」

「何って、服を切って包帯代わりにしようと思ったのですが」

「それにしたって、どうしてその部分なんだ?!」

「え? も、もともと切れ目が入っていたので、非力な私でも裂きやすいと思って」

 

 そういえば、戦闘中に彼女の手当てをしているとき、大きな裂け目からあざだらけの脚が見えたことでウィズの負傷に気づくことが出来たのだ。俺達が身に着けている術士服は、身軽さ重視とはいえ、丈夫な布で作られている。そういう意味では、俺の素手や彼女の杖で裁断するのは難しいだろう。


 だが、それはそれである。俺のために服まで犠牲にしようとしてくれる献身には感謝したい。しかし、小さな女の子に強烈なスリット入りのスカートをはかせて、隣を歩いてもらうわけにはいかない。


「とにかく、服を着なおしてくれ! 悪いけど、目のやり場に困る」

「あっ! ごごごごめんなさい! 私ったら、必死でつい……」

「オホン、いいか。怪我人を前にした時こそ、落ち着いて行動するんだ。君の服以外で、手当てに何か使えそうなものはないか?」

「わかりました!」


 すると、ウィズは元気な返事とともに、俺の襟に手をかけて胸元を大きく開いた。


「ぎゃーっ?!」

「こ、今度は何ですか?!」

「目に毒だから、しまいなさい!」

「あ~っ! 私ったら!」

「本当にうっかりか? さっきはともかく、今のは面白がってるんじゃないのか?」

「……むふ」

「あ!」


 結局、松明用の布をベルトで固定することで、即席の眼帯を作ることになった。襟を直す俺は少し気まずい気分になっていたが、手当てをしているウィズは楽しそうにクスクス笑ってばかりいた。


 まあ、彼女のつらい境遇と、俺への罪悪感を紛らわせることが出来たのなら、このくらいのイタズラは目をつぶってやろう。そう思うと、俺も自然と笑顔になってしまうのだった。



 



「そんなことより、さっきのケイブワームにやられた人達は知り合いだったのか?」

「はい、同じパーティー、でした」


 ウィズが語尾を濁す。どうやら、わざと語尾を過去形にしたようだ。仲間の死をいたんでいるのかと思ったが、どうも様子がおかしい。


「どうして別行動をしていたんだ? もしかして、仲間が君を逃がしてくれたのか?」

「いえ、逆です。あの人達は、私を囮にして逃げたんです」


 そういったウィズの表情は、悔しさに満ちていた。他人を恨むのではなく、やすやすと囮にされた自分の無力を悔いていた。


「ケイブバットに追い詰められた彼らは、私の足を殴って動けなくし、置いていったんです」

「なんてことを!」

「仕方ありませんよ。私はお金で雇われた臨時メンバーでしたから」

「寄せ集めのパーティーで、こんな深層に来たのか? どうしてそんな依頼を受けたんだ」

「……お金が必要だったんです」


 そこでようやくウィズが一息ついた。そういえば彼女は、俺が助けようとしたときも、お金がない、という理由で拒もうとした。明らかに危険な依頼を引き受けてまで、金を稼がなければいけない理由があるのだろうか?


「ヒイロ様はご存知ですか? 冒険者の救助費がいかに高額かを」

「冒険者の救助費?」


 聞いたことがある。ダンジョンには日々数え切れないほどの冒険者が潜り込んでおり、当然全滅してしまうパーティーもたくさんいる。これは、伸びしろがある人材を失ってしまうだけでなく、本来市場に出回るはずのはずの戦利品を失うことにもなる。


 そこで冒険者達の自治組織である『ギルド』は、冒険者同士の救助活動を奨励した。その中には、被救助者が救助者に対して十分な謝礼を支払う、といった規則の制定がある。


「初めての冒険で、私は戦闘不能になり救助されました。その謝礼を支払うために、次の冒険で無茶をして、また救助されて、その次もまた……」

「どうして、実力に合った方法でコツコツ返さなかったんだ?」

「ギルドの規則には、謝礼の支払期限が厳しく定められています。短期間で大金を稼ぐには、そうするしかなかった」


 いろんなことの辻褄が合った。だからウィズは無茶な依頼を引き受けたし、だから俺の助けを断ろうとしたのか。


「じゃあ、そんな規則間違ってるよ。だって、ウィズみたいにがんばってる冒険者を育てるのが、ギルドの役割だろ。どうして規則を改めようとしないんだ?」

「それは……」


 ウィズは口ごもった。その様子からして、彼女は理由を察しているのだろう。ただ、あまりに人道に反する理由のため、口にすることが憚られるのだ。俺は彼女の反応を見たことで、同じ推察をしてしまった。


「そうか、救助費を払えない冒険者は、無茶な冒険で大金を稼ぐ。その結果、何度も救助を受けるから、そのたびに救助者が……儲かる」

「私もヒイロ様と同じ考えです」


 おそらくギルドは、仲介料などでその儲けの一部を受け取っているのだろう。弱者を守るための制度が、搾取するシステムになっているとは。


「ダンジョンで行き倒れるたび、救助されないほうがいいのではと、何度思ったことか」

「……」


 俺は何も言えなかった。ダンジョンから出たら、俺とウィズの仲はそれっきりだからだ。他人の俺に、形だけの励ましはできない。


「わたしたち、無事にダンジョンから出られたらいいですね」

「ああ、そうだな。それまで一緒に頑張ろう」

「でも、そのあとはお別れなんですよね」

「……ああ、そうだな」


 この冒険の終わりは、俺にとっては悪夢の終わりだ。だが、ウィズの悪夢は続く。きっと、ウィズは残りの謝礼金を払うために、また危ない仕事をするのだ。別れを惜しんでくれるのは、俺との冒険が一時でもでも彼女の苦しみを癒せたからだろう。


 でも、このままでいいのだろうか?



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