第25話 千年大罪のミカ⑥
千年大罪のミカとは結局どういう人なのだろうか。
けっこう優しくしてくれるのかと思いきや、冷たい時はものすごく冷たい。
話が通じる人なのかと思うと、まったく取り付く島がない時も多い。
目は布で巻かれ、その布の端で鼻と口を覆い隠しているので、不機嫌なのかそうでもないのかを表情から推測するのも難しい。
ただ、ひとつ。鼻と口を覆い隠す布にこれ見よがしに書かれている「投獄千年」の文字は、彼女の人となりを表すのには不適当な気だけはしている。
「あ、あのっ」
「何かしら?」
後ろから駆け寄って話しかけた僕に対し、ミカは特に歩を止めることもなければ振り返ることもなく応えた。斜め後ろからだとミカの整った鼻筋程度は視界に入るが、それでも表情を読み取るまでには至らない。
「どうして倒した魔物を消してるのかなって、訊いてみたくて……」
こうして歩いている間にも、ミカが近寄る先の倒れた魔物たちは次々と光の粒の拡散と共に消失している。
「随分当たり前のことを訊いてくるのね?」
「は、はい……」
「放っておいたら、じきにひどい臭いになるけど、それでも構わないのかしら?」
「……」
その瞬間、僕は嫌なイメージを思い描いてしまった。思わず息が詰まる。
「あなたの国にもいるんでしょうけど、国に仕える僧侶の仕事はこういうものよ。魔物相手にはこうやって簡単に済ませてるけど、これが人ならちゃんと丁寧に弔っているわ」
「それって……」
「戦争は一度にたくさん死ぬわ。そのひとりひとりが尊厳を汚されることのないよう、生き残った者が天に旅立つ手助けをしなければならない」
そう説明するミカの口調はやはり淡々としたものだった。こうしている間にも、ミカは倒れた魔物を光と共に消失させている。それは相当手慣れた行程なのだろう。
「大変な役回りですね……」
「私が自ら望んでなった職業よ。他の人の事情は知らないけど」
ミカは淡々と言う。この山ほど倒れている魔物がすべて人間だったらと想像すると、僕にはなかなか考えつかないことだった。
「えっと、僕、そういう理由を初めて知ったから、意外で驚いたというか……」
「私がこの職を志したのは単に偶発的なものよ」
ミカは自然と自身の生い立ちを語り始めてくれた。
「私がまだ幼かった頃、たまたま戦場に出くわしてしまったの。既に勝敗は決していたから戦いに巻き込まれることはなかったのだけど、大勢の命を失った人たちが横たわっていたわ」
ミカはやはり淡々と語る。しかし、この時ばかりはいつもと違って思いが込められているのを感じる。
「その中には、死にきれずに苦しんでいた人もいたの。体中は血だらけで、もう手遅れなのははっきりしていたのだけど、かといって楽にもなれない。何とかしてあげたいとは思ったものの、当時の幼い私に救う手立ては一切なかった」
僕はその時の光景を想像してみたが、上手くイメージすることはできなかった。これから先、兵士として生き続けていけば、僕も将来似たような光景を見ることがあるのだろうか。
「その時の思い出が国の僧侶になろうとしたきっかけ。この世界は地位のある人間はやたら手厚くされるけど、一方で簡単に見捨てられる人が大勢いるから。それに、負傷者の手当てを請け負ってるのもやり甲斐があったし」
「でも、僕の命は……」
つい前日、僕がミカに命を取られかけたことに関しては黙っていられなかった。
「だって、私が先に命を落としたら、その時にはあなたに何もしてあげられないじゃない」
「それは悲観的すぎると思いますけど……」
「まあ、じきにあなたにもわかることだけど、少なくとも私は近い内に魔物に負けて死ぬわ。イナズマのアッキーも、煤闇(すすやみ)のシムナも、全員敗北するでしょうね」
他人事のようにミカは語る。
確かに、僕はこの先の敗北する未来を知っているが、知るはずのないミカが確信した将来として捉えていることに底しれないものを感じた。やっぱりこの人たちは僕とは違う人間か何かなのだろう。
「だから、その前にあなたには苦しまずに楽になってほしかった。戦いで辛い思いをする人はいてほしくないから」
「そうだったんですか……」
思うに、ミカは考え方が極端なだけで、根っこの部分では思いやりのある人なのだろう。まあ、極端にもほどがあるが……。
「それに、恋人を使って逃亡させまいとする、あなたの国のやり方が気に入らないところも少しあったわ。それについては私も反省してる」
少々引っかかることを言われたのだが、そこについては反応しないでおくことにした。ついでに細かく考えるのもやめておこう。
それにしても、ミカの話を聞いてると、顔の中央に垂れ下がった「投獄千年」の文字からはイメージが遠ざかって行くばかりだ。この人が一体どれだけの悪事に手を染めてしまったのだろう。
そんなことを思ったところで、ミカの倒した魔物の後始末が終了した。実にきれいになったものである。
僕の前方を歩み続けていたミカはくるりと振り返ると、急に僕の肩に両手を乗せてきた。彼女の手の感覚は、確かに僕と同じ人間の女性のものでだ。
「ここまで来たら素直に応援するわ。私が教えたこと、驚くほど早いスピードでできるようになってるし、何か奇跡が起こるのかもしれない」
ミカは弾んだ声でそう言った。いつものように表情はわからないが、その声は僕が初めて耳にする彼女の明るい感情だったのかもしれない。
「また、会いましょう」
そして、ミカは光り輝きながら、空へと浮かび、そのままどこかへ消えてしまった。
顔を隠す布の隙間からミカの口元がわずかながらに見えたのだが、そこには笑みがあったような気がする。
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