奇譚0020 引っ越し
まずは要らないものと要るものに分けていってと言っても子供達はその判断ができないらしく夫も同じでうーんと悩みながら結局ほとんど断捨離できていない。なので私が独断で捨てるべきものをジャンジャン判定して捨てていく。私は結構断捨離が得意だ。子供が保育園とか小学校で描いた絵とか習字とかもスマホで撮って画像として残せばいいし夫のもう全然着ていない洋服もフリマアプリ行きだ。そうやって次々と断捨離していくと子供部屋の押し入れの奥に見覚えのない木箱を発見する。「何これ?」と手に取ると息子二人が言う。「それは本当に大事だから捨てたらダメだよ!」「ダメダメ!」木箱はとても古くてちょっと汚い感じで正直新居に持っていきたくない。「えー?何が入ってるの?」と言いながら箱を開けると大きなどんぐりみたいなものが入っている。「ちょっとこれ本当に何なのよ?」とそのどんぐりの様な木の実?に触るとブヨブヨしていて気持ち悪い感触で「きも!」と思わず言ってしまう。何かわからないし腐ってるのかもしれないし中に虫とかいたら最悪だし、子供達はワーワーうるさいけれど私は問答無用で捨てることにする。「捨てないで!」と泣きそうになっている子供たちに「早く荷物片付けないと他のおもちゃも捨てちゃうよ!」と言って脅すと子供達は急いで自分のお気に入りのおもちゃを確保し始めて何とか引っ越しの荷造りは完了した。作業の邪魔にならない様に引っ越し屋さんが来る前に子供達と旦那には先に新居に行ってもらった。
引っ越し屋さんがテキパキと家の中のものを運び出してあっという間に家は空っぽになった。何もないと案外広く感じる。ここに何だかんだ10年以上住んでいた。子供達がつけた傷を見るとここに住んでいた時間を思い出してエモい。私は部屋の鍵をかけてエレベーターに乗って1階を押した。扉が開いて出るとそこは先ほど乗った6階だった。あれ?なんか間違えたかな。私はもう一度エレベーターに乗って1階のボタンを押した。エレベーターは下降している感じだし階数表示も下へ向かっているのに扉が開くとまた6階だった。エレベーターの階数表示もいつの間にか6階になっている。私は階段で降りることにして降りると6階の下が6階になっている。それからいくら降りても昇っても6階のままだ。電話しても誰にも繋がらない。私は疲れて一旦部屋に戻ると運び出したはずの家具も家電も全部元のまま残っていた。もう考える元気もなくベッドに倒れ込んだ。
目が覚めると外はまだ明るかった。今何時なんだろうと思い時計を見ると13時15分だった。引っ越し屋さんが家具を運び出し終えたのがその位の時間だったはずだ。じゃあ次の日まで寝てしまったのかと思ったが日付は変わっていない。つまり時計が止まっている。家の中の掛け時計を見ると同じ13時15分で止まっていた。どういうこと?私は13時15分に閉じ込められたってこと?ベランダに出て私はとにかく叫んだ。私の叫び声はどこかへ吸い込まれているみたいにどこにも響かない。空は絵に描いたような晴天だ。ベランダからの景色はいつもと変わらない様に見えるが人も車も鳥すらいない。ここから飛び降りたらどうなるんだろう?夢ならそれで覚めるのかもしれないが実際そんなこと怖くて出来ない。私はまた階段やエレベーターで下へ降りた。結果は同じだろうと心のどこかで思っていたが何かしていないと気が狂いそうだった。そして結果は同じかと言えば少し違った。
家具や家電が変わっている。置いてある小物とかも違う。でも見覚えがあった。テーブルとか冷蔵庫とか小ぶりだったのでうちの両親が買ってくれたのを今は使っているけれど、そうか、こんな感じだったっけと懐かしさを感じてる場合じゃないけれど懐かしい。部屋の壁掛け時計や寝室の目覚まし時計を見るとやはり13時15分だ。つまりどういうことだろう?ここは何年か前の13時15分ということだろうか?階段やエレベーターで下の6階へ降りれば降りるほど過去に行っているってことか?とにかく変化があったのは嬉しい。今どのくらい降りてきたのかわからないけれど一旦降り切ってみるか。このおかしな状況から脱出するヒントがあるかもしれないし、何よりやるべきことが見つかったのは嬉しい。こんなおかしな空間なのに電気もガスも水道も普通に使えるし冷蔵庫には食材が入っているのでお腹も満たせる。私はとりあえずシャワーを浴びてツナとキャベツのペペロンチーノパスタを作って食べた。ここへ越して来たばかりの時に旦那から乾麺のパスタを一旦フライパンで炒めてから作るとパスタの小麦粉感がギュッと濃縮されて美味しいよと教わった事を思い出した。私は早く家族に会いたい。
まず降りる前に考えるべきはどのくらい降りればいいかということだ。一つの階を降りるごとに1日過去の部屋に行くとすれば単純に住んでいた10年は3650階分降りる必要がある。階段だと大変だろうけれどエレベーターで降りてもそれが有効ならばそれほど労力はいらない。エレベーターでしばらく降りてみた。部屋へ行くと変化があった。とにかく疲れるまで降り続けた。エレベーターからの乗り降りも何千回も繰り返せば流石に疲れる。どのくらい降りたかな?時間が止まっているので時間の経過が全くわからない。とにかく疲れたりお腹が空いたら部屋へ行きまた降りてという風に何度も繰り返していると部屋が大きく変化した。私は疲れて自然と子供達の部屋に入った。そこは私の部屋だった。そうだ。子供が産まれる前はここは私が使ってたんだっけ。本棚には懐かしい漫画が並んでいた。机の引き出しを開けると日記帳が目に入った。そうだ今はつけていないけれどこの時私は日記をつけてたっけ。何気なくページをめくった。そこには楽しかったこともあれば旦那への愚痴も多かった。それまで別々に暮らしていた他人が急に一緒に住んで家族になるのだから楽しい事ばかりのはずもない。それでも今の私の中には今ではいい思い出と思えることしか浮かんでこないのだから私はやっぱり幸せなんだろう。
一時的に今の状況を忘れて他に懐かしい物はないかと部屋を物色し始めた。クローゼットを開ける。懐かしい洋服が並んでいて取り出そうとした時に違和感を感じた。奥に何かある。見るとそれは巨大なドングリの様な形のものだ。でもどこかで見た気がする。そうだ!子供達が持っていた汚い木箱に入っていた実だ。どういうことだろう?あの時よりもかなり大きい。子供なら入れそうな大きさだ。指先で触るとやはりブヨブヨしている。この不条理な状況はこいつが原因なんじゃないか?この懐かしい部屋でこれだけが異物だった。無性に腹が立ってきて私はキッチンから包丁を持ってきてその大きな実に突き刺した。何の手応えもなくその実はスッと下へ切れ込みが入り中から黒いドロドロの何かが出てきた。私はその場で吐いた。ブルブルとそれは震えてドロドロが落ちると鳥の様な羽があった。キーキーと鳥の様に鳴きながら更に変化していき翼の様な手は人間の様に変化してあっという間に裸の人間の女になった。そしてその顔が私にそっくりだったのを見て私は気絶した。
気がつくとそれはいなくなっていた。包丁で破った実が抜け殻の様になっている。何故か私は裸で身体中にあのドロドロが付いていた。吐き気がしてまた吐いた。シャワーを浴びてドロを落として湯船に浸かっていると前世が水だったくらいに自分が溶けていく様だった。湯船に頭の先まで沈んでいた。どこまでも沈めそうだった。声が聞こえた。子供と旦那の声だ!私は薄暗いお風呂の底から這い上がった。裸のままバスルームから出ると子供と旦那がいた。マンションじゃなく引越し先の新居だった。真新しいリビングで3人はアイスを食べていた。
「スッポンポン!」と言いながら子供達ははしゃいでいる。「どうしたの?」と旦那に聞かれても上手く応えられないで泣き崩れた。「お母さんのアイスもちゃんとあるよ」と子供が言ってくれるのが嬉しくてまた泣けた。
悪い夢を見たということだろう。旦那が言うには私は引っ越し屋さんの対応もしたし郵便局とかの転居届とかその他諸々の手続きをちゃんとして普通に帰ってきて一緒に引っ越しそばも食べてお風呂に入ったと言うことだった。「色々疲れが出たんだよ」と旦那がマッサージをしてくれる。眠りに入りかけたところで旦那が言う。「あれ、ママ黒子がなくなったね?」
了
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