第4話 関門

 次の……関門が、オレの前に……。


 ここは寮の食堂だ。寮は学年別に四棟あり、それぞれの寮で朝食と夕食を食べられる。メニューは三種類の中から選び、決まった列に並んで受け取る。座ったままでも「A定食をここに」と念じれば出てくるものの……食堂のおばちゃんが特定の場所に置いてくれていれば早い者順でそれが出てくるわけで。誰かが出せばそこからなくなり、おばちゃんが置かなければ出てこない。配置場所は複数あるようだけど生徒の人数も多い。ずっと出てこい出てこいと念ずるより並んで受け取る生徒の方が多いのが実情だ。


 はぁ……誰にも話しかけられないよう目立たない席に座ったのに。


「シルヴィアさん、ここいいかしら」


 知り合いのご令嬢が二人も来てしまった。バロン王子とも鉢合わせないように少し時間をおいてから来たんだけどな。


「ええ。よろしくてよ」


 オレは誰だよ。

 ご令嬢だよ、こんちくしょう。


「さっきの、見ましたわ。バロン様と手をつないでらしたわね」


 バロン王子の作戦、大成功かよ。おててつなぎは有効だったってことか……次からはもう必要ないとあいつに強調しておこう。ほっといても、ここから噂は広がるだろう。

 

「見られてしまったのね」

「もしかして……もしかして想いが通じましたの!?」


 オレ、シルヴィアはゲームでは悪役令嬢とかいう位置づけだったらしい。オレが「このでけー乳の女がヒロインか」と聞いたら由真がこう言っていた。


『どう見てもヒロインはこっちのリリアンでしょ。シルヴィアは悪役令嬢のようなもの。こんなこともできないのかしら、おーほっほっほみたいなキャラ』

『今の時代にそんな昭和感のある女を出すなんて、やるな』

『今のは極端に言っただけ。意地悪なことを言ってヒロインの成長を促す系の役回りだね。バロン王子の前でだけ可愛くなっちゃうけど相手にされない不憫な子』

『こっちをヒロインにしろよ』

『分からんではない。不憫萌えするよね』

『知らねーし』


 あー……もう少し由真の話をきちんと聞いときゃよかったぜ。


「シルヴィアさん、黙っていないで教えてください。ねぇ、もしかしてバロン様と!?」


 はー……仕方ねぇな……。


「少しお話をしましたの。互いのことを深く知れるような……。も、もしかしたら想いが通じたのかもしれませんけれど、まだよく分からなくて……」


 さっきみたいなやり取りが続くなら否定はできねーよな。なんでオレ、こんな恋バナみたいなこと話してんだよ。


「きゃあ〜! 羨ましいわ。でも、バロン様をお慕いしていましたものね。よかったわね! 少し悔しさもあるけれど、お似合いだと思うわ」

「え、ええ。あ、ありがとう」

「まだよく分からないってことは、微妙な状態なの? どれくらい? どんなことを言われたのかしら」


 両側からキラキラした目でお嬢たちが迫りくる! 誰か助けてくれ!


「わ、分かりませんの。バロン様の冗談かもしれないので口にするのはちょっと……」

「あ〜、冗談かもしれないと不安になっているのね!」


 距離のある友人関係だったはずなのに、めちゃくちゃ詰められる!


 自由恋愛が普通に許されているこのゲーム世界。王子様との恋愛を夢見る女もオレことシルヴィアのようにいることはいるが……女ってのは結構、現実主義だ。手の届く範囲内の男の中で条件のいい奴と仲を深めようとするものだ。よほど運が悪くなければ、漫画みたいに激しくいじめられたりはしないだろう。


 ……こうやって、根掘り葉掘り聞こうとする女は結構いそうだけどな。


「え、ええ。本気かどうか分からないので、言葉には……」


 やべえ……なぜか焦って顔が赤くなってきた。これ、バロン王子に惚れてるって思われるだろ。いや、今までも思われてたけど。

 

「シルヴィアさん……可愛い……。今までは正直、とっつきにくいところもあると思っていたけれど、応援したくなってきたわ」

「そうよね! 私もよ。脈ありだと不安になるタイプだったのね」


 どんなタイプだよ!

 恥ずかしくなってきた……胸がバクバクする。涙目にもなっちまう。


「あの、ほんとに冗談かもしれないので、そっとしておいてもらえると……」

「そうよね〜、勘違いで喜びたくはないものね」

「え、ええ」

「分かる! 分かるわ〜、その乙女心!」


 もう好きにしてくれ……。


 若干震える手で、あれやこれや言われながら早くここを立ち去ろうと急いで夕食を食べきった。


 ♠♤♠♤♠♤


「疲れた……マジ疲れた……」


 ネグリジェで布団の上に寝っ転がる。つい手を乳の上にのせて揉んでしまうものの、数秒で飽きて手を離した。


 夕食のあとは共用の大浴場へ入った。結果は……まったく興奮しなかった。そもそも皆、大事なところはタオルで隠しているし、人の体をジロジロ見るご令嬢になるわけにはいかない。あまり人様の体は見られなかった。肌色だらけでドキドキはしたものの、それだけだ。


 部屋の洗面台の前で脱いではみたものの……うわぁ、女の体って綺麗だなーと思うだけだ。むしろ多少時間が経って慣れると、正直この胸は邪魔だ。小走りするだけで揺れるし重い。制服も窮屈感がある。夏は乳の下にあせもができやすいとか、シルヴィアの記憶もある。


「あーあ。女も楽じゃねーなー……」


 あ、そうだ。忘れていた。


 制服から取り出して机に置いておいた小さな卵型のマジックアイテムを手に持った。透明感がある黄色のひよこみたいな顔付きの卵だ。ちびっこい羽もついている。うずら卵のような大きさで、帰る時にバロン王子に渡されたものだ。


「可愛いな……」


 ぷにぷにしていて美味しそうに見える。口の中に入れてみたい衝動に駆られるけど、詰まったらアホなのでやめておこう。


 びよびよと両側の羽を同時に引っ張ると発光した。淡い光がふわんほわんと卵の中で立ち昇る。これが合図で、メッセージを届けられる。オレを心配したバロン王子が、一日の終わりにコイツでメッセージを飛ばせと言ってきやがった。かなり心配性なのかもしれない。


「特に問題なく今日は終了。あえて言うなら、髪を洗うのが面倒だった。以上!」


 もう一度羽を引っ張ると、跡形もなく消えてしまった。あっちにはなんらかの形でメッセージが届いたのだろう。シルヴィアの記憶にもないし、ありきたりなマジックアイテムではないことは確かだ。実はもう一つもらっている。それも普段から持ち歩けと言われた。


 心配性というか、オレが何かやらかすと確信しているような気もするな。


「さて……寝るか」


 髪もドライヤーで乾かした。短髪と違ってかなり時間がかかった。この世界……電気は普通にある。魔力と電力の混在した世界だ。電化製品を魔法で修復しても込めた魔力が尽きればすぐにまた壊れる。前世の電池が魔法のようなもので、修理するには物理的にした方が長持ちする。魔法は一過性の応急処置にしかならない。そんなイメージだ。

 

 ただ、発電システムにも魔法は組み込まれているようだし、どっちもないと困るんだろうな……。


 明日もあの部屋に呼ばれている。


 長髪の大変さをあいつに教えてやろう。そんなことを考えながら、眠りに落ちた。



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