第73話 凄腕の調教師!

(先ほど柱の陰にいた私に気づいたのも偶然ではない。この男、やはり只者じゃない。ふざけた格好に、ヘラヘラした態度、女をはべらせる軽薄さ。しかし、その本質は蛇。これは擬態だ。真に賢い者は己の爪を隠す。これほどの実力者がパイプを求めて海の向こうからやってきた)


 リーバルトは内心でほくそ笑む。自分は幸運だと。目の前の男が求めているものを提供できるうえに、この男のほうから接触してくれたことを喜んでいたのだ。


「ミスター・リーバルト、商売の話をしよう。僕は迂遠なやりとりが苦手でね。単刀直入にやりたい。何事も最短距離がいい。そうだろう?」

「ええ、そうですね。互いのご機嫌取りに時間を浪費するのは一流とはいえない」

「やっぱそうだ、君とは気があう。では、率直に。──僕はホワイトコーストで奴隷をおろせる動線がほしい。こういう話はその道のプロフェッショナルに相談するのが一番だと思っている」

「その考えに全面的に同意しますよ。ええ、奴隷ならもう何度も取引していますとも。現地での誘拐から輸送、品物の卸先との交渉まで、すべてを私の商会でとりおこなえます」


 リーバルトは自慢げにいった。

 積みあげた財、実績、能力を見せびらかすかのように。

 オウルはラトリスと視線と少しだけ交差させた。観察力に優れる商人は、その何気ない所作に何かしらの意味を感じ取った。というより、先ほどから見ていて気にならないわけがない。


「失礼ながらミスター・ポウル、お連れの方々は……どういう関係なのですか?」

「あぁもちろん、僕の奴隷ちゃんだ。僕は獣人が大好きでねぇ。特に狐人が好きなんだ。わかるだろう、僕はあなたと同じ奴隷商人なんだよ。向こうでならけっこう名が知れているのだがね」


 オウルはそう言って、ラトリスの頭を撫で撫でする。ダークサイドであることをアピールするためにここまで露骨にはべらせているわけだが……当の役者であるラトリスは実に満足げだった。


「ダーリン、わたしのこと愛してるー?」

「え? ……あぁ、もちろんだよ、モフちゃん、わざわざ言葉にするまでもないじゃないか」

「うーん、好き好き、好き好き、ダーリン」


 ラトリスはオウルに深く抱きついた。豊かな双丘がへにゃんと潰れる。表情はまるで恋する乙女。熱に浮かされている。


 オウルは困ったように眉をひそめながら「(予定になかったからアドリブかな?)」と想像を超えた女優力を見せた一番弟子に感心する。


「ダーリン、たくさんペロペロしましょう~?」


 狐は顔を近づけて、オウルの唇を奪わんとする。オウルは顔をのけぞらせ、モフモフのお耳ごと潰すように頭を押さえ逃れんとする。しかし、凄いパワーだ。滝を手で止めるような所業だ。


「くっ‼ くぅっ‼ お、落ち着こうか、モフちゃん、ここじゃダメだよ⁉」

「んーん‼ ぺろぺろしたい、ダーリンのいけず‼」


 オウルはどうにかラトリスの暴走を押さえきった。ラトリスは不満げに口を尖らせ「既成事実を作れると思ったのに……」と、獲物を逃したことを残念そうにした。


 その様を見てリーバルトは感心したようにゆっくり何度もうなずいた。


「これはすごい。その、こんなに良好な関係を築けるものなのですね……」

「はぁ、はぁ、まあね。ちなみに後ろで荷物をもってくれてるこの子も奴隷だよ」


 息も絶え絶えなオウルがそういうと、マントを羽織ったゼロは一礼してみせた。

 リーバルトは眼前の商人たちのことを奇妙に感じていた。彼のの経験上、奴隷と仲良くなるなんてありえないことだ。奴隷は虐げるもの、売るものでしかなく、例え自分で使うとして、それの容姿が気にいったとして、どうして奴隷側からの好意や愛情が受け取れるだろうか。


 だというのに、眼前のトンチキな格好の怪しい商人はそれを成し遂げているように見える。


(奴隷の調教……? この方は相当な変態、いや、凄腕の調教師だな)


 リーバルトがオウルへ向ける視線は、畏敬のものに変わりつつあった。リーバルトも奴隷が好きだった。特に獣人の奴隷が好きだった。眼前の商人と同じだ。獣人はモフモフで愛らしい。


 この世にはもうリーバルトに手に入れらないものの方が少ない。


 好きなものはなんでも手に入る。

 しかし、世の中には手に入らないものも存在した。


 それは奴隷の心だ。労働させることはできても、リーバルト自身を愛させることはできない。見た目の上では振舞わせられても、どんな躾を与えようとも、真の意味で奴隷の心までは掌握できない。


 リーバルトはそれがもどかしかった。

 いつしか不可能なことなのだと諦めていた。


 だが、目の前の変なやつはどうだ。彼の腕のなかにいるこの狐人の娘は。美しく、愛らしく、モフモフで、瞳には光があり、彼女の意思で主人の腕のなかにいる。他人であるリーバルトが見ても一目標然で主人のことを愛している。心からだ。それは偽物ではない。本物の愛だ。


 リーバルトはそれがたまらなく羨ましかった。

 どうすればそんなことができるのか。


「あぁ……なんという……あなたは先生なのですか……?」


 興奮した様子でリーバルトはつぶやく。オウルは最初、聞き流していたが「ん? 先生?」と聞き間違いを疑う。なぜか目の前の奴隷商人にまで慕われ始めてしまっているのだ、と。


 吸っている煙草を灰皿に押し付けて潰し、リーバルトは居住まいを正した。

 商人として以上の興味を彼は抱いていた。

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