奇妙な盗み
夜。虎和は豆腐屋風斗の中に隠れていた。理由は勿論、盗人を捕まえる為だ。
豆太夫いわく、最後に盗人に入られたのは五日前。つまり、今夜盗みに来る可能性は限りなく高い。
「盗人妖魔め……、俺の金盗みやがって! 絶対許さん」
虎和は、通りでのスリと店の金の盗難は同一犯だと予想していた。元々そこまで乗り気ではなかった虎和だが、貴重な金が盗まれた事で本気で当たらねばならなくなった。桜の家臣になったとはいえ、元々の財産があまり多くないのだ。虎和は金には結構がめつい。
「ふあぁ……ちっ、眠気が」
虎和とお藤はあの後、日が暮れるまで聞き込みを続けた。だが得られる情報はどこも大差なく、逆にそれほどの数の店からどうやって金を盗み出しているのか、という新たな謎が生まれただけだった。
虎和は基本的に、必要以上の情報収集は行わない。妖魔の行動は夜が主なので、少しでも仮眠を取っておく必要があるからだ。そして用心深い妖魔の場合、あまりにしつこく嗅ぎまわると勘付かれる可能性がある。それを避けるために、虎和は情報収集を最小限にしている。
だが今回は違った。あまりにも情報が少なすぎる。虎和の知識と推察力を以てしても、妖魔の種類の特定に至らなかった。こうなったらもう現場を押さえるしかないという事で、急遽豆太夫にお願いして潜入させてもらったのだ。
刻一刻と時が過ぎていく。だが、何も起きない。不変の景色が退屈になり眠気が襲うが、血液操作で無理矢理脳を叩き起こす。
物音一つ聞こえてはこない。誰かが店に近づいてくる気配もない。
「……勘付かれたか?」
しくじった。昼間に嗅ぎまわりすぎたかもしれない。ここまで正体を悟られずに盗みを繰り返しているあたり、犯人は相当慎重なのだろう。虎和達が自らを調べている事に気付き、身を潜めてしまったのかもしれない。
だが、まだそうと決まった訳ではない。盗みに来ないという根拠はどこにも無いのだ。
虎和は眠い目をこすりながら、一晩中警戒を続けた。
~~~
「目」が、虎和を見ていた。
その「目」を通じて虎和を見た妖魔は、じっくりと彼を観察した。
「この男……昼間に私を探ってた町人? いやでも、こいつは刀を持ってる。侍だわ。……いや、この赤髪、やっぱり昼間の町人二人組の片割れね。変装でもしてたのかしら?」
妖魔は虎和を見て、薄ら笑いを浮かべた。自分が追われている立場にあり、いつ辿り着かれるか分からない状況である事は十分分かっている。その上で、湧いてくるのだ。まるで賭博をしている時のような焦燥感、何物にも代えがたい快楽が。
「ここまで私を探った妖魔狩りはみんな、手掛かりが無さすぎて諦めちゃった。さて、あなたはどうかしら? 私はあなたが見つけられない方に賭けるわ」
その妖魔は、まるで賭け事でも楽しんでいるかのように笑っていた。
~~~
一晩中見張りを続けたが、結局誰も来なかった。
朝になり、鍵を開ける音が聞こえる。豆太夫が朝の仕込みにやって来たのだ。二人で座席に座り、昨夜の事を伝える。
「虎和さん、犯人は捕まえられましたか?」
「……いや、そもそも現れすらしませんでした。用心深い奴なんでしょう、もしかしたら昨日の昼間に俺達が探りを入れたから警戒しているのかも。すいません、俺が昨日、過度に調査しすぎたせいで……」
「そうでしたか……。いやでも、虎和さんがいてくれたお陰で、昨晩は盗まれずにすみました。ありがとうございます。今、報酬を持ってきますね」
そう言って豆太夫は、銭箱(お金を保管する道具)へ報酬を取りに行く。だが銭箱を見た途端、豆太夫の表情が変わる。
「……豆太夫さん?」
「銭箱の錠が外されてる……!?」
流石の虎和も、驚きを隠せなかった。確かに一晩中見張り、その間ずっと銭箱の錠はかかっていたはずだ。虎和も豆太夫も、銭箱には一切触れていない。
豆太夫は慌てて銭箱の中を確認する。
「……そんな、また盗まれてる」
「……は?」
あり得ない。
盗む隙があったなら、ついさっき二人で話していた時だけだ。だが、その間は誰も入ってきていない。最初から店の中にでもいない限り、こんな事はできないだろう。
「まさか、虎和さんが盗んだ訳じゃないですよね!?」
「いや、それは無いです。落ち着いてください!」
だが、そう言う虎和も落ち着けていなかった。
一体今回の妖魔は、どんな手法を使っているのか。謎は深まるばかりだった。
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