守る盾
同じ頃、護千代もまた夜の城下町を捜索していた。
日が暮れるまで情報収集をしていた為、あまり睡眠が取れていない。だが、これはどちらが先に事件を解決するかの勝負なのだ。いつも事件が起きる夜に動かない訳にはいかなかった。
「一日中情報を集めまくってようやく分かった……、黒幕は恐らく煙ヶ羅だ。さっさと出てきやがれ! この俺が祓ってやるからよ!」
護千代は目をこすりながら、気合いを入れ直す意味も込めてそう言った。
そして次の瞬間、護千代の周りに煙が立ち込め始めた。
「やっと現れたか、煙ヶ羅」
「あんたね、今日の昼間に私をしつこく嗅ぎまわってた侍は。お望み通り出てきてあげたわよ」
煙は一か所に集まり、不気味な顔の女の姿を形どった。
だが、その威圧感は虎和の元に現れた分身とは格が違った。煙を羽衣のように纏っており、その背丈は護千代の二倍以上もある。
「こいつが、怪死事件の黒幕……」
護千代は刀を引き抜こうとするが、煙ヶ羅の放つ気迫を受け、全身が震える。冷や汗が背中を伝っていった。
「あらあら、随分と怯えているじゃない。そんな調子で私に勝てるのかしら?」
「うるさい! 俺はお前を倒して、桜様の婚約者への道を駆け上がるんだ!」
護千代は刀を抜いて、煙ヶ羅に斬りかかる。魂力を纏わせた刀が、煙ヶ羅に振り下ろされる。
「おっそい。それに軌道が丸わかりだわ。こんな攻撃が私に当たるとでも?」
「当たってない……? どうして、確かに魂力は纏わせたのに……」
「刀が私を素通りしたんじゃない。私が姿を変えて刀を避けたのよ。変幻自在の煙の体を舐めないで頂戴?」
攻撃の軌道を読んだ煙ヶ羅が、体を変形させて刀をかわした。煙ヶ羅が強い事もあるが、それだけ護千代の攻撃は読みやすく、変形する時間がある程に遅いという事だ。
「随分と上物の服や刀の癖に、大して強くないのね。そんな見た目だけの侍に、私が負ける訳ないでしょ!? 死になさい!」
圧倒的な力の差を感じ取った煙ヶ羅は、護千代に向けて拳を放つ。護千代程度ならただの拳で殺せると考えたのだ。
「……そんな拳一つで殺せる程、俺は甘くねぇよ。この久我護千代を見くびるんじゃない!」
護千代は恐怖する己を叱咤するように叫び、腕を煙ヶ羅の方へ向けた。
煙ヶ羅の拳は、護千代との間に発生した見えない盾によって防がれていた。
「ふーん、良い異能を持ってるじゃない」
護千代に刻まれた漢字は『守』だ。
腕を向けた方向に見えない盾を発生させる異能。防御力だけならば、最上位の妖魔にも通用しうる力だ。
「さぁ、攻守逆転と行こうじゃねぇか!」
自らの異能が煙ヶ羅にも通用した。戦える。
自信を取り戻した護千代が、威勢よく宣言する。
「生意気な奴は嫌いじゃないわよ。自信を失った時の絶望に染まった顔が素敵でたまらないから」
「絶望させられるならさせてみろ!」
護千代は再び刀に魂力を纏わせ、刀を振る事で魂力を斬撃として飛ばす。
煙ヶ羅は左腕で受けた。腕は切断されたが、大した問題ではない。そのまま接近して、再び拳の構えを取る。
「その構えはさっきも見たぜ。馬鹿にするのもいい加減にしろよ!?」
当然、護千代も異能を発動する。拳は不可視の盾に阻まれ、護千代には到達しない……はずだった。
煙ヶ羅の拳が盾にぶつかると同時、拳は煙に変化した。そのまま盾を伝って移動し、盾の範囲の外に出た瞬間に無数の拳となって護千代に襲い掛かった。
「なっ……!?」
「自分の異能を信じすぎたわね。お馬鹿さん」
いくつもの小さな拳が、あらゆる方向から護千代を殴りつける。
護千代の異能の弱点は、盾の範囲がそこまで広くない事、そして複数の方向からの攻撃に弱い事。
見事に弱点を突かれた護千代は、血を吐いてその場に倒れ伏した。
「ほら、やっぱり弱いじゃない。威勢だけの奴って大概そんなに強くないのよね。まぁ、私を嗅ぎ回ったのが運の尽きだったわね。死になさい」
煙ヶ羅が煙に姿を変え始める。毒の煙に変化して、護千代の事も殺すつもりなのだろう。
(畜生……こんな所で死ぬのかよ? 『守』の漢字を持ちながら、桜様を守る事すら叶わずに死ぬのか……!?)
護千代は必死に抵抗を試みたが、痛みで体が動かない。これまで家臣の接待修行ばかりで実戦経験がほとんど無いのが、ここで痛手に出た。
煙ヶ羅の体が完全に煙に変化し、護千代がそれを吸い込みそうになった、その時だった。
「分身が戻って来た……? 一体何が———」
どこからか煙が飛んできて、煙ヶ羅の中に戻っていった。
———そしてそれとほぼ同時、家の屋根の上から紅い小刀が投げられる。小刀にはかなりの魂力が込められており、煙ヶ羅の眉間に深々と突き刺さった。
「何者だ⁉ 分身を倒したのはお前か⁉」
状況を呑み込めない煙ヶ羅だったが、ふと見ると倒れていた護千代の姿が消えていた。
「ふぅ……間一髪だったな」
「虎和……」
虎和が、護千代を抱えて屋根の上に立っていた。
「……虎和、なんで俺を助けた? 俺が死ねば、家臣の座は確実になっただろうに……」
「俺の仕事は妖魔を祓い、この保馬藩の人々を助ける事だ。それにはお前も含まれる。それに、人を殺してまで桜様の家臣になりたいとは思ってないんでな」
虎和は護千代を屋根の上に残し、自らは地上に降り立った。
「お前が怪死事件の真犯人だな。お前が殺した二十人の痛み、しかと受け取らせてやるよ」
「やれるもんならやってみなさいよ、侍!」
虎和は静かに刀を引き抜いた。
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