第8話(新妻編)返事は、キスで教えて?

 いつもの部室。


「先輩、見てください、これ」


 鞄をがさごそと漁り、何かを取り出す。


「じゃーん! エプロンです。どうです?」

「しかも可愛いふりふりのやつですよ。新婚さんっぽくないですか?」


「は? わざわざ買ったのかって?」

「そんなわけないじゃないですか。そこまで気合い入れませんよ」

「おばあちゃんが持ってたので借りただけです」


 そう言いながら、エプロンを着る亜矢奈。


「似合います?」


「……可愛い? ふーん、まあ、先輩にしては上出来ですね」


 上から目線だが嬉しさを隠しきれていない声。


「では、今日も始めましょうか」


 パン! と亜矢奈が手を叩く。





「おかえりなさい、あなた」


 甘々な声。


「今日もお仕事、お疲れ様。疲れたでしょ?」

「お風呂にする? ご飯にする? それとも……」


 ゆっくりと近づいてきて、耳に吐息をかけられる。


「私にしてみる?」


 ちゅ、と耳元に軽いキス。


「お風呂はまだ沸いてないし、ご飯もまだできてないけど……」

「私は準備、できてるよ?」


「だって、待ってる間、寂しかったんだもん」

「早く帰ってこないかなって、ずっと待ってたんだよ」

「俺も早く帰りたかった? 本当?」


 ちょっとだけ疑うような声。


「じゃあきて。いっぱいぎゅー、しよ?」


 ぎゅ、といきなり抱き着かれる。


「ふふ」

「……幸せ」

「こうして一緒に住めるようになって、私、本当に嬉しいの」

「結婚してよかったなぁ」

「でも、まだちょっと慣れなくて……今だって、すごくどきどきしてるんだよ?」

「私の心音、聞いてみて?」


 ね? と抱き締められ、胸元に顔をうずめる態勢になる。

 どくん、どくんと亜矢奈の心音が聞こえる。鼓動はかなり速い。


「私がどきどきしてるの、伝わった?」

「……夫婦なのにまだ慣れないのかって?」

「仕方ないでしょ、大好きなんだもん」


 少し拗ねたような顔。


「ねえ、あなた」

「おかえりのキスがまだよ?」


 ねだるように言って、顔を近づけてくる。


「早くして」

「ねえ、どうしてしてくれないの?」


 少しずつ、亜矢奈が泣きそうな声になっていく。


「……あなた」


 涙声。

 そして、軽いリップ音。


「ありがと」

「あなた、顔真っ赤よ?」

「夫婦なんだから、恥ずかしがることなんてないのに」


「……ねえ」

「ベッド、行く?」

「……言ったでしょ。準備、できてるって」


「行くの? 行かないの?」

「返事は、キスで教えて?」


 先程よりも大きいリップ音。

 そして、パン! と亜矢奈が両手を叩く音。





「……先輩、私にキスしましたよね。それも2回も」

「ごめん? 別に、謝ってほしいなんて言ってませんけど」


 しばしの沈黙。


「先輩」

「先輩ってどうせ、今まで彼女いたことないですよね」

「……キスしたのも、されたのも、私が初めてなんじゃないですか?」


 恥ずかしそうな、それでいてちょっとだけ勝ち誇ったような声。


「まあ、あくまでもこれは、エチュード、ですけど」

「でもこれから先ずーっと、先輩はファーストキスの相手として、私を思い出すんですよ」


「私、先輩の記憶に一生残る女になっちゃいましたね?」


 嬉しそうな亜矢奈。


「明日のテーマは、私が決める番です。そうですね……」


 すう、と深呼吸する亜矢奈。そして、覚悟を決めたような声で言う。


「サキュバスと人間、です」

「覚悟しててくださいね? 先輩」

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