第6話(許婚編)好きになってくれなきゃ嫌です

 いつもの部室。


「今日は先輩のご希望通り、親が決めた許嫁同士です」

「……それにしても先輩」

「このシチュエーションを選ぶなんて、先輩の積極性のなさが出ていますね」

「だって、そうでしょう? 何もしなくても親が可愛い許嫁を見つけてくれるなんて」


「……可愛いとか言ってない?」

「へえ、そうですか、そうですか。先輩のくせにそういうこと言っちゃうんですか」


 拗ねたような、傷ついたような声。


「ふん、もういいです」

「謝るなら最初からそんなこと言わないでください、先輩の馬鹿」


「始めますよ。これ以上先輩と話してもむかつくだけだと思うので」


 パン! と亜矢奈が両手を叩く。





「お待たせしました。すいません、待たせちゃって」

「ありがとうございます。……その、なんか緊張しますよね」

「デートしてこいなんて言われても、私たち、二人で会うのは今日が初めてなわけですし……」


 緊張しているのが分かる声で、距離も少し遠い。


「で、でも、私たち、高校を卒業したら結婚するわけですよね」


 いきなり手を繋がれる。


「これで、少しは距離が縮まりますかね……なーんて」

「もうっ、顔赤いとか言わないでくださいよ」

「男の人と手繋ぐのなんて初めてなんですから、仕方ないじゃないですか……」

「私ばっかりどきどきしてるみたいで、納得いきません」


 ふん、と少し拗ねたような可愛らしい声を出す。


「なので、私だってどきどきさせてみせます」


 繋いだ手を恋人繋ぎにされる。

 耳にふっ、と息を吹きかけられる。


「びっくりしました?」

「今のはどきどきって言うより驚き? 確かにそうですね、ふふ」

「でも、顔、赤いですよ?」


 得意げな声で笑う。


「結構、顔に出やすいんですね。新発見です」

「私たち、許嫁なんですから、もっといろんなところを見せてもらわないと」

「そうですね、たとえば……うーん」


 不意に唇を人差し指で触られる。


「誰かとキス、したことあります?」

「……ないんですね? 顔に書いてありますよ」

「私? もちろんないです。安心しましたか?」


 ねえ、と言いながら、ゆっくり顔を近づけてくる。


「キス、しちゃいます? 私たち、結婚するんですし」

「だめ? どうして?」

「本当にいいのか? 親が決めただけなのに?」

「まったく……」


 わざとらしく亜矢奈が溜息を吐く。

 そして、恥ずかしそうな、少し怒ったような声で言う。


「どうしてこの婚約が成立したか知ってます?」

「私がお母さんに、どうしてもって頼み込んだんです」

「貴方は覚えてないでしょうけど……小さい頃に私たち、会ってて。その時からずっと、好きだったんです」


「だから、この婚約が決まった時はすごく嬉しかったんです」

「でも、婚約だけじゃ満足できません」

「ちゃんと私のこと、好きになってくれなきゃ嫌です」


 ちゅ、と唇に触れるだけの軽いキスをされる。


「……二回目は、女の子からさせないでくださいね?」


 パン! と亜矢奈が手を叩く。




「先輩。先輩。せーんぱい、なんか言ってください」

「顔真っ赤ですよ?」


「キスなんて? やりすぎ? そんなに嬉しそうな顔しておいて?」

「……演技でキスくらい、舞台でもドラマでもあると思いますけど?」


 そう言いつつも、亜矢奈も恥ずかしそうな声をしている。


「他の人にはしない方がいい? 危ない?」

「……はあ。なんにも分かってないんですね、先輩って」


「私、用事があるので今日はもう帰ります」

「明日のテーマだけ言っておきますね。明日は……」


「みんなに内緒でこっそり付き合っている、女教師とその生徒です」

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