第10話 同じ日常



 森岡が帰った後、部屋の中は静まりかえっている。

 春臣はこんな遅くまでいたことはなかった。


 春臣と一緒にいた時、自分が男が好きなやつだと知られるのが恐かった。

 二人きりになると、どうしても緊張した。

 いつの間にか、宿題をやりに来るだけの少年が気に入っていた。顔を見ると、何となく気持ちが浮ついていた。高校生だからと、ずっと、気のないふりをし続けた。

 あの日、泊めるなんて言い出さなければ、春臣とこんな形で別れることはなかったのに。


 灯りを消してベッドに横になる。壁を向いて、背中越しのぬくもりを思い出す。

 硬い背中だと言った春臣の背中は大きかった。

 最近、考え事ばかりしていて寝不足だった。

 強引に目を閉じたが、また、眠れない夜を過ごすのかと思うと、気が滅入った。




 朝、いつものように目を覚まし、朝食を食べて仕事場へ行った。

 暁生の仕事は事務職で、変わらない日々を過ごしている。その日も、定時に仕事が終わって家路に着いた。

 森岡からは連絡はない。当然、桜子からはない。自分も連絡をしない。その方がお互いのためだと思った。

 次の日もその次の日も同じ日常を過ごした。



 金曜日の夜、同僚に飲みに誘われた。職場近くの居酒屋で酒を飲み、午後九時過ぎには電車に乗った。座席に座り、一息ついた。その時、携帯電話に連絡が入った。森岡だった。


『家に行ったけど、いなかったですね』

『飲みに行っていたんだ』


 すぐに返すと、再び携帯が振動した。見ると、春臣からの着信だった。

 暁生は、思わず着信を押してしまった。


『暁生さん?』


 懐かしい春臣の声がした。暁生は、ちょうど停車した電車から降りた。


『暁生さんでしょ? 俺の声、聞こえていますか?』

「何か……用事?」


 声を振り絞ったが震えていた。


『少し、話をさせてください……。俺、あなたに謝りたい』

「気にしなくていいよ……」


 それだけ言って、暁生は電話を切った。

 春臣の悲しんでいる顔が思い浮かんだが、これでよかったのだ、と無理やり言い聞かせた。

 すぐに、次の電車が到着した。再び、乗り込んで電車に映った自分の顔を見た。


 やつれた顔。

 春臣と出会う前の自分に戻りたかった。あの頃は一人でも生きていけると思っていた。恋人も作らず、穏やかな毎日を過ごせると思っていたのに。

 一人じゃない喜びを知ったために、今が苦しかった。


 目を閉じる。

 忘れるんだ。

 落ちつかせるために、大きく息を吐いたが、ため息になった。

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