第22話 初デート?


 8月7日(日)

 天気【快晴 最低気温25℃ 最高気温32℃】

 時刻【11時00分】


 ゴリラの住まう社宅から、徒歩20分の場所にある大型ショッピングモール。


 ゴリラはここにいた。


 その服装は胸元と背中にバナナが描かれた薄手の白色パーカー、黒色のスラックスと白色のスニーカーを履いており、肩から小ぶりでマスカット色をしたバッグを掛けている。


「ウホウホ」


 彼がこの場所に訪れた目的は、自身に似合う眼鏡を見つける為。


 ただ眼鏡と言っても、視力を補正する度付きの眼鏡ではない。


 6月の健康診断では、視力は両目共に1.5。


 野生のゴリラと比べると良すぎるくらいだ。


 しかし、そんな彼がなぜ眼鏡を欲しているのかというと、理由は単純だった。


 工程管理課で働くゴリラは、当然ブルーライトを放つパソコン画面を見ることが多く、そのせいなのか最近では目がショボショボしたり、物がかすれて見えたりなどの症状が頻繁に起きていたから。


 そう、これは都会のジャングルで生き抜いてきた弊害。

 目の現代病と言われている症状、ドライアイ。


 インテリゴリラの彼も例外ではなく、その症状に悩まされていたのだ。


 そんなゴリラは、スマホで眼鏡ショップのある階を調べている。


「ウホウホ……」


 すると、後ろから声が聞こえた。


「ゴ、ゴリラさん! おま、お待たせしました!」

「ウホ?」


 彼が振り返るとそこには、ジム友以上バナ友未満の亀浦マリンがいた。


 ゴリラは彼女の姿を確認すると、すぐさまスラックスのポケットにスマホをしまう。


 実は、この1頭と1人。


 1週間前の合同トレーニング日に眼鏡を一緒に見に行く約束を交わしていたのだ――。




 ☆☆☆




 ――あれは、トレーニングを終えて、ジム2階に設けられたストレッチを行う場所で柔軟をしている時。


 ゴリラとマリンは、隣同士になり、目の前にある鏡越しで会話をしていた。


『――ウホウホ』

『へ、へぇ……門司港に行かず、眼鏡を見に行く予定なんですね……』

『ウホ、ウホウホ……』

『なるほど……気温が高いから、10月に変更になったんですね……あ、あの……お一人で行かれる感じですか?』

『ウホ、ウホウホ……』

『あ、そうなんですね! 皆さん、予定があって一緒に行けないんですね……そうですか……そうなんですね……』

『ウホゥ……』



 8月7日。


 例年通りであれば、ゴリラは年休を取得し、門司港で開催されるバナナちゃん大会に参加をしていた。しかし、昨今の温暖化により、10月に開催されることになってしまったのだ。


 その上、仲のいいバナ友の皆は、日曜日ということもあり、事前に予定が入っていた。


 この話を聞いたマリンは、勇気を出して自ら名乗り出た。


『で、でしたら! わ、私……私が一緒に行くのはどうでしょうか?』

『ウホウホ?』

『なんで……ですか……』

『ウホゥ』

『ほ、ほら! 一応、私はそういった人体の構造とかを学んできていますし、何かしらのお役に立てるかと!』


 どう考えても無理のある理由づけ、相手は人体ではなく、ゴリラ体なのだから。


 しかし、純粋なゴリラは彼女の提案を受け入れ、また、その理由づけをしたマリンも自分が慕っている早乙女臣さおとめじんと「その見かけ以外、ほとんど変わらないから大丈夫!」とよくわからない紐付けのした。


『ウホウホ!』

『は、はい! 宜しくお願いします』


 ――こうして、彼らは約束を取り交わし今に至ったのだ。



 ☆☆☆




 そんなマリンは緊張しないように、ゴリラのつぶらな瞳を見ることなく、その立派な眉毛に視線を向けている。


「す、すみません! 準備に戸惑ってしまい――」


 その装いは、前日から悩み抜いた彼の大好物であるバナナが各所に散りばめられたバナナコーデ。


 上から、ポニーテールを留めるバナナの形をしたポニーフック、肩にフリルの付いた白色のブラウス、下は薄いバナナ色をしたスカートに、春を意識した桃色のヒールを履いていた。


 そして、メイクも今日の為にベストコスメなどの口コミを見て新調したもの。


 下地・ファンデーションは、自分の肌の色に合ったブラウン系で。


 目元はベージュ系のナチュラルな感じで纏めており、バナナ色に近いゴールドラメ。


 唇には、オレンジ色系の口紅を。


 その耳には、バナナの形をしたイヤリングを付けている。


 誰がどう見てもゴリラに合わしてきているのだが、鈍感……いや、人間全体が好きな慈愛ゴリラである彼にその意図は伝わることなく、ゴリラは子供のような無邪気な笑顔で応じた。


「ウホウホ!」


 彼の言葉を受けたマリンは、頬を赤く染めて直立不動となっている。


「あ、えっ……その似合っていますか……ありがとうございます……」


 そんな様子に心優しいゴリラは心配になり、その大きな黒い手を彼女の額へと当てた。


「へっ!?」と声をあげると絵に描いたように、固まるマリン。


 彼は、その反応を気にもとめず真剣な眼差しを向け続ける。


「ウホウホ……?」


 心優しきゴリラは、責任感の強い彼女が体調不良だというのに無理をして、ここに来たのだと思っていた。

 なので、その手で体温に異常がないか確認をしていたのだ。


「……ウホ?」


 だが、顔色の割にはそこまで体温が高くはない。


 ゴリラは太い首を傾げる。


 対して、マリンはそのせいでより一層体に力が入り、耳まで赤く染めていく。


「――っ!?」


 それもそのはずだった。


 彼女にとっては、恋い焦がれる相手とのデート。


 その上、ゴリラは対面した瞬間に、マリンが夜中まで自室で鏡の前に立ち、あーだこーだと悩み抜いた努力の結果を褒めてくれたのだから。


 とは言うものの、褒めた本ゴリラからすると、この行為は当たり前のことだった。


 メイクや服装を見るだけで、手間を掛けてくれたのがわかったから。


 しかし、一番の理由はバナナ。


 そう、きっと彼女はバナナの事思って、バナナの良さを伝える為に、ここまでしてくれたと考えていたからだ。


 まだバナナを一緒に食べていないが、この瞬間。


 マリンもまたかけがえの無いバナ友という認識になっていた。


 残念なことに――。


「ウホウホ……」

「は、はい。熱はありませんよ……」

「ウホ、ウホウホ?」

「あ、いえ! その……きっと急いできたからだと思います!」

「ウホゥ……ウホウホ!」


 彼女の小さな嘘にまんまと騙されて、子供ように微笑むゴリラ。


 すると、またマリンの服装に目を向け話し始めた。


「ウホ、ウホウホ?」

「そ、そうですね! バナナコーデみたいな感じです……」


 ゴリラは、バナナコーデであることを確認すると、白い歯を見せ親指を立てた。


「ウホ!」

「えへへ……ありがとうございます」


 こうして、想いゴリラであるインテリゴリラに褒められて喜ぶ恋する乙女、亀浦マリン。


 バナナの魅力を伝える為にメイクや服装まで変えてくるバナ友に出会えてよかった心から喜ぶゴリラ。


 この1人と1頭のデート? が幕を開けた。

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