第19話 犬VS犬


 7月23日(土)


 天気【快晴 最低気温20℃ 最高気温27℃】

 時刻【11時30分】


 ゴリラの住まう社宅から徒歩10分のタコ公園にて。


 ここにゴリラの部下である犬嶋犬太と、山川家の誇り高き愛犬、紅色の毛色をしたポメラニアンのさんたろうがいた。


 犬太は、背中に柴犬がプリントされた白と黒のツートーンのスカジャン、肩には小ぶりで黒のショルダーバッグを掛け、下はベージュのスキニーパンツと黒のスニーカーを履いていた。


 さんたろうは桃色のリードが繋がれており、そのリードは犬太の右腕に掛けられている。


 そんな1人と1匹は、掌サイズでバナナの形をしたコンビニ限定のぬいぐるみ、バナナ先輩を取り合っていた。


「は、離して下さいっす!」

「ガルルルゥ……」


 ちなみにバナナ先輩は、サングラスをかけたニヒルな笑顔が特徴で、剥けたバナナの皮が服で果実部分に顔が描かれているゆるキャラだ。


 犬太は、先輩を両手でさんたろうから取り上げようとする。


「ちょ、ちょっと! さんたろうさん、先輩は食べられませんって!」


 彼は、物凄い勢いでバナナ先輩へと噛みつくさんたろうに、危機感を覚えていたのだ。


 それは犬を飼ったことがないからこその焦り。


 犬であるさんたろうは、きっとバナナ先輩のことを本当のバナナと勘違いしており食べてしまう。


 そう考えていたからこそのもの。


 対するさんたろうは、犬太が迫真の演技をして遊んでくれていると考えていた。


 それはさんたろうが憧れるゴリラの部下という肩書きと、自分と同じくバナ友だという事実が影響していたのだろう。


 だから、もう通じ合っていると思っており、初めからバナナ先輩が本物のバナナでないことに気付いていた。


 なので、鬼のような形相で離さまいと、小さな牙を剥き出し左右に激しく首を振っている。


「グルルルゥ!」


 揺れるバナナ先輩。


 しかし、犬太も必死だった。


 その額からも先輩を握る手にだって、汗が滲み出ている。


「さ、さんたろうさん! 力……強いっすね! でも――」


 それは当然のこと。


 彼は彼で、1匹の可愛いポメラニアンの命がかかっていると思っているからだ。


 例えば、自分が手を離したことで、食べてしまい死に至る……などと、もしかしたら起こり得ることで、頭がいっぱいになっていた。


 これは、ゴリラ愛を継ぐ彼らしい考え方。


 そんな犬太は息も絶え絶えになりながらも、バナナ先輩を握る手に力を込める。


「ぜっ、絶対にっ! はぁ、はぁ……離さないっすよ!」


 一方さんたろうは、この引っ張り合いがよほど楽しいのか、尻尾を勢いよく振りながら唸り声を上げている。


「ガルルゥ!」


 もう、すっかり我を忘れている様子だ。


 勢いづくさんたろうに負けないように、犬太はさらに力を込め引っ張る。


「な、何が何でも! はぁ……は、さないっす!」


 それにより、血色の良かった指先が段々と白くなっていく。


 だが、さんたろうはお構い無しに頭を左右に振り、バナナ先輩を奪おうとする。


「ガルルゥ……グルル!」

「も、もう! はぁ……しつこいっすよ! さんたろうさん」


 1人と1匹の間で、伸びたり縮んだりするバナナ先輩。


「ガルルゥ!」

「……っ! さ、さんたろうさん! お、落ち着いて! バナナ先輩は食べられないんっすよ!」

「グルルルゥ……ガルルゥ!」

「お、お願いしますって! もう離して下さいよー」


 この膠着状態をどうにかする為に、犬太はよだれまみれとなったバナナ先輩を上下左右に動かすが、さんたろうは牙を剥き出しにしながらも喜んでいる。


 勢いよく振られる尻尾。


「だから、本当にっ! これ――はっ! はぁ、どうしたらっ……いいんですかっ!」

「グルルルゥ!」


 全く通じ合わない1人と1匹。


 なぜこんなことになっているかだが、それはほんの30分前――。

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