第12話 健康診断



 ――5分後。


 時刻【9時35分】


 順当に視力検査を終えた彼は採血をする為、面談用スペースへと来ていた。


 ここでは1人の女性看護師が採血をして、もう1人の女性看護師は、それが混ざらないように氏名などを確認、加えて注射器の準備を行っている。


「ウホ?」

「はい、とりあえず毛を剃りますね」

「ウホウホ」

「あ、そうですか。剃られてきたんですね」

「ウホ!」

「お気遣い頂きありがとうございます」


 ゴリラは看護師の手間を考え、今日はいつもより早起きして腕の毛を剃ってきていたのだ。


 これが本来の彼の姿であり優しさ。


 冷静であればどんな人間。


 どんなゴリラより優しい。


「ウホウホ!」

「では、アルコールで拭いてかぶれるとかはありませんか?」

「ウホ」

「ふふっ、そうでしたね。平気でしたね」

「ウホウホ」

「では、こちらの台に腕を置いて下さい。あ、親指を内側に入れて軽く握って下さいね」

「ウホ!」


 そして、女性看護師は黒くて大きな腕に注射針を刺した。


「……ウホゥ!」


 つぶらな瞳をギュッと強く閉じている。


「あの……ゴリラさん、もう少しだけ力を抜いて頂いて宜しいですか? その針が入りません」

「ウホゥ……」


 そう、ゴリラが一番苦手にしていたのはこれだったのだ。

 採血をすること。


 金属の針が、ぷすっと刺さるあの痛みがなんとも言えなかったのだ。


 ただ、彼も立派な大人のゴリラ。


 覚悟を決めて健康管理室にさえ入ってしまえば、目に見えて怯えるなんてことはしない。


 とはいえ、怖いものは怖かった。


 そんな彼を前に看護師は、話題を持ち出す。


「そうですね……好きな物はなんですか?」


 強ばるゴリラの緊張を解くためにだ。


「ウホウホ!」


 彼は自分の好きな物を聞かれて子供のような笑顔を見せている。


 女性看護師は、そのゴリラに優しい口調で会話を続けた。


「バナナですか! オススメはあるんですか?」

「ウホ、ウホウホ」

「へぇ、焼いても美味しいんですね! はい! 終わりましたよー」

「ウ、ウホ!」


 その咄嗟の機転により、彼はリラックスし取り乱すことなく採血を終えることができた――。




 ☆☆☆




 ――20分後。


 時刻【9時45分】


 ゴリラは、クリーム色のカーテンに仕切られた休憩スペースで男性医師による問診を受けていた。


 右腕には止血テープが貼られている。


「ウホウホ」

「体重の増加が気になるのですね」

「ウホゥ……」


 ちなみに、先に行っていた心電図では特に異常な点は見受けられなかった。


「そうですね……最近、息苦しいなどとかはないですか?」


 医師は、聴診器をゴリラの厚く黒い胸板に当てている。


「ウホウホ!」

「そうですか。ただ体重の増加が見られますので、食生活や運動の仕方など、私生活の見直しを考えた方が宜しいですね」

「ウホゥ……」

「はは、大丈夫ですよ。そんなだいそれたことをする必要はありませんしね」

「ウ、ウホ?」

「ええ、少しの気をつけるというところから始めてみましょう。食生活はバナナ1本を控える。運動は軽い無酸素運動から始めるとかですね」

「ウホ! ウホウホ!」

「はい、もちろん誰かと一緒にすることも大切ですね。同じ目標を持つ友人は大切ですからね」

「ウホ!」

「以上で、問診は終わりです。えーっと、ゴリラさん、胸部レントゲンは――」


 というとその手に持っている問診票を見た。


 そこには、検診車両の設備では大き過ぎて検査不可と書かれている。


「あ、ここでは検査ができないのですね。ではこれでおしまいです」

「ウホ!」

「いえいえ! 止血テープはもう少ししたら、外して構いませんので」

「ウホウホー!」


 こうして、ゴリラは健康診断の日を無事終えることができた。



 ――そして、その後。



 誰も居なくなった健康管理室の隣にあるトイレから、悶え苦しむ雉島課長代理の声が響いていたとさ。



 ウホウホ?

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