第19話 使者の誘い

「イシュタルさあ。子供相手に本気だすなよ」

「申し訳ありません」

 イシュタルはバルクトライに詫びを入れる。

 腕試しにおいてつい熱くなってしまったイシュタルは鋭い一撃を加え、受け損ねたショーティスは腕に怪我をしていた。

 医務室で手当てを受けると骨は折れていないことに大人2人はほっとする。


 大したことありませんというショーティスにしっかり休むように命じてバルクトライは司令官室に戻っていた。

 医務室で看病するという名目で午後の面会をサボろうとして失敗している。

「いや、だって第3皇子の側近、しつこいからさ。手紙でらちがあかないからってわざわざやって来ているのは分かるんだけどね」


 皇太子と第2第3皇子の戦いは一進一退を続けていた。

 陸軍の4個師団と海軍を有する南部方面軍は静観を続けているために相対的な重要度がさらに上がっている。

 両陣営ともバルクトライを味方につけようと手紙や使者を何度も寄越していた。

 バルクトライは予定通りに金勅文書を盾にのらりくらりとしている。


 第3皇子はついに側近を派遣していた。

 司令官室に入ってきた第3皇子の側近は強い口調でバルクトライの参戦を要求する。

 しかし、バルクトライはコールタス王国やロマーニア王国の動きを理由に結局首を縦には振らなかった。


 無駄足を踏むことになった側近が、もしショーティスの姿を見ていたら代わりに報告することができたと喜んだだろう。

 3人の皇子たちはいずれもショーティスを消そうとしたものの消息を見失っていた。

 クーデターに巻き込まれて死亡したと見做していたが、生きていると分かれば再び殺そうとするはずである。


 そういう意味では怪我をしたために顔を合わせずに済んだのは運が良かった。

 イシュタルは知らずに恩人となったと言える。

 そんなこととは知らないイシュタルは怪我をさせたことに対して恐縮することしきりだった。


 エディンシア要塞を発った側近は首都周辺を避けて帝国の北方へと向かう。

 北部に盤踞する第3皇子のもとに戻り復命した。

「残念ながらバルクトライ将軍は説得に応じませんでした」

「あいつめ。この私を蔑ろにするのか」

「亡くなられた陛下の命には逆らえないと言うばかりでして」


「まさか。あの男、自立するつもりなのではないだろうな?」

「そのような素振りはありませんでした。ただ、バルクトライ将軍は知謀に優れるゆえ私では計りかねますが」

 バルクトライの評判が独り歩きしていた。

 実際のところ、策を巡らすよりも突撃することに価値を見いだす他の将軍とは異質ではある。


 暇にあかして様々なことを考えてはいたが、それを実行に移す勤勉さに欠けていた。

 自分の身に不利益が及ばない限りは積極的に動こうとはしない。

 莫大な利益を得られそうな見込みのために汗をかくよりも現在の無為を愛する男である。

 この辺りの感覚がこの時代の宮廷人や軍人と徹底的にずれていた。


 多くの者がバルクトライが何を考えているか読めなくても仕方がない。

 第3皇子は顔を歪める。

「まさか、あのデブと既に結んでいるのではあるまいな」

 皇太子は飽食の結果かなり太っていた。

 そのため、第3皇子は兄のことを口の端に乗せるときは侮蔑の言葉で表している。


「そのような様子は窺えません。麾下の4個師団から兵を割いてはいないようです」

「ならばまだ良いが……。それで誰か野心的な配下は居なかったか?」

 第3皇子からすると自分に味方しないバルクトライが不気味であった。

 敵対せずに中立でいるというだけでは我慢できない。

 バルクトライの配下の高級士官に野心的な者がいれば乗っ取りを支援するつもりだった。

 支援の見返りに皇太子を挟撃させるという計画である。


「それが、司令官の影響を受けたのかそのような素振りを見せる者はおりませんでした」

「南部方面軍全体と言わず師団単位でも掌握できそうなのは居ないのか?」

「引き続き調べますが、現時点では居ないようです。あまり、あからさまにしますと逆に将軍に通報されるかもしれません。もしかすると既に耳に入っているやも」

「なに? 私が反乱を指嗾していると知られてはまずいではないか」


 だから、リスクがあると事前に説明したではないか。

 そう言いたい気持ちを飲み込んで側近は沈痛な表情を作った。

「難しい工作であるとご理解頂ければと」

 陰謀を巡らすのは好きだが、第3皇子は失敗したときのリアクションが耐えられない。

 バルクトライが皇太子に接近することを恐れた。

 こうなると頭の中をその考えがぐるぐると回るようになる。


「よし。では、バルクトライを暗殺しよう」

 急激な方針転換に側近も話についていけなかった。

 そんなことをすれば南部方面軍は大混乱になる。

 コールタス王国やロマーニア王国が侵攻してくるかもしれない。

 それに指揮官を失い残された兵士は地理的に近い皇太子軍に組み込まれる可能性が高かった。

 しかし、バルクトライと皇太子の共闘という考えに取り憑かれた第3皇子は側近の意見を聞き入れない。


「同時に私に与するように大金で釣ればいいだろう」

「そんな金がどこに?」

「仲間割れもあるだろうし、ここまでたどり着く数は多くあるまい。いいから、暗殺者の人選をしろ」

 第3皇子は居丈高に命ずるのだった。

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