第3話 ゲームリセット


――――学園


1度だけ留学で通わなかったとはいえ……5度通い、私が断罪された場所へ、またやって来た。正直何が起こるのか、恐い。

確か最初は……アンジュが私に突進してきて、互いにぶつかって私もアンジュも互いに尻もちをつく。だが、悪いのはいつも私で、アンジュが被害者だ。そこに駆け付けたエドガー王太子は……必ずアンジュの肩を持ち、私を責めるのだ。


周囲を見渡しながら警戒していれば、招かれざる客は向こうからやって来た。しかも今回は突進せず、アンジュはピンクの髪を風に靡かせながら、ずかずかと歩いてくる。しかもその隣で学生服を着る少年の姿に目を見開く。


「おい、お前!一体どういうつもりだ!」

ビシッと私を指差してたのは……神、のはずだった少年グイーダだ。それはこちらのセリフなのだが、いつもの通り、こちらの意見など聞きそうにない。そしてグイーダに引き続き、アンジュが声を挙げる。


「そうよ!きっとアンタがやったんでしょう!?最低だわ!」

そうは言っても、何のことやら。


「これを見なさいよ!」

アンジュが取り出したのは古ぼけた人形だ。その人形はどことなく目の前にいるグイーダに似ているような気がする。

しかし何故だかその人形は、まるで腹を裂くように両断されて、壊れていた。


「本体を破壊されたから、ぼくは神である資格を失ってしまった……!」

……え?――――と言うことは、彼は今、神ではない。つまりはただの人間と言うこと……?半信半疑で彼を見つつも、彼にはとても余裕がないように見えた。もしかしたらそれこそが神である立場を追われた故なのかもしれない。


しかし、本体とは……。その古ぼけた人形が本体……?ひょっとして付喪神の類いなのだろうか。この世界に付喪神がいるかどうかは分からないが、女神を中心に様々な存在する以上、私が把握しつくせることでもない。


「お前、どうやってあの忌み神をたらしこんだ!」

「い……忌み神って何……?」

邪神さまのことではない。あの方は忌まれる存在ではなく、邪悪であるとされた存在である。

実際は悪を裁くことのできる司法を司る神であるが。


「何を白々しい!あいつだ!半神半人の生き神!お前の側に、それがいるんだろう!?」

そんなことを言われても。

私は監獄で出会った邪神さま以外は認識していないのだが。そして崇拝するのもあの方だけだ。とは言え女神を崇拝することは決してないけれど。


「もういい!お前のせいで人間に転生するわ、セーブデータはリセットされるわ、散々だ!」

セーブデータのリセット……リセットされても神は神であることができなかった。神である証のようなもの……本体を壊されてしまったから。たがその魂は魂としてあるのなら、その器は必要だ。

ヒロインにとってなくてはならないサポート役であっただろうに……女神は新たな本体を授けはしなかった。本体を修復しなかった。

それとも……できない何かがあるのだろうか。たとえ女神とあれど、神ではなくなったものを、勝手に神にすることはできない……何かがあった。

例えばそれは、女神をこの世界の主神の女神としたもの。

そう、つまりはこの世界をもう一度やり直すためにリセットしてくれた存在。

ルディの言っていた、空の上の一番偉い神さまだ。そう、前世の知識を借りるのならば、『創世神』と言うべき存在なのではないだろうか?

だとしたらルディは、どうやって創世神にそれを頼んだのだ……?

ルディは一体何者なのだろうか。


「もういいわ!とにかくアンタを破滅させないと!みんなの好感度もリセットされちゃった!このままじゃ王太子を攻略できない!」

今まではその好感度をセーブして、自分に都合のいい世界を造り上げていたのだろう。


「ちょっと待って!ぼくのためにハーレムルートでみんなを攻略して、ぼくを選んでくれるんじゃなかったの!?」

「はぁ!?ふざけないでよ!ただの召し使いに生まれたお前を、攻略のために必要だから仕方がなくうちの養子にしてやったっていうのに!神じゃないアンタなんて用済みよ!聖魔法だって使えないじゃない!」

まるでヒロインの聖魔法は、神であった彼の力で結び付けられたもののようである。

そして養子に……グイーダは人間の身体となっても、貴族として生まれることはできなかったらしい。いや……そんな虫のいい話はないわよね。

女神の使いであっても、生まれる家までは新たに設定できなかったと言うことかしら。

そしてアンジュと義姉弟になったのなら、結婚することはできない。その時点でアンジュは保険のような感覚で養子にさせたのだろうか。

アンジュのセーブデータはリセットされても今まであのアンジュを甘やかしてきた男爵夫妻も夫妻らしい。


「ほんとに後悔した……!」

「そんな……そんなことって……」

グイーダはふるふると震えながらも、怒りの形相でアンジュを見る。

「祟ってやるぞ!!」

「神じゃなくなったアンタにそんなことできるはずないでしょ!?」

思えば今までは神であることを明かしてから、果敢に祟るだの何だの言って脅してきたわね。けれど今となってはそれも不可能。グイーダはまるで今までのツケを払わされているように力を失っている。


「もういいわ!とにかく王太子攻略のためにイベントを遂行しなきゃ!」

イベント……?イベントって……よくある入学式イベントのことだろうか。私はこの入学式で必ずと言っていいほどアンジュに突進された……。

――――と、その時。


バンッ


「きゃっ!?」

アンジュにいきなり突き飛ばされ、尻もちを付く。慌てて目の前を見れば、何故かアンジュも尻もちを付いていた。突き飛ばされたのは私の方よね……?これですら、いつもと同じ。


「いったぁ~~っ!」

そして白々しく文句を言うアンジュに、惚れた弱みか、すかさずグイーダが寄り添う。


「だ、大丈夫!?」

大丈夫も何も、アンジュはわざと尻もちを付いたんじゃない。目の前で繰り広げられる光景に呆れつつも、続いて響いた声にしまったと息を呑む。どうしてさっさと逃げ出さなかったのか。

しかしこの場面ではまるで定められているように逃げることができなかった。でも今回は……できた気がしたのだ。ただ漠然と、呆れる余裕があったのだから。


「何事だ」

その声は、私を幾度となく断罪した声だ。今でもその声が、恐い。また断罪を告げられるのではないかと……。


「いったぁいっ!王太子さまぁっ!公爵令嬢さまが私のことを乱暴に突き飛ばして来たんですぅ……っ!私が男爵令嬢だからってぇ……っ、ひっどぉいっ!」

そしてその嘘を、金髪に青い瞳を持ついかにもな王子さま……エドガー王太子は何の疑いもなく信じる。だってそれが、シナリオだから。


「君は何を言っているんだ」

しかしエドガー王太子はいつもとは違い、アンジュに対して呆れたような表情を向ける。


「一部始終を見ていたが、君が一方的にレティシエラを突き飛ばして、自ら尻もちを付くように地面に座ったように見えるが?」

「な、何を言ってるのさ!レティシエラが彼女を……」


「口を慎みたまえ。そもそも君は誰だ。私には君も一緒になってレティシエラを責めたように思えたが」

「な、ぼくはフェルト男爵令息グイーダだよ!」

「ちょっと!フェルト男爵家の血筋でもないのに、勝手に男爵家を語らないでよ!」

その男爵家に入れたのはあなたでしょうに。


「私が、フェルト男爵令嬢だわ!」

「学園では身分は不問とされているが、高位の公爵令嬢に対する礼儀は求められる。それ以前に、相手が誰であろうといきなり突き飛ばして、相手が突き飛ばしたと冤罪を吹き掛けるど、あってはならないと思うが?」

それが普通である。その普通が、今までは無理矢理シナリオ通りにねじ曲げられた。


「ちょ……王太子さま!?何で私のことを信じてくれないの!?」

「信じる確証などありはしない。それに私はレティシエラの婚約者だ。婚約者として、レティシエラを信じるのは当然のことだ」

今までは、信じてすらくれなかったのに。いや……ゲームがスタートするまでは……ヒロインと王太子が運命の出会いをするまでは、王太子も私に優しかった。きっと私のことを信じてくれたのだろう。しかしヒロインと出会えば途端にヒロインのことを信じ、セーブデータが引き継がれれば、ヒロインと出会う前からも彼は敵だった。


「ほら、レティシエラ、立てるかい」

彼の手を、とってもいいのだろうか。また裏切られたら……その不安が脳裏を駆け巡る。しかし……王太子が差し伸べた手を、振り払うなどと言う不敬な行為は許されない。

私は貴族として、婚約者の務めとして、彼の手をとった。


「さぁ、行こう。まずは寮で手当てだ。荷物はもう入れてあるのだろう?」

「……え、えぇ……」

王太子に促されるがまま、その場を移動しようとしたが、アンジュがグイーダの手を振り切りこちらに向かってくる。


「待ってぇっ!王太子さま!その女は悪役令嬢なのよ!」

そんなこと……知っていたけれど。

やはり私は悪役令嬢なのか。


「やめろ!王太子殿下に対して不敬だぞ!」

アンジュを止めたのは、攻略対象と思われる侯爵岸で、王太子の側近アルク・カウスである。


「どうして!?何で私を止めるの!?味方じゃなかったの!?」

アンジュの言葉にアルクは首を傾げる。

「何故王太子殿下の婚約者殿を傷付ける君の味方などせねばならない!」

今までは王太子に付いて私を責めて来たのに……本当に、この世界はリセットされている。

不思議な感覚に陥りながらも、私は王太子に付いて、寮へと足を向けた。




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