6回ループした悪役令嬢は、リセットされた世界でやり直そうと思っていたのに、気付いた時には囲い込まれていた

瓊紗

第1話 どうやっても破滅する悪役令嬢


――――どうやっても破滅する。


私の名前はレティシエラ。スピア公爵令嬢である。流れる銀髪に、アメジストの瞳はともかく、絵に描いたようなこのツリ目の悪役顔。


何故いかにもな悪役顔の公爵令嬢に生まれてしまったのだと悲観したいほどに、破滅すること通算6回。


1回目は何の知識も記憶もないままに、当たり前のように国外追放の末、夜盗に襲われて……死んだ。


2回目は12歳の頃にループし、処刑される間際に地球での記憶が目覚め、私が断罪されるタイプの悪役令嬢なのだと分かった。

婚約者の王太子エドガー・ブルーリオンに婚約破棄され、見るからにヒロイン風を吹かせる男爵令嬢アンジュ・フェルトと共に私を断罪してきた。


3回目、私は再び12歳に戻った。今度こそ断罪のトリガーとなる婚約破棄を回避してみせる。しかし9歳の時に既に婚約は結ばれており、婚約をなしにすることはできなかった。

それでも私は足掻いた。アンジュやアンジュの回りの3人の高位貴族にかかわらず、アンジュに断罪される要素も微塵も与えず。だが一部の令嬢たちがアンジュにいじめをしたのを、私の指示だと冤罪を着せられ婚約破棄、の末処刑。


かかわらずとも、罪を着せられて処刑されるだなんて。


だから4回目はかかわることにした。

12歳にループし、周りの令嬢たちを牽制し、虐めなどと言う品の欠片もないことはするなと教育し、アンジュとも仲良くしようと試みた。

だが無駄だった。私がアンジュに親切にしようとしたことがことごとく断罪の材料となり、濡れ衣を着せられ処刑された。


どうあっても無駄だった。

そして5回目。冷静に考え直してみる。私は前世では乙女ゲームなどやらなかったが、考えてみる限り、よくある乙女ゲーム風の世界に転生した悪役令嬢……そんな印象を受ける。

考えられることと言えば。

アンジュはこの世界で稀少な聖魔法の使い手で、だからこそ周りからちやほやされている。

そして彼女の周りには私の婚約者の王太子エドガー、3人の高位貴族アルク、ラファエル、リーヴルがいる。単純に考えればこの4人が攻略対象である。

もしかしたら今までのループはヒロイン・アンジュが攻略対象たちを攻略するために行われて来たのではないか。

なら残るルートは……逆ハールート、もしくは隠しキャラルートである。どちらが先にくるのか……は、私には予測不能だが、少なくとも残っているのは今と、次回。

しかしそれが分かったところで何をすれば……?かかわってもかかわらなくても断罪されるのならば。私は無理を言って隣国に留学した。物理的にかかわり合いにならないようにしたのに……ゲームが始まると思われる15歳の春。アンジュたちが

こぞって留学してきたのだ。そんなの……アリ……?

しかも私が国に戻りたくても、婚約者のエドガー王太子が来ているのだからと帰してもらえない。

堂々とアンジュと浮気しているくせに。社交の場にも私を招かアンジュを連れていっているくせに。どうして私は国に帰れないの……?

そして彼女たちを見るからに、これは逆ハールートである。

これをクリアすれば、アンジュは次の隠しキャラルートに進めると言うこと。そして私はそこで、隠しキャラが誰であったかを知る。


アンジュをずっとサポートしてきたと言う、神グイーダである。

アンジュを立派な聖魔法使いにすることで、一人前の神になれると言う彼は、私に『逃げても無駄だ』と無慈悲に嗤う。

そして彼自身が、次はアンジュと結ばれて真のハッピーエンドを迎えるのだと。つまり隠しキャラは……神・グイーダ。そんなのがついてるなら、絶対に抗えるはずないじゃない……!


絶望の中、私は……神罰のなのもとに、死んだ。


そして最後の6回目。

相手が神ならば、打つ手なし。そしてその神自身が隠しキャラだなんてあり得る?

この世界ではそれがあり得ている。しかし気が付いた。この世界は女神リュボーフィアを主神として崇めており、聖魔法を使えるアンジュに加護を与えたのも女神である。つまりあのグイーダは女神の下っ端。

この世界は唯一神ではなく、女神を中心に様々な神がいる。しかし女神とかかわり合いのある神が味方になってくれるとは限らない。何故なら女神の加護を持つヒロインは女神の愛し子である。


ならば……希望となる存在がひと柱だけいた。


――――邪神である。

この世界には女神が禁忌とする邪神がおり、中にはその邪神を崇める背信者がいる。

けれど女神の支配下にない、抗える神と言えば……この邪神しかいないのだ。


私は家出し、邪神教に入信した。

そこでの暮らしは想像とは違い、アンジュやエドガー王太子、他の攻略対象たちに冤罪を吹き掛けられることもなく、怒鳴られることもなく、日々責められることもない。

聖魔法使いを特別視せず、邪神さまにお仕えすることを是とする。


そしてそこで出会った司祭ルヴィウムさまに教えを受け、邪神さまが何の神かと言うことを知ったのだ。それは……裁神であった。

何故、司法を司る神か邪神とされるのか。

それはまるで、何も悪いことをしていないのに、冤罪を吹き掛けられ処刑される……法の下の平等なんてものが存在するこの世界がそれを象徴しているような気がした。


けれど、叶うことなら……。ずっとここで、断罪などされずに暮らしたい。


そう思っていたのに。


邪神教の隠れ家はアンジュと攻略対象たち……そして神グイーダに暴かれ、共に暮らしてきた仲間たちは死に、私もその場で拘束された。その間際、グイーダが嗤った。


『こうも思い通りに動いてくれるだなんて。最後だから特別に教えてあげるよ。最後のルートはね、邪神討伐。邪神を討伐することで、ぼくは完全な神になり、アンジュと結ばれるんだよ!!』

つまり私は自らその罠の中に踏み込んでいたのだ。


邪神を崇めた愚かな令嬢は、公爵家からも見放され、多くの国民の前で処刑台に登る。


私と言う大罪人の最期を見せ付けることで、邪神を崇めるものなど存在しないように。

私は晒し者にされたのだ。


処刑台に登り、最期に言い残すことはと問われても、絶対的な力の前に、何もできなかった悔しさで、何も言葉が出てこない。

『邪神さまを崇めるだなんて、愚かなことをした』

私を断頭台にセットした騎士の声に、ハッとしてその顔を見る。

どうして、あなたが生きているの……?あなたはあの時、みんなと一緒に死んだはずでは……?


『ここで君を助けても、世界は変わらない』

それはどういう意味なの……?私が死ねば世界は変わるの……?

私は……愚かだ。何の力もないのに、足掻いて、バカみたい。

悪役令嬢が破滅から逃れるために頑張る……?ヒロインに神がついていたら、いくらなんでも無理よ。この世界は裁神を邪とする。正しいことが評価されない。

そんな世界なのに。


『痛い思いはしなくていい。君がその痛みを背負う必要はないから』

彼の言葉と共に、意識が遠退く間際、グイーダの嘲る声が響く。


『もうこの世界に、お前の味方なんてひとりもいないんだよ!』


私は……最期を迎えたのだろう。でも彼の言った通り、痛みはいつになっても襲って来なかった。






――――はずだったのに。


「何で、もう1回あるの……?」

前回、グイーダがアンジュと結ばれてハッピーエンドを迎えたのではないの……?まだルートがあったってこと……?それでも……。


「また生き返って、一体どうしろって言うのよ」

しかも現在は……。


「……15歳」

暦を見る限り、15歳だ。今までの年齢とは違う。

学園に通う前日、婚約者のエドガー王太子がアンジュと運命の出会いを果たす入学式の前日。

「こんなタイミングでどうしろって言うのよ」

少なくとも今は留学もしてなければ、邪神教に入信もしていない。


ただアンジュたちに断罪されるために学園に通うだけ。


私の味方などもう、この世界にはいない……あの神グイーダの無慈悲な嗤いが脳裏から離れない。

たとえ私がもう一度邪神教で仲間を得たとしても、仲間がグイーダとアンジュたちによってまた殺される。

お父さまは今は私の味方でも、断罪と同時に敵になる。

エドガー王太子なんて言わずもがな。王家も断罪されると分かれば私を責めるだろう。


誰も味方など……。


「いや……違うわ」

どうしてか手元にあったメッセージカードを手繰り寄せる。本当に……どうやって公爵家の中にこれを入れたのかしら。書かれた絵は、正義の剣と天秤。それを見た瞬間、これを届けたのは彼しかいないと気が付いた。そしてカードに書かれた文字。


「彼に、会いに行かなくちゃ」

前回、私は彼と出会った。

このループ地獄の中で唯一見付けた不可解な存在。


彼は処刑台に帯同した騎士である。しかし、その正体は違う。殺されたはずの彼が、あの場所で生きていたのだ。

私は考えるよりも先に、脚が動いていた。


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