D.N.A-DeoxyriboNucleic Acid

久良運 安寿

羽琉明快編

screen1 籠の中の鳥

「可哀想ね……これからどうするのかしら?」

「ねぇ……お母さん体弱くて満足に働けないんだってね」

「子供がまだ小さいのに……」


 小学五年生の夏、父ちゃんが交通事故で亡くなった。

 雲が半透明のように透き通って見えて、青い空がどこまでも澄み渡り、太陽を探さなくても蜃気楼のゆらぎから伝わる猛暑の頃。


「母ちゃん俺、中学卒業したら働くよ」

「何言ってるのよ。貴方は絶対高校までは行かせます」

「でも、母ちゃん働けないんだろ?」


 この時、俺は高校なんて行く気は無かった。

 父ちゃんがいなくなった以上、しっかりしなきゃいけないのは俺だと本気で思っていたから。


「お母さんが、少しでも働きに出るわ。あまり頼りたくは無かったんだけど……お母さんの兄のところに行こうと思うんだけど、隣町だから二人は転校することになるけど平気?」


「いいよ……」


 俺は正直、どっちでも良かった。

 弟はまだ四歳で友達と離れ離れになると言っても多分実感は無い。

 交友関係なんて新しい保育園で築いてしまえば、すぐに忘れてしまうだろう。

 早速身支度を始めて、数日後に急遽転校することになった。

 母ちゃんの兄と会ったのは物心が付いてすぐくらいで、正直どんな人だったかなんて覚えていない。


「着いたわ。ここよ」


 子供の背丈で見上げると、首からそのまま背中へ仰け反って倒れてしまうような通称タワマンと呼ばれるような超高層マンションだった。


「おお! よく来たな。いらっしゃい! 小さい頃に会ったきりだから覚えてないよな。お母さんの兄の貴士たかしだ。よろしく」

「明快です! こっちは弟の雄大ゆうだいです」

 弟は母ちゃんの膝にしがみついて顔を隠し、チラチラと覗き込んで恥ずかしそうにしていた。

「お、挨拶できるくらい大きくなったんだな。雄大くんは知らないし、無理もないか……香菜も久しぶり!」


 タワマンに住んでいるとは到底思えないロボットアニメのTシャツにデニム姿の地味な服装でエントランスの前で待っていた。

 おまけにボサボサ頭に無精髭、黒縁メガネと見た目などまるで気にしていないような格好だった。


「相変わらずでかいマンションね」

 母ちゃんの顔は引きつっていて、こんなところに住むなんて不安でしかないという顔をしていた。

「なーに! すぐに慣れるさ」

 貴士さんが先頭に立ってセキュリティを解除していき、母ちゃんの後ろを俺と弟が挙動不審になりながら付いていく。

 エントランスにオートロックが施されているのは勿論、エレベーターでさえも専用の鍵を使わないとボタン操作が出来ない。

 来客用に部屋から遠隔で解錠する方法はあるそうだが、こちら側も多少の操作は必要らしく母ちゃんはそういうのに疎いため、住んでも慣れるまでは時間がかかりそうだと思った。

 防犯カメラも死角が無いよう全ての部屋の玄関口が見渡せるようにいくつも設置してある。


「本当にややこしいマンションね」

「大丈夫! すぐ慣れるから」

 すごく簡単に言うが小さなアパート暮らしだった俺たちには複雑過ぎた。

 その夜は出前でお寿司を頼んで、久しぶりなこともあってみんなで話し込んだ。

 話によると海外にいて葬儀には参列できなかったこと、投資家として生計を立てていて何不自由なく生活できていることなどを自慢げに語っていた。


 そして新しい学校生活が始まった……。

「今日は転校生を紹介する」

羽琉明快うりゅうあきよしです……隣町から引っ越してきました……よろしくお願いします」

 俺はすぐにわかった。

 リーダー格と思われる人物がいて、そいつが俺のことを睨んでいる。

「みんな仲良くするように! 窓側の忍夜景おしやけいくんの後ろに座ってくれ」

 席に向かう途中でやっぱり一人だけ明らかに睨んでいる男がいる。

 俺はそいつを睨み返した。クラス全員が驚いた顔をしていたのを覚えている。

「羽琉明快くん、よろしく。ねぇ、あまり目立つことしないほうがいいよ」

 そう小声で教えてくれたのが、この先に親友となる忍夜景だった。

「おう! よろしく。良くわからねぇけど気にするな」

 休み時間になるとリーダー格の人間とクラスの生徒数人に景が呼ばれて教室を出ていくのを目撃した。

 明らかに友達関係が成り立っている感じではないことはすぐに分かった。

 トイレに行こうと思っていたため、様子を見に行くことにした。


「おい! 転校生と仲良くするんじゃねぇぞ! 俺たちが遊んでやるからさ……友達だもんな?」

 そう言ってリーダー格の生徒は壁の角に景を投げ飛ばした。

「いつものやろうぜ!」

 クラスの数名は笑いながら一人一人順番に景にタックルをしていく。

 それをリーダー格は腰に手を当て笑って見ていて、景はうずくまって泣いていた。

 リーダー格が助走を付けるように後ろに下がって走り出そうとした瞬間、俺は頭の中で何かがキレた。

「おい! やめろ!!」

「転校生の明快くん? 遊びの邪魔するなよ。それとも明快くんも遊びたいの?」

「何が遊びだ! イジメだろ!」

「これから別の人も同じことするんだよ。タックルゲームだよ。みんなそうだよな?」

 他の生徒たちは明らかに怯えているような感じでコクリと頷く。

 彼には逆らえないという状態がどうやら出来上がっているらしい。

「何がゲームだよ! 泣いてるじゃねぇか!」

 俺はリーダー格の胸ぐらを掴んで威嚇した。

「じょ、冗談だよ! 明快くん!」

「冗談で済むか?」

 そのまま壁に投げつけると、リーダー格の人間は少し怯んでいた。

 俺は思いっきり拳を振り翳し、助走をつけて壁まで一直線に走っていきそいつをぶん殴る……。

「ひっひぃ……!!」

 フリをして壁を殴って威嚇した。

「また同じことしてみろ? 次は本当に殴るぞ!」

「わ、わかったよ!! やめてくれ!」

 リーダー格が逃げ去ると他の生徒も一緒に逃げていった。


「大丈夫か? 目立つことしちまった! でも、勇気を出して一度噛みつけば相手はビビる! 強いか弱いかじゃねぇ。度胸を相手に見せることだ。」

「度胸を見せる……ありがとう」

 これが景と俺の出会いだった。

 その日から毎日のように一緒に帰ったり、お互いの親にも認知されて仲良くなった。


「明快くんの家もお父さんいないの?」

「ああ、交通事故でな!」

「そうなんだ。僕と一緒だね」

「お前のところもいないのか?」

「僕は五歳くらいのときにどっか行っちゃった……顔も覚えていない」

 何か悲しそうな表情で、その悲しさが居なくなっただけの悲しさではないということを後になって知る。

「じゃ、同じだな。仲良くしようぜ」

「うん! でもどうして明快くんはそんなに強くいられるの?」

「強いかどうかじゃねぇんだ……度胸を見せつけて相手に叶わねぇって思わせれば、自分も自信に繋がるんだって、空手をやってる師範に教えてもらったんだ!」

「そうなんだ」

 空手などの格闘技は力を見せつけるものではなく守るための拳であることだったり、精神的な強さというものも教わる。

 それがわりと小さい頃から俺には身に付いていた。


 しばらくリーダー格も大人しくしていた。

「明快くん? 景を助けてくれてありがとう。友達が出来たってすごい喜んでた」

 隣のクラスからわざわざお礼の挨拶に来た女の子。

 この子が景の幼馴染みの丸河零花まるかわれいかだ。

「あいつは強い心を持ってる。使い方を間違っているだけだ」

「これからも、景のことよろしくね」


数日経ったある日にリーダー格の生徒が別の誰かを連れて行くのを目撃した。

 またトイレに行って様子を見に行くことにした。

「俺たち遊んでるだけだよな?」

 またしても既成事実を作ってからのイジメ行為が行われていた。

 俺が止めに入ろうとすると……。

「やめろぉぉぉ!」

 近くにあった傘立てから傘を手に持ちぶん投げたり、教室に戻って椅子を持ってきて振り回したりして助けようとしている生徒がいた。

 それが泣きながら暴れている景だった。

「落ち着け落ち着け! お前がやめろ!」

 後ろから羽交い締めにして抑えたが、火事場の馬鹿力というものか、振り下ろされて力は弱いが叩いて抵抗してきた。

 そのまま逆にこっちがマウントを取り、加減してお腹を殴った。

「うっ……」

 とりあえず景を落ち着かせて、リーダー格を睨みつけて忠告した。

「またお前ら弱っちいことしてんのか?」

 今度はリーダー格は黙ってどこかへ行ってしまった。

 これで俺と景は若干ヤバイ奴ら認定されてリーダー格は近付いても来なくなったし、イジメ行為も無くなった。

 小学生時代はそれ以外は楽しく過ごしたと思う。

 景はたまに人との関わり方が解らないような素振りをしていたが、俺といるのはすごく居心地が良かったらしい。

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