4-P3

 それは手帳の中で唯一、わたしへの恨みが書かれていたページだった。いや、その先にも続きがあるのかもしれないけど、これまでのサキとの思い出が全て汚されるような気がして、わたしは見ることが出来なかった。


 書かれたのはサキが亡くなる数日前。突然、サキは「手帳、一日だけ貸して」と妙に真剣な顔で言ってきた。その時のわたしは気付けなかったけど、もしかしたらサキはもう死を決意していたのかもしれない。


 そうして、返ってきた時に書かれていたのがさっきの言葉。どうしてこんなことを書かれたのか、サキの気持ちを考えると怖くなって、その先を読む前に直接真意を尋ねてみよう。そう考えていた次の日、サキは死んでしまった。それから、その先は今に至っても読めず終い。


 ああ、やっぱり、サキもわたしの死を望んで……。


 諦めた瞬間、ふっと身体が浮遊感に包まれたかと思うと、身体がどこかに叩きつけられて、衝撃と鈍い痛みが走った。呼吸ができることに気がつくと、さっきまで死のうとしていたくせに、浅ましくも身体は生きようと全力で、咽ながらも空気を取り込もうとする。


 徐々にクリアになりつつある頭で、辺りを確認する。どうやら、結びが甘かったらしく、枝に括り付けたロープがわたしの体重に耐えきれず解けてしまったらしい。


 死にたかったのに、それすらもまともに出来ないなんて。無性に自分が情けなく感じて、地面に倒れたままで、ボロボロと涙を流してしまう。


「ごめん。ごめんねぇ。サキ。そっちに行けなくてぇ……」


 不意に、風が吹いた。


 手帳のページがめくられる。


「ああっ」


 わたしが見られなかった。見てはいけないページが開いてしまい、わたしは慌てて手帳を閉じようとした。でも、遅かった。


『カナ、あなたのことが嫌いだった。

 だって、何も自分で決めてくれない優柔不断だし、それでいて私が決めたことに文句は言ってくるし。私の気持ちも考えないで失礼なこと言ってくるし。いつも落ち着きがなくてうるさいし……』


 そこからも長々とサキがわたしを嫌っていたところ、わたしの短所が綴られていた。わたしは恥ずかしいやら、情けないやら、腹立たしいやら、サキの本当の気持ちが分かって少しだけ嬉しいやら、よくわからない気持ちになってしまう。


 震える手で、ページを捲る。


『でもね、いつも私と一緒に居てくれて、笑ってくれるあなたが大好きだったよ。文句は言いつつも最後には私のワガママを聞いてくれたし、愚痴っぽい私の話もちゃんと聞いてくれた。

 でも、今は許せそうにないや。

 だから、カナは生きて。生きて、生きて、生きて、そして、死んだら、また会おう。

 その頃には、私も許せてると思うから。

 それまで、さよなら。またね。

 ごめん。カナ』


 読み終わると、わたしの目からはさらに涙が溢れ出した。涙の雫がノートに零れ落ちて、サキの文字が滲んでしまう。雑に目元を服の袖で拭いながら、サキの書いた文字を何度も読み返す。


 わたし馬鹿だから、もっとちゃんと言ってくれないと分からないよ。分かるように書いておいてよ。


 ここに書かれてるだけじゃあ、サキが本当はわたしを好きで居てくれたのか、本当は嫌いだったのか。これが呪いの言葉のなのか、励ましの言葉なのかすら分からないんだよ。


 だから、あなたの言葉で、声でちゃんと言ってほしかったよ。

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