第40話 偽物…ということですか?
大神官に話しかけた金髪青年は、俺たちに気がついて言葉を切った。
「こちらは?」
「…その、…こちらも勇者御一行です」
大神官が言いにくそうに答える。
「偽物…ということですか?」
金髪青年が表情を硬くした。
その言葉で腑に落ちたが、金髪青年は勇者一行その一で、俺たちはその二ということのようだ。居酒屋の予約じゃあるまいし、なんで勇者がオーバーブッキングしているのだ?
「いえ、決してそういうわけではないでしょう。召喚時に事故がありましたし、こちらの方々が本物だという証拠もありますので、どちらも本物だということになります」
金髪青年を制した大神官は、事情を語り始めた。
勇者召喚は、異世界に生贄の魂を飛ばして行う。要するに人間を餌にした釣りのようなものだ。魂を飛ばす先はあらかじめ魔道具で座標を固定しているのだが、今回はトラブルが発生して魔道具の一つが倒れ、アリアはふたつの座標に飛ばされた。
ひとつは当初から設定されていた座標で、恐らくこちらからは金髪青年アレクスが呼ばれ、城の中庭に衆人環視の中現れた。危機的状況にも関わらず、街が賑わっていたのも、めでたく勇者を迎えることができたからだったのかも知れない。
そして、倒れた魔道具の座標は、多分俺を指し、そいつが現れたのは砂漠の向こうの国で、今頃のこのこやってきた。
誰がどう見ても、俺が間違いではないか。
『ふたつの座標って、そんなことになっていたのか?』
『私が関知しているのはシオン様だけです。アレクス様という方は存じません』
魂がふたつに分かれるとは、どういう状況なのだろう?
アリアの言から推測するに、別れた片方は、もう片方を認識できないようだが。そもそもふたつに分かれたという自覚もないようだ。
確かに、生まれてすぐに生き別れた双子は、自分が双子の片割れだとは思わないだろう。
「そういうことでしたか。私はアレクスと申します。シオン様、偽者だなどと疑って、申し訳ありませんでした」
そう言ってアレクスは、深めに頭を下げた。
まぁ、若いのに如才ないヤツだな。同じ年頃の俺なら、即殴りかかっているところだ。
「ほんまやぞコラぁ! そのチリ毛毟ったろ…」
血の気が多い、同じ年頃のヤツがいた。暴れるミスズを抱え上げて、口を塞ぐ。
「すまんな、気にしないでくれ」
「そうですか。元気なお嬢さんですが…ん?」
言葉を切ったアレクスは、真剣な顔で熟とミスズを見つめた。
「これは驚いた…。魔法力はリサと互角かそれ以上。よほど神に愛されているようですね」
そう言うとアレクスは、俺に視線を移した。褒められたのはミスズだが、我がことのように嬉しい。
「…シオン様も…詳しくは分かりませんが、不思議な力を感じます。少なくとも只者ではないようですね」
「そ、そうか。ありがとう」
只のお世辞なのか、アリアの存在を察知したのかは分からない。
『どうやらアレクス様は、他者の強さを視ることができるのですね』
『そのようだな』
それが勇者アレクスのギフトということか?
“彼を知り己を知れば百戦危うからず”とは言うが、そんな地味なのがギフトだとしたら、そこらの喧嘩巧者はギフト持ちということになってしまうぞ。
「先着順、というわけでもありませんが、我々は明日出陣の予定ですので、先に行かせて頂きます。もしも我々が失敗したなら、後はよろしくお願いします」
言葉を切ってこちらに歩き始め、すれ違いざまに後を続けた。
「…二の矢が必要だと、思ってはいませんが」
振り返ってアレクスを見送った後、捕まえていたミスズを降ろす。
「…いけ好かん奴っちゃな!」
面白くないという気持ちは分からないではないが、この世界に来て何度肝に銘じたか知れない名言。曰く、“命あっての物種”だ。
「まぁそう言うな。彼らが魔女を討ち果たしてくれれば、彼らは死なずに済むし、俺たちは危険を冒さずに帰ることができるし、いいコト尽くめだ。成功を祈ろうじゃないか」
勇者一行に視線を戻すと、アレクスに続き、俺をそのまま一回り大きくして顔を厳つくしたような、黒髪の巨漢が通り過ぎた。
背中には車を輪切りにできそうなほどの、巨大な斧を背負っている。
続いて通りかかったのは、袖のない空手着のようなものを着た男。
道着から伸びた褐色の腕は、鋼のように硬そうだ。帯には三鈷杵のような物を二本挟んであるが、短い杖のように使うのだろうか。
『斧戦士と武闘修道士ですね。中々の手練れのようです』
『武闘修道士?』
『近接戦闘と法術の達人です。負傷しても回復しながら攻撃できますから、非常に継戦能力が高いです』
そこでアリアは言葉を切ると、少し躊躇った後、続きを口にした。
『…因みに申しますと、私の父も武闘修道士です』
なるほど、あの体格の良さはそういうことかと得心がいった。
最後にやって来たのは、ミスズより一回り小さい少女である。
銀髪金眼、肌は抜けるように白く、俺が以前仕えていた令嬢と遜色ない、規格外の美少女だ。この子が、アレクスが言っていたリサか。
「なんやアレ…」
「子供ではないのか? 勇者一行には子供もいるのか…?」
『子供ではありません。あれは若い聖森人です。聖森人は人間のおよそ十倍の寿命を持ちますので、若いと言っても優に百歳は超えていると思われますが…』
「百歳! そんな長生きなヤツがいるのか?」
「んぇ? なにが百歳なんや?」
急に大声を出した俺を、怪訝そうにミスズは見上げた。
「あぁいや、イマフさんがな、あの子は百歳を超えてるとさ」
「ほえー、ガキにしか見えんけど、偉いもんやな」
少女は何事にも興味なさそうな顔で、ぼんやりした眼で俺たちの前に差し掛かったが、ミスズに気がつくと眼に光がさした。
瞳が上下の目蓋から離れるほどに見開かれ、金色の瞳には稲妻が輝き、口元には軽く笑みが浮かんでいる。
だが、不意に真顔になって前を向くと、立ち止まりもせず、口を開くこともなく、そのまま通り過ぎていった。
「…なんやったんやろ、アレ?」
ミスズが俺を見上げて問う。それは俺の方こそ聞きたかったことなのだが、ミスズ自身にも意味は分からなかったようだ。
「魔法使い同士、なにか感じるところがあったのかもな」
「なるほどなぁ、分かるでぇ。ダバダ~てヤツや。アイツも、違いが分かる女やっちゅうことやな」
「それにしても、物凄く綺麗な子だったな」
「ウ、ウチも磨けばあれくらい…」
『シオン様、私は見たことはありませんが、精霊種聖森人という存在も居ます。稀に年経た亜人種聖森人が、自らの意思で肉体を捨て、それになることがあるのだとか。こちらの寿命は、ほぼ無限といわれています』
百歳でも充分驚いたのに、更に無限とは開いた口が塞がらんが、魔法があって魔界がある世界なのだから今更だろう。
自らの意思で肉体を捨てるなんて、まるで即身仏だな。
即身仏はこれ以上死ぬことはないし、管理がよければ寿命も無限と言えば無限か。
『つまり、あの子は亜人種聖森人というヤツか』
『はい。精霊種ほどではありませんが、高い魔法力を持っています』
なるほど、本物の勇者一行の魔法使いとしては、打って付けの人材ということか。まぁ、勇者をして彼女に比肩すると言わしめたミスズも、仲間ながら恐るべしだが。
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