第27話 これまでか…!

 俺は“神様の試練”とかいう言葉が大嫌いだ。

 神の存在など信じていないが、ふざけんなよと思う。だが、実際に神のいるこの世界においてこのようなことが起き得るのは、試練か悪意のどちらかであろう。


 落ちた剣先は、キレイに刃筋を立ててチョーダに刺さり、ミスズの手首ほどしかない胴体は、いとも簡単に両断されてしまった。

「ちょ! おぉい!」


「アカンてアカンて!」 

 叫んだミスズは、反対側の壁に駆け寄って頭を抱えた。

「……んん?」


「…なんも起こらんやん?」

「あの本が間違っていたのか、これがチョーダじゃなかったのか?」

 ふたつに分かれた蛇の死体は、ぴくりとも動かない。


 そうなると気が大きくなるのがミスズの悪い癖である。

「エーリカが売ってるような本やし、しょうもな!」

「エーリカ憎けりゃ本まで憎いって? コラコラ、それ…」


 俺が口から出した言葉を途中で止めたのは、そのとき視界の隅で、チョーダの恐ろしさの片鱗を見たからだ。これはもう、不確定名は返上してもいいだろう。

 こいつは、間違いなくチョーダだ。


 胴体に刻まれたふたつの断面が、ふたつの口に変化した。

 要するに、死んだと思っていたチョーダが、ふたつの顔を持って再び動き出したのだ。

「これはもしかして…! ミ…!」


 やばいぞと注意する暇もなく、ミスズは赤い石をばら撒いた。


バ・バ・バ・バ・バン!


 適当に撒いたはずの赤い石は、俺たちの前後で幾つかの爆発を産み、正確にチョーダを巻き込んだ。


 だが、その正確さが仇となった。幾つかの肉片に分かれたチョーダは、それぞれに頭と尾を得て動き出した。高校のときにやったプラナリアの切断実験に似ているが、あれより遥かに再生速度が早い。


「ミスズさん、気をつけろ! こいつ、切れたら切れただけ増えるやばいヤツだ!」

「そんなん見たらわかるわ! けど…!」

 気をつけてどうすればいいのか! そう言いたいのだろう。


 プラナリアなら、ある程度小さな肉片にするか、すり潰せば再生できなくなる。

 “バケモノ”と呼ばれてはいるが、生物である以上、チョーダもそうではないのか?

「ふんっ!」


 鎌首を上げて襲い掛かってきたチョーダの首に、予備の片手剣を振り下ろす。

 首は足元に転がり、身体の方の断面からは、再び首が生えた。

「くそ、キリがないな…」


「おっちゃん! どうしよう?」

「ミスズさんは爆発の巻き添えにならないよう、気をつけて赤い石を使ってくれ!」

 前後からチョーダに襲われているので、既に前衛と後衛の区別はなくなっている。つまり、前進も後退もできなくなっているのだ。


「むっ…?」

 先ほど足元に叩き落したチョーダの首から、首が生えていた。

「やはりな」


 それを確認した俺は、その首を素早く踏み潰した。

 やはりプラナリアと同じように、首に近いところで切ると首が生えてしまい、二進も三進も行かなくなるようだ。


 “蛇”でいられない程度に細切れにすれば、倒すことはできるようだが、それが難しい。魔法か魔法石でミンチにするのが最良だが、爆発に巻き込まれるのが怖い。

 その躊躇が隙を生んだ。


「きゃあっ!」

 ミスズらしくない叫びを背後に聞いた。

「どうしたミススさん!」


「…アカン、踏んでもうた…ウナボリ…」

 背後からミスズの苦痛に満ちた声が聞こえてくる。

 なんという迂闊。イキタスが危険すぎて、それ以降ウナボリをすっかり忘れていた。


「くそっ…!」

 俺が悔やんだと同時に、俺の前面に展開していたチョーダが、示し合わせたように一斉に襲い掛かってきた。


 おそらく背後でも同じことが起こっているだろう。

「これまでか…!」


 覚悟した俺は振り返り、ミスズを抱き上げて強行突破しようと。

 …しようとした。

 しかし、俺たちの回りに透明なドームができていた。


 そこに貼り付くように、チョーダが空中で腹を見せて止まっている。

「…おっちゃん、なんなんこれ?」

「ミスズさんじゃないのか? じゃあ…」


 そのとき俺は気がついた。

 俺とミスズしかいなかったはずの空間に、どこから現れたのか、簡素な白い服を纏った少女がいることに。


 少女はミスズと同じくらいの背格好だが、髪は金色のショートカットで、黒のロングヘアであるミスズと好対照である。

『間に合って良かった…』


 少女はふわりと髪を靡かせながら振り返り、青い目を細めて笑んだ。

「お、お前はあのときの…!」

 そうだ。あっちの世界で気を失う瞬間に現れたあの少女だ。


「どないなってんのや? これ…」

 未だ状況を掴めていないミスズが、俺の胸でうろたえ声を上げる。

「ミスズさん、あの子だ。あの子が助けに来てくれたぞ!」


「えっ? どこ? どこにおるんや?」

 周囲をキョロキョロ見回すミスズ。

 目の前の金髪少女が見えていないかのようだ。


「なんだって?」

 慌てて少女を見やると、彼女は悲しそうな顔でかぶりを振った。

 ミスズには見えていない?


 ミスズには見えないということなのか? なぜ?

 疑問は尽きないが、考えている暇はない。

「お前は回生術が使えるのか?」


 問いかけると、金髪の少女は頭を縦に振った。

「失われた身体の部位を再生できるのか?」

 金髪の少女は、再び頭を縦に振った。


「よし、頼むぞ!」

 金髪の少女に言ったあと、胸に抱いたミスズに問う。


「…ミスズさん、赤い石を貰うぞ!」

「わ、ちょ、うひゃっ…」


 くすぐったがるミスズに構わず、腰に下げた石袋を探り、掴めるだけの石を掴み出した。無作為だから緑や青の石も混じっているが、選り分けている暇はない。 

「おらぁ!」


 石を握り込んだ拳を突き上げると、俺の拳はバリア的なものを難なく通り抜けた。

 魔法で張ったと思しきこの壁は、風バイクと同様に、内側からは通り抜けられる構造のようだ。


 俺の腕に、増殖したチョーダが襲い掛かってきた。とんでもない数のチョーダが、一斉に俺の腕に噛み付く。

「おっちゃんアカン! 毒があるかも知れんのに!」


「大丈夫だミスズさん、耳を塞いで目を閉じろ!」


バァン!


 轟音。

 目を閉じていてさえ眩しい閃光と、洞窟を揺るがす振動。

 そして激痛。


「ぐあぁ…!」

 バリアから出た俺の腕は、握り込んだ石ごと吹き飛んだ。

 チョーダに毒があろうがなかろうが、噛まれた部分ごと吹き飛べば、何の問題もない。


「お、おっちゃんごめん! ウチがあかんたれなばっかりに…」

 俺の腕を見たミスズが、涙声で叫ぶように言った。

「だ、大丈夫だ、すぐ治る」


 ミスズに告げると、俺は傷を見ないように残った腕で彼女を掻き抱いた。

 そして肘から先がほぼ失われた腕を、金髪少女の眼前に突きつけた。

「…頼む…」


 少女は頷くと、すぐに両の掌から発した青い光で、俺の腕を治療し始めた。

 まず、痛みはすぐに消えた。


 少女は両掌を筒の形にして俺の腕を包み込むと、失われた指先に向かってゆっくりスライドさせた。すると俺の腕は、3Dプリンターの早送りのように、秒速一センチ程度の速さで再生していった。


「…おぉ…」

 一分も掛からず、俺の腕は完全に再生された。

 多少の違和感はあるが、傷ひとつない新品の腕だ。


 ただ、服は再生されないので、片側だけ七分袖の省エネスーツのような、おかしな見た目になってしまったが。

「…ありがとう」


 礼を言うと、金髪の少女は照れたように笑った。

「ほらミスズさん、治ったぞ、ぐっぱぐっぱ」

 顔を上げたミスズの目前に腕を突き出して、にぎにぎして見せた。


「…ホンマや…」

 俺の腕を掴むと、ミスズはとうとう声を上げて泣き始めた。

「おっちゃん、良かった、良かったぁあ…」


「ほら、キミの傷も治さなくてはな」

 ミスズが抱いていた石の袋から、青い石を取り出してミスズに渡す。

「もぉ、おっちゃんがアホなことするさかい、痛いの忘れてたぁ~」


 ミスズは泣きじゃくりながら、青い石で脚を治した。

 俺は彼女の涙を、再生したばかりの指先で拭ってやった。

 そのミスズ越しに、金髪少女がこちらを見ていた。


「…どういうことか、教えてくれ」

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