第45話 帝都騒乱・急の四
アシュリーは
だが、アシュリーにはそのようなつもりはなかった。
……と、人に述べると、『ああ、自覚がないんだ……』みたいな生暖かい目を向けられるのだが、自分の様子が傍目に見て変わっているのは、アシュリーもわかっている。
ただし、みんなが『
阿修羅に搭乗している時、しゃべっているのは、阿修羅だ。
阿修羅がアシュリーの口を介して発言している。それが、アシュリーの認識であった。
そもそもにして、アシュリーは技師である。
確かに
……優れた
だがそれは本当に部品が『やあコンニチハ!』としゃべって聞こえるというわけではない。
指で触れた瞬間、あるいは触れるまでもなく、その部品がどう動くか、どういう組み立てられ方をすれば一番活きるか、同じ型番であっても微妙な差異を微細な感覚で認識し、その部品、機体のもっとも望む動かし方、組まれ方を感覚で察する──そういうことを職人気質に一言で表現し、『声を聞く』と称するのだ。
そしてこの能力が生まれつき高く、さらに、鉄くずや部品と幼いころから親しんでいたアシュリーは、機工鎧をイマジナリーフレンド的なものとして認識している。
だから、彼女はごく自然に鎧に体を貸すのだ。
この友人たちは確かに意思があって望みがあるのだけれど、人のように自分を表現する機能をつけることができない。だから、アシュリーは、機工鎧に足りない最後の機能として、鎧に自分を組み込む。
ゆえに、アシュリーにとって、鎧とは動かすものではなく、鎧自身が動き方を教えてくれるものであった。
「ッとぉ!」
「ぐううう!」
目の前で、戦いの
明滅するような速度で動き回り、あらゆる角度から刀で斬りつけていた、桃色の蒸気甲冑──
それがついに機動力を維持できなくなって、腕が奇妙に細長い大男に撃ち落された。
蒸気甲冑は地面に三回もバウンドして遠くまで飛ばされ、崩れた商店の瓦礫に背中をあずけるようにして、動かなくなる。
その時、アシュリー……
否。阿修羅は動き始めていた。
「お?」
……対するは、『一秒先の未来を見る』という理不尽な異能を持つ『騎兵殺し』。
その騎兵殺しが、一秒後の光景に興味を持った。
「なるほどォ。そういう趣向もいいねェ」
無精髭の生えた顎を撫でて、もともと皮肉げに歪んでいた片頬をグイッとさらに上げた。
そして地面に愛刀・
その姿勢、相撲である。
クサナギ大陸にも相撲という格闘技は存在する。しかも、かなり有名で、どこの領地に行っても似たような競技会が存在するぐらいである。
リアル戦国時代においては織田信長が広めたことで知名度を得たとも言われているが、ここでは奇妙に全国的に浸透しているポピュラーな格闘技にして、子供同士でも時おりやる力の比べっこ。それこそが相撲であった。
ほぼ同時、阿修羅もまた同じ姿勢をとった。
両者、見合って、見合って……
「のこったァ!」
まったく同時に歩み出て、がっぷり四つに組み合う。
機工甲冑と、大柄とはいえ生身の人間。
何も知らない者が見れば機工甲冑の圧勝が予想されるであろう。
だが、もちろん『騎兵殺し』に『平等な勝負がしたい』『相手の試みに堂々と乗ってやりたい』などというスポーツマンシップは皆無である。
剣士と騎兵が組み合えば、どちらが勝つか?
それは、剣士なのだ。
もちろん剣士にもピンからキリまでいる。弱い剣士ならば機工甲冑に負けることだってありうるかもしれない。
だが『騎兵殺し』は剣士の中でも上位である。
対する、まるっこい黒い機工甲冑は、その乗り手がまだ十歳にも満たないような少女。
機工甲冑に乗り込んでしまえば中身の体格などは関係ない。
ただし機工甲冑というのは、見た目よりずっとずっと繊細な兵器だ。
剣士は己の肉体に
道士は己の外側に神威を発して自然現象を操ることを得意とする。
だが、騎兵は金属の鎧に神威を通さなければならない。これが、難しい。
ゆえにこそ騎兵は最も老兵が多い兵科であり、帝都の火撃隊が強いので目立つのは年若い少女ではあるものの、全国的に見れば若い騎兵乗りで強い者などほとんどいないのが現状だ。
数々の騎兵を斬ってきた『騎兵殺し』もそれは充分に心得ており、ゆえに、まだまだ幼く未熟な騎兵乗りなど、騎兵そのものがどのぐらいの性能であろうが、力押しで自分が負けるなどありえない──そう信じるに足る知識があったし、経験もあった。
ゆえにこれは、油断ではない。
……油断では、なかった。
相手騎兵からわざわざ仕掛けてきた、『騎兵殺し』にとって、そこそこのやり応えがありつつも、必ず勝てる勝負、だった。
少なくとも、『騎兵殺し』自身は、そのつもりで、応じていた。
「…………おい」
がっぷり四つに組み合う。
互いに互いの腰に腕を回して、押し合う。
『騎兵殺し』は一秒後の未来を見た。
自分が押される光景が見えた。
「おい」
振りほどこうという意思を発した。
しかし、振りほどこうとしても振りほどける未来は見えなかった。
足をかけようという意思を発した。
しかし、足をかけるべく片足を浮かせた瞬間、押し潰される未来が見えた。
「おい、おい、おい……!」
頭突きをしようと考えた。
自分の頭蓋が砕ける未来が見えた。
「おい、嘘だろ、おい」
何をしても、どうにもならない。
何をしても、逃れられない。
「ありえねぇ。おい、おい、なあ、おい。こんなこと、あるか? こんな、こんな」
冷汗が顔を流れ落ちるのがわかった。
「おい、おい、おいッ! こんな、こんなクソみたいな油断で? こんな
……アシュリーは、機械の声を聞く。
機械や部品が望むようにあてはめ、望むように動く。
すなわちそれは、状況に際して体が動きを教えてくれるということ。
勝利への道筋が、無意識の状況判断の中で、無意識で選択される。
その領域、千の殺し合いを経た剣聖に等しい。
ゆえにアシュリーを倒すならば、通常想定しえない手段での先制攻撃か、機工の中では鈍重な方である阿修羅で対処しきれない物量による圧倒──
氷の礫を孕んだ嵐でも吹かせるしかない。
幼いから習熟度が低く、機体に神威を十全に流せない? ──確かに、そういう常識はある。
そもそも騎兵が全力を出したところで、上位の剣士には馬力で敵わない? ──もっともだ。たいていの場合正しい。
アシュリーや
騎兵阿修羅はクサナギ大陸にて最硬。
乗り手は機体の声を聞く最上の技師。
蒸気甲冑乗りのエースたちは
しかしそれは、アシュリーに見せれば、機体の神威伝導がお粗末だから、神威出力を上げないとうまく神威が全体に行き渡らないだけ。
帝都のエースが奥の手として使う技能など、アシュリーはごく当たり前に普段から使い続けている。
「おい、おい、オイッ! 嘘だろ!? 嘘だ! こんな間抜けな最期があるか!?」
一秒後、ついに押し負けて背中が反っていく自分の姿が見えた。
状況の改善を可能にする未来視の魔眼によって見た。ゆえに、状況を変えるべく選択肢を頭の中で試していく。
何をしても、改善しなかった。
背中が反り、背骨が軋み始める。
さらに一秒後、顔が上を向くほど背骨を曲げられる未来が見えた。
より悪くする選択肢はあっても、危機を脱する選択肢はなかった。
ついに『騎兵殺し』は阿修羅を見上げる。
ドーム状の頭部で、感情のうかがえない赤いモノアイが、『騎兵殺し』を見ている。
また次の一秒後、バキバキと己の骨が
どうにも、ならない。
「仕切り直しッ! 仕切り直しだ!」
内臓を痛めたのだろう、叫ぶ口から血があふれ、阿修羅の体に飛ぶ。
だが、状況は改善しない。
阿修羅の肥大した金属の両腕は、男の腰あたりに回され、みしみしと骨を軋ませる。
すでに『
だがこれは、競技ではなかった。
殺し合いだ。
この男が始めた、殺し合いだ。
「ガハァ……!」
口から血が迸る。
相手が生身であれば目に血を入れて起死回生もあったかもしれない。
だが、相手は金属の塊であった。
人が金属の塊に力負けするという、剣士という生物について何も知らない素人がしたり顔で『ほれ見ろ』と言いそうなことが起こりかけている。
「ふざ、けん、なッ……! 俺、は、『騎兵殺し』だ、ぞ……! 斬って、斬って、斬って、勝って、勝って、勝って……」
ミシミシミシミシ、ゴキン、ボキン。
自分の骨折の音は骨を伝って全体に響く。
絶望の音から逃れる術はなく、未来は刻一刻と悪くなり続けている。
「それが、こんな、クソ、みてェな、最期、認め、られ……あ」
絶望的などこかが砕けた。
一秒後に『死』が見えた。
『騎兵殺し』が変えられた未来、それは……
「…………嘘だろ?」
己の末期のセリフのみであった。
ぐしゃり。
『騎兵殺し』が折り畳まれる。
彼の体は後頭部を己の尻につけるかのごとく歪んで、
阿修羅が『騎兵殺し』の体を放して四股を踏む。
帝都南区場所大一番、白星、阿修羅。
決まり手、鯖折り。
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