冥土の土産は噓をつく
雷撃レモン
第1章 遭遇
第1話 彷徨うメイドちゃん
「今どの辺りなんだろう?」
薄暗いダンジョンの中、私はあたりを見渡しながら呟いた。ごつごつした岩の壁に固い地面。なぜか少しだけ光っている天井。薄暗いせいか先を見渡しても五〇メートルくらいまでしか視認することはできない。改めて意識すると不思議な場所だ。
ため息が漏れ出す。ダンジョン暮らしが長いせいか人恋しい気持ちに涙がたまりそうになるのをグッとこらえる。
手を前に出し、自分の手の甲を見つめる。小さく柔らかそうな手。成人した女性の手ではないのは一目瞭然だ。
この姿になってから半年近く経つが、なぜか道が全く覚えられない。迷宮調査隊の頃は空間把握能力には自信があった。道を覚えるのに苦労などしたことがなかったのだが、この身体になってからはその能力は失われ、不便極まりない。迷宮調査隊としては致命的な事だ。
しかし地上との通信手段を失った私には上の階層を目指し歩くほかない。
「この道は通った覚えがあるような?ないような?」
景色の変わらない道をただひたすらに進む。隊員達を帰還させてから何年たったのだろうか。何年もの間ダンジョン内で過ごしていると正確な年数がわからなくなってしまった。謎の力が満ちるダンジョンの中、一人でモンスターの調査報告書を転送端末で送り続ける日々を過ごしていた。
そして半年ほど前、私は遂にたどり着いたダンジョンの最下層で致命的なダメージを受け、死を回避するために持てる魔力の全てを暴走させる事になった。
それが良かったのか悪かったのか。装備していた指輪が反応し私は命を取り留めた。そして私は意識が朦朧とする中、ダンジョンの床の冷たさを背中に感じならが願ってしまった。
『リリカちゃんみたいになりたかった…』
白い光に包まれ、目が覚めると私は可愛らしいメイド服を着たリリカちゃんの姿になっていた。
「【メイド魔法ミラーシールド】」
つぶやいた言葉に反応するようにして、目の前に手鏡サイズの鏡が出現する。外枠が金で装飾された楕円の豪華な作りの鏡だ。アニメでも何度か見たことがある。
肩まで伸びたふわっとした赤毛に白い陶器のようなモチ肌。赤い瞳の中にはまるで炎が宿っているようにメラメラと揺らいでいる。唇は小さくピンク色をしており、小さな歯が幼さを感じさせる。可愛すぎる私の最推しが鏡に映っていた。
「鏡越しのリリカちゃんカワエエ~。まあ映ってるのは私なんだけど。別に推しのアニメキャラになりたいわけじゃないんだよ!推しは眺めるもの!貢ぐもの!それなのに……。それなのにぃ……。はぁ…」
魔力を込めて鏡を姿見サイズに大きくする。
「身長はおそらくアニメと同じかな?失敗したなぁ。こんな事なら箱庭の扉を閉じとくんじゃなかったよ。箱庭の指輪使えなくなったってことはそういうことなんだよね……」
小指の指輪を見つめる。この指輪の中に私のダンジョン生活のすべてが詰まっているのに……。使えなくなるなんて……。私の亜空間収納が…ぐすん。
ダンジョン内の研究資料も趣味で作ったグッズも全てこの中に入ってるのに……。
「はぁぁぁぁぁ……」
ため息を漏らしながら鏡に映る姿を見つめる。黒を基調としたヴィクトリアンメイド服に身を包む可愛らしい美少女の姿。百四十センチってこんなに小さいのか。
元の身長が百七十センチだったから三十センチも縮んだわけだが、体に違和感はほぼない。あるとすれば小柄で可愛らしい姿。最推しキャラのあまりの破壊力可愛いらしさに顔に熱が籠るのを感じる。
戦闘力は言わずもがな。アニメさながらの万能な魔法に圧倒的な暴力。少し前まで傷すらつかなかったダンジョンの壁がデコピンで簡単に砕ける。うん、危険だ。
はっきり言ってこの身体の強さは異常だ。人間の枠を超えていると言っていい。この姿になるまであんなに苦労して斃したモンスター達がまるで赤子の手を捻るように斃せてしまう。
アニメさながらの動きに、魔法と呼ばれる謎の力。知らないはずの魔法もこの体での戦い方もなぜかわかる。まるで元々知っていたかのように、九九を聞かれて考えなくても答えられるくらいにわかってしまう。自分に何ができて、何ができないのかを…。
しかし出来ることを知っていたとしても、実際にどんな威力なのかは見てみたいと分からないものだ。試しに攻撃魔法を使ってみたら辺り一帯が火の海になった。モンスターの素材はダメになるし、地形は変わるしで実用性はほぼ無かった。
ダンジョンの最下層で様々な魔法や身体の使い方を上手く扱えるように特訓を続け、ようやく制御できるようになってきたところだった。
人気アニメ『プリティープリティー』は主人公の姫様とその専属メイドをしているリリカちゃんが、一緒に世直ししたり、魔物を倒したりする一話完結の女児向けアニメだ。
アニメを支持する大きなお友達が多く、公式ファンクラブがあるほどの人気っぷりだった。リリカちゃんが裏で手を回し姫様にバレないように姫様を活躍させる姿が私はとても好きで、姫様の弱弱しいパンチをリリカちゃんの魔法で何百倍も強化して敵をやっつける演出が特に好きだった。
今見れぬアニメに思いを馳せながら鏡を見つめる。現実問題として地上に戻ったとして誰が信じてくれるのだろうか。私を
軽く手を振り鏡を消す。不思議なことが多いこの体だが現状は助かっていることのほうが多いのであまり深刻には考えないようにしている。まずは地上をめざす。話はそれからだ。
メイド服がピンク色に輝きだし、メイド服の濃い灰色の部分が濃い紺色へと変わる。
「もうお昼になったのか。ダンジョンに潜ってからは時間間隔がわからなくなっていたけど、この服は便利ね」
ヴィクトリアンメイド服の仕様だからなのか?それともリリカちゃんの設定だからかはわからないがこの服は時間で色が変わる。
設定資料集では朝は掃除などで汚れるから濃い灰色で昼から夜にかけては華やかな服を着ている主人を引き立てるために黒か濃い紺色のメイド服と書いてあった。その設定を信じ、濃い灰色になるたびに一日経ったと仮定して調査隊の調査端末に日報を残すようにしていた。
★★
調査報告
新種のモンスターなし。
羽根つきトカゲ2匹の討伐及び大きな犬(黒)10頭の討伐。弱点や生態に大きな差はなし。
現在も迷宮内で遭難中だが健康状態に異常なし。
引き続き出口を探しつつ迷宮調査を続行する。
以上
第一調査隊 隊長 河合瑠璃
★★
昨日分の日報はこれでいいでしょう。
端末をカバーで閉じ、端末よりも明らかに小さいエプロンのポケットへしまう。
「はい、送信と。端末に受信機能があれば、迷子にならずに済んだんだけどな。私に絵心がなかったら、どうやってモンスターの姿を知る気だったんだ?はぁ……とりあえず食事でも用意するとしますか。空腹感も睡眠欲もこの姿になってからは感じないですが、食べることは好きだし何より気分が上がる!」
心の余裕を持つこと調査隊として最も重要と言える。小さな油断が死につながるこのダンジョン内では美味しいご飯はわたしの心を健康に保っていた。まあこの身体に傷をつけれるモンスターの方が少ない気がするけど……。
「【メイド魔法 パーフェクトディッシュ】」
地面にピンク色の魔法陣が広がりテーブルと椅子が出現する。椅子に座るとランチョンマットが光始め飲食類が出現する。相変わらず不思議な能力ね。【魔法】と名の付くからには魔法的な力なのだろうけど……。アニメでは疑問に感じなかったことも、いざ現実で目の当たりにすると、なかなかどうして不可思議すぎて、若干の気味の悪さを感じる。誰が作っているんだろう?食材の出どころは?
出現した食べ物はベーグルに目玉焼き、そしてコーンスープと飲み物のミルクというダンジョン内ではありえない豪華な内容で、一口スープを食べれば気味の悪さはどこへやら味の虜になる。依存性とかないよね?平気だよね?
「お昼なのにモーニングセットが出てきてしまいましたね。朝食を抜いたのが行かなかったでしょうか?それにしてもアニメ一期第四話の姫様に出した朝食の内容と一緒だね。うんうん再現度高いね!スマホがあればなー!インスタに上げたのに……」
姫様の朝食にしては多い気がするが、アニメのお貴族様ってそんなもんよね。気にしない気にしない。ベーグルうまっ!!
物静かなダンジョンの中、どんなに美味しい食事でも、やはり一人は少し寂しいな。調査隊のみんなは元気にやっているだろうか……。
「さて!お昼ご飯も食べ終わったことだし、そろそろ進み始めますかね!」
進む道もわからないまま、薄暗い洞窟のような道を私はまた歩き始めた。
休憩をちょこちょこ取りながら歩き進めていくと大きな扉を見つけた。
「この扉は初めて見ますね!今回はちゃんとした道を進めたってことですね!」
金色の金具がついた大きな扉を見る。大型トラックくらいなら余裕で通れそうな扉ですね。私の身長が縮んでるからそう感じるのかな?
扉をほんの少し押してみる。あれ?いつもならこのくらいの力で開くのだけど、少し力を込めて押してみる。なんか扉からミシミシと音がするけど大丈夫かな?もうちょっとだけ強く………。『ドガーン!』という音とともに大きな扉が吹っ飛んでいった。
「あ、扉が……」
予想以上に力を込め過ぎてしまったみたいだ。二枚ある扉のうちの手で押していた片方だけ飛んでいってしまった。内側からロックがかかっていたのだろうか?壊してしまったのは悪いけど通らせてもらおう。
人がいるところでは壊さないように気をつけないといけないな。もし飛んでいった先に人がいたら怪我してしまうし死ぬ可能性もある。ほらあんな風に腕から血を流してる女の人みたいに………。
「人だ!」
どどど、どうしよう。私か?私がやったのか?扉が当たったのか?いやいや考える前に治療だ!
「【メイド魔法メディカルケア】」
ピンク色の光に包まれ傷が塞がっていく。顔色も良いみたいだ。上下する胸の動きから呼吸も問題ないことがわかる。顔色もだいぶいい感じがする。良かったリリカちゃんの見た目で前科持ちになってしまったらと思うと耐えられる気がしない。
綺麗な人だな。まるで絹のようなプラチナゴールドの髪をツインテールにしている。長さは腰くらいだろうか?倒れているのでよく見えないな。うん、しかしあれだな!ツインテールお姉さんはいいぞ!貧乳なのが高得点だな。需要を良く理解している……。違う!今はそうじゃない。鎮まれ私の中のオタクよ。私は怪我人に対して何考えているんだ!
それから気になる点が一つ。耳が長い。ファンタジーアニメではエルフと呼称される種族の顔立ちに似ている。
しかし私の生まれ育った国にはそんな種族はいない。
「異世界かそれに類する何かか……。ダンジョンがあるのだから覚悟はしていだけど」
なんでこんな所にいるんだろう?異世界ではダンジョンに若い子が入るのが普通なのだろうか?
しかしそんな事があり得るのか?見たことない武装をしている。白が基調のセーラー服みたいだけど……。周りに青いフォログラムみたいなのがまるで鎧のように纏わりついている。履いている青いプリーツスカートも薄くフォログラムを纏っている。黒いタイツも、怪我の割に破れていないところを見ると、丈夫な材質のようだ。
「ガルルル!」
「うん?」
さっき下の階層で斃した大きな犬の威嚇みたいな音が聞こえた気がしたけど、どこにいるんだろう?前にはいない。右もいない。左もいない。うーん?
頭の上から獣の匂いがする。見てみると大きな犬?狼?の頭が牙を剥き出しにしてこちらを見下ろしている。
大き過ぎて見えてなかったみたいだね。さっき下で斃したやつよりも二倍くらい大きい!頭が軽トラよりも大きく、身体もそれに伴って巨大になっている。四階建てマンションくらいありそうだなぁ。
「ガルルルル!」
「怪我人の前です。暴れないで頂きたいのですが?」
「グルァ!」
「はぁ……邪魔です!」
裏拳で犬の頭を粉砕する。頭が消し飛び、身体が粒子となって消えていく犬だったモノをよそに女性を見る。
私が扉を飛ばしたせいで怪我させるなんて……。最推しリリカちゃんの見た目で人に怪我をさせただけでなく、助けられなかったなどあってはならない。推しに顔に泥を塗るようなことは例えリリカちゃんが許しても!この私は絶対に許さないし!許せない!
「貴女は必ず私が助けます」
私は女性の介抱するための準備を始める。
私がこの姿になる前からお世話になっている。透明な試験管を手に召喚する。彼女の状態がよくなることを願うとその願いに呼応するように試験管の底から光り輝く緑色の液体が沸き上がり、試験管の淵で止まる。
「お!光っているなんて珍しい!」
その液体を彼女に振りかける。彼女の体全体が光ると、傷は跡形もなく塞がり、服も新品みたいにピカピカだ。
「これで一安心ですね。怪我もきれいに治りましたし!服もなぜか綺麗になりましたね。不思議だ」
呼吸は安定している。大きな犬も消し飛ばしたから、しばらくは出てこないだろう。なんでこんなところに人がいるんだろう?怪我の感じからしておそらく吹っ飛ばした扉が当たって怪我をしたのではなく、大きな犬によるものだということがわかり安心する。
私の最推しの体だ傷害事件を起こす訳には行かないからな。逮捕されたリリカちゃんなんて私は見たくない!罪悪感で押し潰されてしまう。
「ところで横に浮いてるこの水晶玉は何なんだろう?」
未だに目を覚まさない彼女の横に浮かぶ水晶玉に私は目を向けるのだった。
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