第5話 婚約は破棄しない
帝国の最高位である王と、王宮魔法使い達によって、従属魔法を受けたシャーロットは、それからただひたすらに帝国に入り込む魔獣退治に駆り出されていた。
どんなに過酷な環境でも、どんなに深手を負っていた身体でも、従属魔法の前に抗うすべはない。
いつしか、狩りの道具のようにしか考えなくなっていった王と王宮魔道士達は、命をかけるシャーロットを、魔女と呼ぶようになっていたのである。
* * *
食事を終えたギルフォードは、決意を固めてシャーロットの部屋を訪れた。
すでに寝着に着替えていたシャーロットは、勇者を追い返すわけにはいかないとでも思ったのだろう。律儀にお茶の用意をして迎え入れた。
姿は幼くも、成熟した女を滲ませる彼女は、一言で言えば優雅だ。毛を逆立てた猫の様に警戒していながら、しなやかにカップを持つ仕草は、目が奪われ落ち着かない。
そんなギルフォードに、言い難い話をしに来たのだと誤解したシャーロットが先に口を開く。
「殿下から、聞かれたのですね?」
何を…と、聞き返すのは無粋だろう。どう答えるか迷ったものの、知らないふりをするのもフェアでない気がして頷く。
「ではご存知の通り、殿下の命令に私は断ることができません。勇者様から婚約を破棄して下さいませ」
「あなたは、結婚を望んでいないのですか?」
口にして、彼女に断られる事が、こんなにも腹ただしいと気づく。
彼女の立場を思えばわからなくもない。だが、ギルフォード自身は胸が詰まるような苦しさなのだ。
自分も、決して穏やかな人生を送ってきた訳では無い。それでも…彼女はもっと過酷で辛い生き方をしている。
(同情や哀れみだろうか? いや、違う)
ギルフォードだって、求められた役割をただ努力してきただけなのだ。義務や責任は、他人に植え付けられたもの。
そんな自分が今悲痛に願うのは、この儚くも見える帝国一の魔女を救いたい。彼女の光輝くフェニックスのように、自分も彼女の守護者になりたい。そう願うだけで身体が高揚してくる。
(国を敵に回すことになるだろうか…)
だが、セオ皇太子は味方だろう。王政に不満を持つセオは、ギルフォードとシャーロットを利用する気でいるのだ。
(それでも…今の政権よりはいい)
王帝になるつもりはないセオは、その優れた頭脳で新王を支えるつもりなのだろう。
帝国は、新王とセオの時代が来る。
知らず知らず手のひらを握りしめれば、呼応するよう聖剣からユラリ…と、蒼白い光が溢れ出た。
シャーロットと自分。セオ、新王。きっと新しい帝国が出来るはず。
「どうやら俺は、あなたの事をもっと知りたいみたいです」
「え?」
本当に驚いたのだろう。彼女は、子供のような顔でまじまじとギルフォードを見る。
「お互い、出会ったばかり。これからの時間…俺はあなたの夫として努力すると誓いましょう」
「私は…年上ですよ?」
「それなら俺に敬語はやめてほしい」
困ったように眉を寄せた彼女を、抱き締めてしまいたい衝動にかられる。
「あなたが年上だと言うのなら、男女がどうやって愛を育むのか…伝授して」
自分にこんな甘い言葉が言えたのかと驚くが、シャーロットはもっと
(可愛いい。これが男の独占欲か…)
じわり…と身体を熱くしていく感覚。もっともっと彼女を知りたい。
その時、急にガタガタと窓ガラスが揺れた。家具や寝台からは、植物のツルがメキメキ生え始める。
「な、これは!?」
ツルが二人に絡みつく前に、光とともに現れたフェニックスがツルを弾け飛ばした。
窓の向こう…強風でゴウゴウと唸る闇夜に、ホロギスの姿が浮かんでいた。
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