第34話 ローレンの家族
ローレンは予選当日の朝も、抑制剤を服用していた。
「今日も抑制剤を飲むの?また、具合が悪くなったりしたら… 」
「魔力が弱まるだけだ。どうせ試合で魔法は使えないし…。先日具合が悪くなったのは薬を飲みすぎたからだから、心配ない 」
でも、と言おうとすると、口付けで塞がれる。
「大丈夫、俺を信じていて 」
俺が頷くとローレンは満足そうに微笑んだ。
騎士祭り予選の試合は午前中から行われる。出場者は集合時間が早いためローレンは先に家を出た。
俺は教会でローレンの無事を祈ってから試合会場へ向かった。
会場は大変な賑わいだった。皆、一様にローレンを見にきたらしい。エドガー家の嫡男ローレンの初戦…。ベータの当主夫妻から生まれた謎の、強く美しいアルファ…。会場の視線も話題もローレンが独り占めしていた。
会場には賭博の券を売っている者がいた。俺はその中から、ローレンの券を一枚だけ買った。ローレンに賭けても、殆ど倍率は無いらしいので一枚だけだと手数料を取られるだけでほぼ戻りはないというが…記念に。
ローレンは王宮騎士団を辞めたため、エドガー家の私兵の隊服を着て試合場に現れた。濃紺の、飾り気のない騎士服だがローレンは誰よりも目立っている。
「ローレンは心配ない 」
「ジェイド様… 」
ジェイドはいつのまにか俺の側に来ていた。そのまま隣に腰を下ろす。
ジェイドの言った通り、ローレンは危なげなく、圧倒的な力の差を見せて勝ち進み、本戦への切符を手にした。
会場は嵐のような歓声。興奮した観客は倍率の無いローレンの賭博の券を、ご祝儀だと言って試合場に投げ込んだ。投げ込まれた賭博の券は大量に宙を舞い、まるで紙吹雪のよう…。
その中で歓声に応えて腕を振り上げたローレンは勇壮で、まるで絵画のように美しい。
「ローレンに伝えてくれ。油断するなと。特にフィリップ殿下…。それに、私 」
私…と言うことは、今年はジェイドも出場するということか。親子対決…それも、観客は喜びそうだ。
親子…。
「ジェイド様、すると、親子対決になりますね…?」
俺はどうしても確認せずにはいられなかった。ジェイドは絶対に、知っているはずだ。
ジェイドの瞳を見つめた。その瞳は薄い緑色。ローレンのように魔力が揺蕩うような光彩は帯びない…。
「…そうだな。立派に成長したな、私の息子は 」
ジェイドは勝利したローレンを、眩しそうに見つめていた。俺には親はいないけれど、その視線には確かに、愛情があると分かった。
――彼らは親子だ…。どんな秘密があったとしても。
「ノアー!」
「ルカ様!」
観客席の上から、ルカが俺に走って飛びついてきた。
「ノアの嘘つき!全然、会いに来てくれないじゃないか…約束したのに…!」
ルカは真っ赤な顔で膨れている。俺の正面に回り込んで、膝の上に乗ってしまった。その仕草が愛らしくて、俺は微笑んだ。
「すみません…。仕事が忙しくなってしまって 」
「いつお休みが出来るの?もう待てない!」
ルカは俺の胸を叩いて、怒っている。少し涙ぐんでもいるその様子に、申し訳なくなって頭を撫でた。
「おい、ルカ止めろ!」
「兄上!!」
ローレンはいつの間にか観客席までやって来て、俺の膝にいたルカを持ち上げた。
「人を叩いたり…乱暴するな!お母様に言いつけるぞ?」
「ら、乱暴していません…っ!久しぶりにノアに会ったからお話していただけ!」
お母様に言いつける、と言われてルカは小さくなった。またルカが叱られてしまったら可哀想だ。俺が言い訳しようとしたが、ローレンは聞く耳を持たず。辺りを見回して、母親を見つけるとルカを連れて行ってしまった。
ジェイドは俺の隣で吹き出した。
「兄弟も似てしまうんだなぁ…。どうやら趣味が同じらしい 」
趣味が同じ…?その意味はわからなかったが、彼らがやはり兄弟で家族だと言うことは分かった。
ローレンが運河を渡ってしまったら、家族はバラバラになってしまう。そうさせてしまって良いのだろうか?
ローレンは以前から考えていたというが…それは、どんな理由で?運河の向こうルナール公国は第二性への理解が深く薬もいいものがあるというから、俺と暮らすため…?それとも…もっと別の、何か?
知るのが怖い。もし、アロワの言う通りだとしたらローレンと俺は…。
観客席の上の方、ここから少し離れたところで、ローレンによって母親に突き出されたルカが、叱られている姿が見えた。ローレンはルカを引き渡すと、俺の方に戻って来る。
「ノア、帰ろう 」
ジェイドの前で堂々と言われて、俺は戸惑った。しかしジェイドは動じる気配もなく、俺に手を振る。
「ルカのやつ、いつの間にノアに懐いたんだ?」
「懐いた…というか、ルカ様はすごくヤンチャで…女の召使いでは対応できなくて。それで俺が遊び相手をしていて… 」
当時を振り返って笑うと、ローレンは不満気に目を細めた。
「ルカは、俺からいろいろ奪っていく。両親の関心、愛情、…ノアの膝の上… 」
「そんな…。それはルカ様が小さくて、歳が離れているからで、ジェイド様は… 」
俺が言いかけると、ローレンは俺を抱きしめて口付けた。
「帰ろう。ノア… 」
「うん 」
家族の話をしたら、孤児の俺が悲しむと思ってローレンは話を中断したのかも知れない。ローレンの優しさが温かい。家族ってたぶん、こんな温かさだ。俺たちは手を繋いで帰路に着いた。
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