第31話 運命の番(第30話 アルファの発情期 R18のため非公開)

 あらがっても快楽の波に攫われて、夢と現実の区別がつかなくなった。でも俺を攫ったのはローレンで、ローレンと一緒だったから、それでいい…。


 波が引くと、差し込む月明かりのもと見つめ合いながら、俺たちはこれからの話をした。


「ノア…俺と運河を渡って、この国を出よう。運河の向こうの国…ルナール公国はここよりもずっと自由らしい 」

「ローレンはエドガー家の嫡男…家のことはどうするの…?」

「…父上は俺に継がせる気はないから、問題ない。それに、父上は信用できない 」

 確かに…ジェイドはエヴラール辺境伯に加担して、マリクとローレンを結婚させようとしていたようだが…。でも…。

「でもジェイド様は、エヴラール辺境伯を説得してくださいました… 」

「ノア…。これはそれ以前からもずっと、考えていたことなんだ…。ここを出ても絶対にノアに不自由はさせない。ルナール公国は外国人の登用にも積極的だと聞く。俺は魔法が使えるから傭兵や…職には困らないはずだ。ノアに絵も、もっと学ばせてやれると思う 」

 ローレンはうっとりと俺を見つめて、手のひらで頬を撫でる。俺はその手のひらに頬ずりして「つれていって…」と囁いた。





 翌朝、もう仕事には行かなくていい、とローレンは言ったのだが、俺はエヴラール辺境伯に会いに行くことにした。反対するローレンを説得してでも、最後にエヴラール辺境伯に挨拶はしたかった。俺をここまで育ててくれたのは紛れもない、エヴラール辺境伯の恩情によるもの。

 それにフィリップに投げつけられた杖も返したいと思っていた。フィリップには悪気がないとは言え怪我をさせてしまったし、殺されかけたけど、一度は助けられたことも事実だから謝罪とお礼を言わなければ。

 ローレンはエヴラール辺境伯邸に行くことを了承したが、交換条件として俺に小さなナイフを携帯させた。剣は重くて使えない俺用のナイフは、腰に下げる飾りのようにも見えるが、武器としても機能するらしい。「ノアは俺が守るつもりだけど、念のため。」と、使い方も教わった。ローレンは心配性過ぎる、と俺は思っていた。

 

 エヴラール辺境伯邸に着くと、使用人用の出入り口まで侍従長が憔悴した顔で俺を迎えにきた。

「ノア…!助けてくれ!マリク様が…!」

「マリク様が…?」

 俺が質問しようとすると、ローレンが立ちはだかる。

「もう、ノアはここを辞める。今日はそのことをエヴラール辺境伯にお伝えしに来ただけだ。だからお前を助けることは出来ない。…行ってもどうせ、癇癪を起して暴れているマリクに怪我をさせられるだけだろう。」

「ローレン…でも……。最後に様子を見てくる。ローレンはここで待っていて?その…ローレンはアルファだから、ここで 」

「ノア… 」

 ローレンは俺が折れないと察したのかため息を吐いた。

「…分かった。絶対に無理しないこと。約束してくれ 」

 俺はローレンの問いに頷いて、侍従長と一緒にマリクの部屋へ向かった。部屋からは丁度、医師が出て来たところだった。

 医師は俺に気付くと、手招いた。


「ノア…!マリク様を頼む。抑制剤を吐いてしまって…。苦しんでおられる 」

「吐いてしまった…?なぜです…?」

「…分からない。先日効いた薬をお持ちしたんだが、気分が悪いと仰って… 」

「もう一度、処方を変えることは?」

「もちろん何種類も試した!でも駄目なんだ。こうなったら吐かない程度に少しずつ、薬を飲ませるしかない。水分も多くとって…。ノア、頼んだぞ。使用人たちは癇癪を起したマリク様に手ひどくやられて、もう他に頼れるものがいない… 」


 医師は俺に薬を押し付けるように渡すと、帰ってしまった。


 俺がノックをしてから扉を開けると、俺のすぐ脇を何かが通り抜け、扉にぶつかり大きな音を立てた。それは花瓶だった。ドアは水に濡れ、足元には破片が散らばっている。花瓶が飛んできた方角を見ると、マリクが熱に浮かされたような顔でベットに腰かけていた。


「何しに来た… 」

「…マリク様が苦しんでおられると伺って… 」

「俺を笑いに来たってことか?」

「違います…。薬を持ってきました 」


 俺が薬を持って近寄ると、マリクは急に立ち上がって俺の腕をつかみ、そのまま寝台に俺を押し倒した。


「お前…昨日ローレンと交わったのだろう…?俺には分かる 」

 マリクはそう言うと俺の両手を片手で押さえつけ、俺に跨った。マリクはオメガで華奢とは言え、俺より背が高く力も強い。逃げられない…。

 マリクは俺の頭、髪の匂いを嗅ぎ恍惚の表情を浮かべた。まるで、ローレンの上着を手にした時のように。

 マリクはうっとりとした顔のまま、片手で下穿きの前を寛げ、手淫を始めた…。俺はもがいたが逃れられず、目を瞑って顔を逸らして耐えるしかなかった。

 小さな呻き声をあげてマリクが達すると、マリクは俺の上に倒れ込んだ。力が抜けているマリクの下からなんとか抜け出して、持ってきた薬と水をマリクに飲ませた。

 薬を飲ませた後、少し落ち着いたように見えたマリクは急に声をあげて笑った。


「ノア…!お前は俺に同情しているんだろうが…本当は逆なんだぞ…?お前が昨日ローレンに抱かれたのは、俺のフェロモンにローレンが当てられたからだ。どうだった…?抑制剤をも凌駕する俺のフェロモンは…。ローレンも発情期ラットになったんじゃないか…?」

 マリクの言うように、ローレンは昨日、発情期かもしれないと言っていた。でもそれは、俺を初めて抱いた後から続いていると、言っていたけど…。

 ローレンはマリクを運んだ後、抑制剤を追加で飲んで顔色が悪かった。本当は、俺が原因ではなく、マリクのフェロモンにあてられて起こった発情ラットを抑えたから…?


「それでもお前、ローレンを渡さないって言うのか?」


 ローレンを信じたい。それなのにマリクの言う事は説得力があって、全てが打ち消されてしまう、そんな感覚に陥る。だって抑制剤も効かないなんて…二人が運命の番の可能性があるということ…?そうだとしたら、俺なんか太刀打ちできるわけがない。

 俺は泣き出してしまいたかったが、精一杯の抵抗を試みた。まだ諦めきれない。アルファだからじゃ無い、ローレンが好きだから。


「…私に決められることではありません。ローレン様の心に従います 」

「……ノア。ここを首になって、お前の親の借金を今すぐ返せと、返せなければその罪で強制労働所に送ると言っても?」

「…はい… 」

「強制労働所に行ったジョルジュが過酷な環境下で死んだと知っても…?」

ジョルジュが強制労働所で…?ジョルジュが亡くなったという事実に俺は戸惑った。しかし、質問に対する答えは揺るがない。

「覚悟の上です 」

「では、そうさせてもらう…!今すぐ出ていけ!」

 

 マリクに怒鳴られて俺は部屋を飛び出し、ローレンが待っている使用人用の出入り口へ戻った。ローレンは戻ってきた俺を見て目を見開き、すぐに顔を歪める。


「ノア…部屋で何をしていた?お前の仕事というのは、マリクの下の世話まで含んでいるのか…?何をされたらそうなるんだ?」

 ローレンの怒気を含んだ声と視線で、自分の服の胸の辺りにマリクの精液が付いていることに気がついた。

「…許せない…他の男の…。いや…もっと許せないのは俺自身だ。お前を一人で行かせてしまった!」

 ローレンは顔を顰めたまま、俺を強く抱き寄せた。

「もう絶対、他の男のところには行かせない。何があっても…!」

 俺は頷いて、ローレンの身体にしがみついた。もし二人が運命の番だったとしても、俺を離さないでいて欲しい…。

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