第25話 決めた(第24話 乱暴 R18のため非公開)

 俺は精通が十八と遅かったせいか、その感覚を十九になる今もよく分かっていない。ローレンにもそう話したのだが、ローレンは俺が達することにこだわって、何度も俺を抱いた上に最終的に俺のものを口で扱いて吐精させた。情事は夜が白むまで及び、疲労のせいだろうか、俺は翌朝熱を出してしまった。ローレンはぐったりした俺を俺の家まで運び、今日は仕事を休むように、と言った。

 初めは断っていたのだが…。


「ノア、ずっと…十四の頃から我慢していたから…夢中になってしまった。…すまない。今日は仕事を休んでくれ。俺からきちんと連絡しておく 」


 ローレンに真摯に謝罪され、断ることが出来ず、俺は仕事を休むことにした。


「仕事の事は心配しないでくれ。今の俺はノア一人くらい、養っていけるし…罰金も、両親の借金のことも考えているから 」

「ローレン様、その事は… 」

「ノア、またゆっくり話そう。仕事が終わったらすぐに来るから 」


ローレンはそう言って戸締りをする様に俺に念を押すと、出て行った。


 ローレンは俺の借金のことまで考えていると言うが…それは自分で、解決したい。ローレンに迷惑をかけたくないし、守られているばかりは嫌なのだ。俺もローレンを守りたい。だから…、だから三年間、一生懸命絵を習ってきた。もし、アロワに認められれば…。

 

 そんな事を考えながら熱のせいもあって俺は、いつの間にか眠っていた。再び目を開けたのは、家の戸を叩く控えめな音に気がついたからだ。


 誰だろう…?まだ日は落ちておらず外は明るい。

 だから俺は、やって来たのが誰なのか確認せずに戸を開けてしまった。


「ノア、俺だ 」

「マリク様…?」


 マリクはフードから顔をチラリと覗かせると、俺を押し退けて部屋に入ってしまった。慌てて追いかけて椅子を勧めたが断られた。どうやら、長居をする気はないらしい。


「マリク様…。この様な所にどうして…?まさかお一人で?」

「ノア、護衛は外で待たせているから心配いらない。そんな事より…話がある 」


 話…?わざわざ家に来てまで?

 何の話か分からず俺は困惑したが、マリクは急いだ様子で話を始めた。


「ローレンが今日、お前が熱を出して休むと連絡してきた。なぜ、ローレンがお前のことを…?」


 マリクは唇を少し、震わせている。


「分かっている!ローレンがここに来たんだろう?!愛しいアルファの匂いを俺が間違えるはずがない…!夫がいるお前が、どうしてローレンと…?!いや…、そんな事はどうだっていい!」


 マリクははらはらと涙を流した。

 美しいマリクが泣きながらローレンを『愛しい』と言ったのを聞いて、罪悪感のようなものが込み上げた。マリクがローレンと番になりたがっていると知っていながら、俺は昨日、ローレンと…。


「ノア、お前は孤児で…人の痛みが分かる優しい奴だ…。なあ…お前は俺の苦しみを分かってくれるだろう?学校の卒業も発情期のせいで半年以上遅れて、俺より身分が下の、魔力もないやつらに蔑まれた、俺の苦しみが…!なあ…、だからお願いだ…!身を引いてくれ!頼む!ローレンを俺に譲ってくれ!」


 マリクが王都から中々帰って来なかったのはそういう訳だったのか。元々マリクは優秀なのだ。それはさぞ辛かっただろう…。

 マリクは向かい合って俺の肩に手を乗せた。涙ながらに、俺を見つめる。



「…好きなんだ。ずっと、十四の頃からローレンに恋焦がれて…。先日の夜会の時も婚約を拒否され、ローレンが俺に気がないことも、分かっている。…王都に行く前からローレンが誰を思っているのかも、薄々、知っていた。でも…!」


 マリクは思いのたけを一気に捲し立てた。…マリクの気持ちは十分過ぎるほど理解した。


「俺にローレンを譲ってくれ!いや、譲って欲しい…頼む…!俺はオメガで…番が必要なんだ。ローレンだってそうだ。あいつはアルファで…オメガのフェロモンには逆らえない。もし強制的に俺たちが番になったとしたら、ノア、お前のことも傷付けてしまう!だから…。頼む、この通りだ!身を引いてくれるなら、お前の借金のことも罰金のことも俺が何とかする!夫がいると嘘をついていたことも!だから…!」


 マリクは俺の肩に手を乗せたまま、深々と頭を下げた。あのマリクが俺に…。それほど、ローレンと番になりたいと言う事なのだろう。

 確かに俺はベータだから番になれない。そんな俺がアルファと一緒にいるというのは、二人の『運命』を邪魔しているのかも知れない。でも…。


「マリク様…。ローレン様の気持ちは、私にどうこうできるものではありません。申し訳ありません 」

「それは、身を引かないと言う事か?」


 マリクは青ざめた顔で俺を見つめる。その表情に俺は一瞬怯みかけた。でも、もう決めた。


「…私は確かにベータで、番にはなれません。でも、ローレン様は『俺の運命は俺が決める』とおっしゃいました。だからもし、ローレン様が私を選んでくれるなら…私はそれに応えたい。私もローレン様を選びます 」

「…俺がこんなに頼んでいるのに?」

「申し訳ありません…。もし、許されるなら、別の方法を探せませんか?隣国にはもっとオメガに寄り添った薬があると聞きました。私も微力ながら… 」

「ノア…そんな事、何の救いにもならない!」


 マリクは俺の肩を掴んで揺さぶった。確かに、好きなアルファと番になれない苦しみを、薬で癒す事は出来ないのかもしれない。それは分かってはいるが…。俺はマリクと目を合わせて、首を振った。


「どうしても、だめなのか?…何か、起こるかも知れないのに?例えばお前に、本当は夫が居なかったと父上が知ったとする… 」

「…はい。それは明日にでも、エヴラール辺境伯様へ謝罪に伺います。…罰も、受ける覚悟です 」

「…分かった 」


マリクは立ち上がると、フードを深く被り直した。俺に背を向けて、扉の方へ向かう。


「…友人になれると思っていた… 」


 マリクの小さな呟きが聞こえたような気がしたのだが…。その音は扉が閉まる、大きな音に掻き消されて、本当にそう言ったのかは直ぐに分からなくなってしまった。





 夜になってローレンはたくさんの荷物と共に帰って来た。ローレンはどうやらここで生活するつもりのようだ。そんな事をして、王宮騎士団の仕事は大丈夫なのだろうか?

 俺たちは小さい寝台に一緒に入って、色々な話をした。ローレンと作りかけだった絵本の話も…。


「王子様は冒険に出ようとする少年について城を出ました。一緒に、色々な所に行って最終的に魔王を倒してお姫様を救出したのですが… 」

「ですが?」

「王子様は少年とまた旅に出ました。そして二人は結婚しました 」

「お姫様とじゃなく?」

「そう…。王子様は少年を守る騎士になりました 」

「お姫様じゃなくて?」

「…ノア、鈍いな…。俺がノアを守る騎士になるって事だよ!」

 そうなの?最初からそういうつもりで話してた?俺は嬉しくなってローレンに抱きついた。


「…少年も、王子様の護衛になりました!」

「え?!ノアが…?こんな細腕で?」

「うん。俺もローレン様を守りたい。ローレン様に相応しい男になりたいから…。だから罰金と借金も自分で返そうと思ってる 」

「ノア、でも…!」

「アロワ先生が気に入る絵が描けたら買い取ると言ってくれていて…。先生に気に入られれば画家ギルドに推薦してもらえるかも知れないし。やってみたいんだ。三年間、一生懸命勉強して来たから 」


 俺がローレンを説得する様に話すと、ローレンは俺を見つめて数秒後、大きな溜息を吐いた。


「…ノアの気持ちは分かった。じゃあ、約束して。アロワの家に行く時と、帰る時も俺が送る 」

「ローレンさま… 」

「ノア、恋人なんだから呼び捨てでいい。それと、無理はしないで俺を頼ること。必ず…。約束 」

「うん。ローレン… 」


 俺たちは久しぶりに指切りをした。それは十四の頃と同じ…。

 でもあの頃とは違う。もうオメガになりたい、なんて言わない。俺は、俺自身の力で、ローレンを幸せにする。ローレンが、俺を選んでくれる限りは…。そう、決めた。

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