意外となんとかなるもんだ!
意外となんとかなるもんだ!
なんてことはもちろんなかった。
銭湯って言ってもいろいろあるが、うちから一番近い銭湯は恐らく銭湯の中でもそこそこ大きくって、入口からひとつ行った先にある畳敷きのお食事処は何十畳あるんだよってくらいにテーブルが並んでいるし、受付過ぎた先にあるお風呂はそもそもそのお風呂の入口がどこにあんの?ってくらいに行くまでが長い長い。
廊下が長いのだ。
これは宿泊施設も併設されているからだと思われる。だからか、駐車場もでっかくてつまりは人も多い。
「わー!」
って言われた。もうわー!って。
わたしは
「撮らないでくださいっ! 撮らないでくださいっ!」
って、パパラッチに抵抗するお母さん集団の付き人みたくなってたと思う。
ほんとにもうっ!
おばあちゃんは目を丸くして固まっているだけだし、コミちゃんはぼーっと突っ立ってるだけ。赤ちゃんお母さんはすやすや眠っていて助かったけど。
お姉さんはいつものパワーでパパラッチを散らせてくれれば良かったんだけど、「ぜえぜえ」言いながら「何、見て、んだ、こらぁ」と掠れた吐息混じりで言うだけで全然力にならない。
だから仕方なくわたしが必死で叫んでいたわけだけど、そんな様が面白かったんだろうか? 珍しかった?
違う。珍しいのは四つ子にしか見えないお母さんたちの方だ。
施設は明るくって、照明きいてて、いくら髪型変えてもマスクしてても姿勢違っても、やっぱり背格好とかね。あるんさ。おんなじだし。
分かってしまう。晒されてしまう。
ていうかね。子供多すぎ!
わたし以上にちっちゃい子とかいっぱいいて、「わー!」「おんなじ顔ー!」って入った瞬間真っ先にバタバタ駆けながら周りをグルングルン回るもんだから、もうそれで人が集まってきちゃって集まってきちゃって……。
なんか外人とかもいっぱいいた。
これは後で知ったことだけど、ここ元々日本の銭湯文化を広く知ってもらうために、外国人宿泊客を広く受け入れて宣伝しているらしい。だから、パパラッチ。一期一会なんだからいいだろ、的な外国人パパラッチたちがたくさんいた。それに加わって、皆やってんだから私たちもいいっしょ的な全くいくない日本人たちもね。
「すんっ、ひっ、ひっ、っ、すんっ、ひっ、ひっ、ひっ」
周囲にいた人たちがぎょっとした。
自分でも自分の声にぎょっとしたと思う。
泣いてしまったのだ。わたしが。
え? わたしが?
「お前ら何うちの姫泣かせてんだゴルァ!!!!!!!」ってお姉さんがカチキレ出して、わたしは「姫じゃない」「姫じゃない」「姫じゃない」っておんなじこと呟きながらひたすらに涙が止まらない。
おばあちゃんは屈んできてオロオロするし、コミちゃんはそんなわたしを抱きしめるからそれがまたお母さんを思い出しちゃって、余計に涙が溢れてきてしまう。
外国人はソリソリソリソリオーなんとかかんとかー!とか早口で言いながらぴゅーっとダッシュで逃げる。うちの子供が悪さしてごめんなさいねえ?的な感じで子供抱っこして「ほら! 謝らなさい! いけないでしょ! ごめんさいねえ~?」って子供にぜんぶ責任擦り付ける感じで、いやお前も撮ってただろ、って人間の醜い部分をもろに喰らったわたしはさらにぶわーって泣く(こういう親に育てられた子供って将来どう育つんだろうっていらんことを思う)。
ああ、
ああ、
ああ、
わたしってこんな弱かったんだって。
弱いんだって。喧嘩とか、悪口とか、ムカつく奴とか、こっちが覚悟決めて立ち向かっていけることはいいんだ。よかったんだ。
けれど、どうしていいかわからない、対処法がない事態に直面したとき、わたしはこうも弱く、脆くなってしまうのかって。
自分でも知らなかった……。
――混乱。
お母さんが分裂してからずーっと混乱していたんだと思う。
声に出して顔に出して態度に出して、もう!もう!もう!もー!って言ってたけど、それは表面的な部分で、本当の根っこのところは、もうーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーなんなのーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー意味わかんなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいクソ死ねばかむかつくおかーーーーーーーーーーーーーーさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんんどこ行っちゃったの帰ってきてよこいつらどうにかしてよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーおかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーさーーーーーーーーーーーーーーーんわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
っていうのでぜんぶ染まってたんだと思う。自分でも気付かないうちに。わたしは自分の感情が決壊するのを防ぐため壊れてしまうのを防ぐため、自分でも知らず知らずのうちに根っこに蓋して、子供ながらの仮面で自らを演じていた。日常を過ごしていた。
笑える。
わたしは赤ちゃんお母さんみたいにひっくひっく言いながら受付を済ませた。コミちゃんがそんなわたしを見て、もらい泣きする。外見年齢はふつーに成人女性なコミちゃんが、どう見ても顔つきで娘にしか見えないわたしと手を繋いで二人して泣く姿は異様に映るに違いない。受付の人も顔が引き攣っていた。
「あー、子供4人の大人1」
「……はい?」
「ちがいます~っ、ひっ、ひっ、ひっ、大人4の子供1、いいぃ、っ、ひっ、ひーっ」
「あ、そっか。わりぃわりぃ」
わたし「あー!(泣)」
コミちゃん「あー!(泣)」
赤ちゃんお母さん起床「ばあっ」
受付のお姉さんが感情を押し殺した感じで「はい」
軽く地獄。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます