帰宅すると家の窓が全部割れていた。

 帰宅すると家の窓が全部割れていた。


 その時のわたしの気持ちをどう表せばいいだろう?

「えぇ?」

 って声をあげたと自分では思うが、実際には「ふへぇ」とか「ふひゅう」みたいな、カッスカスの吐息みたいなのしか出ていなかったんじゃないかな。

 ええ、と……。

 え、

 っ

 とぉ。

「えぇ? あぁ。うわぁ」

 言いながら家の周りをぐるぐると回る。

 家の北面はもう使っていない隣家のオンボロビニールハウスに面しているから、そちら側はビニールハウス越しに見ることになる。大して見えない。それでも理解ってしまう。二階のあそこの窓ガラス割れてね? ってこと。

 外と家との温度差で窓が割れることはあるという。古い家の窓ガラスなんかによくある現象らしい。外が激寒で中が暖房でアッツアツのときなんか。言ったって今は春ちょい過ぎたくらいで、気温的にも適温とは云えないまでもちょい暑いくらいだから、そこまで外中で気温差があるわけじゃない。

 窓の割れ方も如何にも自然現象でピシリッ!ってひび入ったって風でもなく、ある一点を中心にグワワー!ってひびが入っているから、ああ、あそこになんか当たったんだなって遠目で見ても分かる。


 当たったんじゃない。

 当てた、だ。


 北面から西面へと行く。

 そっちはもう酷い酷い。

 キッチン、一階のトイレ(これはわたしが割ってた)、二階の子供部屋……このまま向こう回るの怖いくらい。

 うん、ああ、そう。ぜんぶ割れてる。こういう予感めいたものはよく当たるんだってなんか映画とかでよく聞くセリフだけど、言ってるわたしが子供だと、子供の予感はよく当たるんだってこれまた映画やドラマでよく聞くセリフの的中率も加味されるだろうから予感的中率は正に100%! ほら全部割れてるやーん。何言ってんだわたしは。

 帰りたい。

 帰りたい。

 あったか我が家が待っている。阿部寛が言った。気をつけろ。今夜は寒いぞ。とも。

 なんかこう、指立てていい感じのハスキーボイスで。

 たぶん、わたしは学習している。混乱しつつ学習している。

 ああ、窓ガラスって割られたら嫌なもんなんだなって。いつかどこかで窓ガラス割っちゃったことを今反省。

 帰りたい。帰りたい。お母さんとふたりで過ごしていたあの頃に帰りたい。お父さんと三人で過ごしていたあの頃にも帰りたい。いや、それはやっぱいい。

 わたしは意を決す。

 いつもの迂回ルートで犬を避けつつ、トイレから侵入しようと試みるも、庭に入ると、いっつもわんきゃん煩い犬共がいない。ああ、そっか。掃き出し窓も割れてんだね。じゃあ中入られたんだ。へえ。

 他人事や絵空事であればいいと思う。

 しかし、庭から、掃き出し窓(ガラスなし)から見えるリビングルームの様は現実の出来事で、生々しい赤の色とか泣き叫び声とか、もう生の息吹がびんびんに感じられる。惨憺たる有り様。

「帰ったな」

 お姉さんが言った。おぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!って泣き叫んでいる赤ちゃんお母さんを足蹴にしながら。


 赤ちゃんお母さんは涙で顔をぐっしゃぐしゃにしている。背中にはお姉さんの足が乗っかっていて、それに泣いているってわけじゃなくって、理由はふん縛られている両手にあるようだ。ぎゅうぎゅうに縛られている。痛いんじゃないかな、それ。鬱血してるよ。

「馬鹿言え。こっちは血まみれなんだ」

 それはやってもいいって理由になってないと思うんだけど……。


 お姉さんが顎で示した先にはまたぞろすんすんすんすん泣いているコミちゃんがいて、ぺたりと女の子座りしている。ガラスで腕を切ったらしくって、白いTシャツがお姉さんの言った通り血に染まっている。傍らにはおばあちゃんが蹲っていて、そんなコミちゃんを治療している。どうやら血は止まっているらしい。Tシャツが派手に染まっているだけのようだ。それだってどうなのって感じだけど。泣いているのは、消毒液が染みるかららしい。


 わたしは万感の想いを込めて聞いた。

 これが聞きたかったわけじゃないんだけどな。

「何があったの」

 お姉さんは自嘲気味に笑う。

「あんよが上手だ」

「は?」

「そのは?っての気分わりいからやめろ。二度とあたしの前でやんなよ」

 わたしに言う前にてめぇがてめぇでてめぇの言葉遣いをまず改めろよってよっぽど言いたかったけど堪える。

 たぶん、お姉さんは相当疲れているだろうから。

「お前の真似したんだよ」

「は、うーん?」

「なんでセクシーボイス出してんだよ」

 はって言うなって言うから……。出掛かっちゃった。癖だから急にはなおんない。はうーんがセクシーボイスってなに。世代?

 お姉さんが嘆息する。

「真似したんだよ。お姉ちゃん」

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