発端はおばあさんらしい。

 発端はおばあさんらしい。


「なんであんなところの窓わざわざ閉めたんだ? コイツが通ること分かってなかったってわけでも……まあ、ばーさんならありそうだが、にしたってだぜ? そういえば、あんたいつもそのへん閉めて回ってるよな。まだこの時期、夜は冷えるにしたって中にはクソ暑い日もあったじゃねーか」

 まるで詰問するような口調で――じゃないね。完全に詰問だ。お姉さんはしゅんと項垂れるおばあさんを上から指で差している。

 ガミガミ、なんて表現は今のお母さん(お姉さん)には合わない。

 その姿はわたしに不良漫画初期中期に登場する敵キャラの幹部ないしはボスを思わせた。

 手下、後輩、舎弟、のヘマに、延々無表情で咎め立てるそれ。

「トイレ立つ度、そこガキ寝かしつける度、あんたが閉めて回った窓開けてたの誰だと思ってる? あ?」

「……危ないから」

「危ない? 何がだ」

 それ以上おばあさんは説明しようとしない。

 わたしは「いいよ。やめなよ」とお姉さんを諭そうとするも、お姉さんは「何がいいよだよ。被害者ヅラしてんなよ。え? 躊躇なく窓割りやがって。どんな教育受けてたんだこら」と、今度はこっちに矛先が来て、わたしは思わず内心「ウザッ!」と叫んでしまう。

 顔に出たのが良くなかったのだろう。

 お姉さんは「ケッ!」と毒づくとソファにどっかりと腰を下ろした。

 そして、

「メシ」

 と一言。

 えらそ。

 わたしはおばあさんに目を向けた。

 床に正座をして丸まっている。

 その姿勢、辛くないのだろうか? 下なんてフローリングなんだけど。

 おばあさんは正座するものなの? 

逆な気がする。足腰弱ってるんだから。でも、体がお母さんで心がおばあさんの場合どうなるんだろう?

『……危ないから』

 わたしはタメダのメモ3を思い出す。


・ババアは未来人ってことになるのか?


『……危ないから』


 お母さんの現年齢は二十八歳である。おばあさんの年齢はおばあさんの言うことを信じるなら九十二歳。差し引き六十四。つまりそこには六十四年の歳月があるということになる。開いているということになる。

 ……今より六十四年後はもっと危ないってこと?

 自分の手のひらを見つめる。

 あんなふうに入ってくる輩――不良――と言って言い表すのも躊躇してしまうような、強盗紛いの連中が世に、こんな田舎町にも蔓延っているってこと?

 川崎でもないのに?

 あの時のわたしは緊急性があったから置いておくとしても。

 もしかして。

 玄関のゴミの山。

 体積したゴミ。

 アレは……

「メ・シ。ばーさん」

「あ、はいはい。ごめんねえ」

 おばあさんはしゅんと項垂れていた姿が嘘みたいに元気になると、跳ねるようにして台所へ向かった。なんだろ? トリガー? ご飯とかお掃除とかは妙に張り切るというか、元気になるというか。若返っているというよりも、そういう行動がより田舎のおばあちゃんを連想させるんだけど。

 今更だけど、わたしがお母さんのおばあさんをおばあちゃんではなくおばあさんと呼んでいる理由は、おかあさんとおばあさんで一文字しか違わないからである。

 咄嗟にお母さん呼びになった時に軌道修正しやすい。今のこの家で「お母さん」と呼んだ場合、みんなが微妙な表情する。その空気がものすごくわたしは嫌。

「あ、トイレ塞がなきゃ」

 あの泣き虫のお母さんが一人だと心配。四苦八苦してるに違いない。カッターなんて持たせたら何されるか分かったもんじゃない。

 さっき呟き掛けた言葉改めて口にする。多少大げさに聞こえ、口を付いた瞬間、もごもごするそれを。

「バリケードつくらなきゃね」

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