第8話 誓いの夜
「ふう、今日は思わぬ出会いになったもんだな」
夜、俺は部屋で一人呟いた。あの後、俺達はファミレスに移動して色々な話をした。歩と早穂さんの出会いから歩が早穂さんと芽衣子さんとの交際を始めるまでの話は本当にドラマチックで、まるで小説の話を聞いてるように思えるくらいだった。
そして解散するまでに俺達は連絡先も交換し合い、歩達と別れた後に俺達も今日のところは別れる事にして、俺も家に帰ってきたのだった。
「……歩は俺よりも確実に世間的には難しい関係性にいるのにあそこまでしっかりと二人を愛する事を決めている。俺も夕希さんへの恋心がまだあるわけだし、しっかりしていかないと……」
夕希さんから見れば、俺なんて一回りも離れた子供で、自分の弟の友達の一人でしかない。だから、空いてしまった夕希さんの心の隙間を埋められる程の存在ではまだない。
「……けど、好きなのは変わらない。だから、もっと大きな存在になるんだ。夕希さんを裏切ったあの人を忘れさせられる程に大きな存在に」
拳を固く握りながら呟いていたその時、携帯がブルブルと震え始めた。画面を見ると、そこには夕希さんの名前が表示されていて、俺はすぐに電話に出た。
「も、もしもし!」
『あ、しば君。こんばんは』
「こ、こんば──」
夜も話せる嬉しさから思わず足を動かしてしまった時、引き出しに小指をぶつけてしまい、俺は痛みから携帯を取り落としてしまった。
「いった……」
『しば君? 大丈夫?』
取り落とした時にスピーカー機能が作動したのか少し響いた感じの声が携帯から聞こえ、俺は足を擦りながらそれに答えた。
「だ、大丈夫です……ちょっと足を、小指を引き出しにぶつけてしまって……」
『小指を引き出しに……ふふっ、タンスに小指をぶつけるのはよく聞くけど、引き出しにぶつけたっていうのは初めて聞いたかも……!』
夕希さんはクスクス笑う。まだ痛みはあるけれど、何だかんだで夕希さんを笑わせられたのは嬉しかった。
「あ、あはは……夕希さんが楽しそうでよかったです」
『ふふ……でも、本当に大丈夫? いたいのいたいのとんでけってやろうか?』
「そ、それは恥ずかしいので大丈夫です……」
本当はしてもらいたいけど。そんな言葉を飲み込んで俺は話を続けた。
「今日って楽しかったですか? 泰希が突然呼び出した形にはなりましたけど……」
『楽しかったよ。久しぶりにしば君にも会えたし、歩君達にも出会えたからね。でも、やっぱり一番よかったのは……しば君の顔を久しぶりに見られた事かな?』
「え?」
『なんかより男の子って感じになってたし、手もゴツゴツとしててちょっとドキドキしちゃった……かな?』
「夕希さん……」
『なーんて、離婚したばかりなのに何言ってるんだろうね、私』
夕希さんは少し哀しげに言う。そんな夕希さんの声がとても聞いていられなかった。
「……いいんですよ、ドキドキしてくれても」
『え?』
「俺、夕希さんにとって頼れる存在になってみせます。何かあった時、すぐに頼ってもらえるような」
『しば君……』
夕希さんの声を聞きながら俺は顔を赤くしていた。夕希さんの声を聞いて思わず言ってしまったが、なんでこんな事を言ってしまったんだろうという気持ちが俺を責め、恥ずかしさで顔が熱くなってしまった。そして夕希さんは少しだけ黙った後、グスッという鼻をすするような音が聞こえてから明るい声で話し始めた。
『それなら色々頼らせてもらおうかな。連絡先も交換したしね』
「……はい、じゃんじゃん頼ってください」
『うん。それじゃあ今日はもう遅いから私は寝るね』
「わかりました」
『おやすみ、しば君』
「おやすみなさい、夕希さん」
俺達の電話が終わり、電気を消してから俺は携帯を持ってベッドに入った。そして携帯を枕元に置いた後、俺は目を閉じた。やっぱり俺はまだまだだ。だけど、もう迷わない。こうなった以上、俺は全力で夕希さんを落としにかかってやる。
「夕希さんの心を俺でいっぱいにするんだ」
誓いを立てるように呟いた後、俺は静かに眠り始めた。
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