第十七話:炎の秘め事

 「話すって、今更何を話すのよ?大体事件の捜査をするって最初に言ったのはあたしなのに、あんたが勝手にいいとこ取りしたんじゃない!せっかく捜査に協力させてあげるって言ってあげたのに、全部自分だけでこそこそやって報告にも来やしないし!」

「そうだぞ、ステラ。素直にオレ達の力を借りないから、こんな風に大勢の前で赤っ恥をかくハメになったんだぜ」

よく言うよ。俺だって最初は律儀にお前達に捜査報告をしたじゃないか。それがお前達ときたら何でもかんでも無理やりルーテリアかウォルトのせいにしようとしてこじつけるものだから、これじゃ公平な捜査なんて出来やしないと思ってこっちが自ら見限ったんだよ!ついでに俺が今し方披露した推理は、例え真実ではなかったとしても完璧に筋が通った名推理であることに変わりはない!赤っ恥だなんて侮辱発言は撤回しろ!とまあ、内心ではこんなことを叫びたかったけど、ここで馬鹿二人を相手につまらない口論を始めても仕方がないので、大人の俺が我慢してあげて、ブレずに本旨に沿った議論を続けよう。

「まずメラネミアには、QWが結局のところ一体何なのか俺にも分かるように詳しく説明してもらいたい」

皆が口を揃えて「別次元」とか表現するからあまり重要なものとして取り上げずに脇に置いてきたのだが、徹底的に調査すると決めた以上もう素通りするわけにはいかない。余程言いたくないのか、あるいは大声で言えないような何かなのか、メラネミアは苦々しい顔で唇を噛み締めて黙り込んだが、一通り他の女王や騎士の顔を一瞥すると、観念したような大きな溜め息を吐いた。

「QWは……あたしが考案した超画期的なオンラインゲームよ」

どうせそんなことだろうと思ってたから驚きは無いな。むしろ、女王と騎士がオンラインゲームに興じている事実をひた隠しにしてきたことの方が信じられない。しかもそれが恥からではなく守秘義務からだと言うのだからなお理解不能だ。俺の世界でそんなことがあったら民衆の笑い物だぞ。

「で、そのオンラインゲームはあくまでゲームだから、現実のホーリレニアの政治情勢には全く関与しないんだよな?」

「それが、してるんだな」

得意げな顔でフレインが言う。おいおい冗談だろ?オンラインゲームで政治を動かすなんて一体どんな国だよ、ここは?

「ただのゲームとして楽しむだけでは味気ないので、ゲーム内での力関係をある程度現実の女王と騎士の関係に反映させることにしているのです。例えば、現在QWで一番勢力を拡大しているのはメラネミアですので、会議の場では彼女に最大の発言権が与えられています」

あたかも論理的な調子で語っているけど、それは最悪の間違いだぞ、ルーテリア。

「QWは単なる壮大なタクティカル・レーション・ゲームってだけじゃないの。これはもう一つのホーリレニアなのよ!現実のホーリレニアでは戦争は永遠に放棄されているし、各国の領土は拡大も縮小も認められていない。永遠に変わらない世界なの。でもあたしは、そんなのまるで世界が死んでいるみたいだって思ったのよ。だって、世界はいいことも悪いことも起こって常に変わっていくものじゃない?だから、あたしはQWを作った。何の制約もない自由な世界で生きているホーリレニアの姿を見るためにね」

不覚にもこの演説には胸を打たれてしまった。そんな言われ方をすると、メラネミアの考えが百パーセント愚かな間違いだとは否定出来ない。実際QW内では戦争だけではなく他にも色々なことが出来るわけだし、当然ながら現実の国民に迷惑は一切かけていない。オンラインゲームの中で仮想ホーリレニアの世界をささやかに楽しむくらい、彼らには許されてもいいのかもしれない。そんな事言うと甘過ぎるかな?

「わかった。じゃあQW内でカリスペイアとジェネスに関してはどんな動きがあったか教えてくれ」

ウォルトがぎくりと肩を震わせて不安そうな目で俺を見る。心配するな。お前とフェルの陰謀については後で詳しく追及してやる。

「そういやジェネスからメラが侵略した土地の返還について交渉したいって言われたな」

「何であんたに言うのよ?領主であるあたしに話を通すのが筋でしょ?」

「さあな。駐屯してたのがオレの軍だったからじゃね?」

「それで、フレイン。お前は交渉に応じたのか?」

「武力行使は望まねぇって言うから、和解条件としてカリスと結婚させろって言ってやった」

途端にメラネミアの表情が石像の如く硬直し、それを見た全員が青ざめて凍りつく。フレインは空気が一瞬で凍てつく冷たさになったことになど全く気付かず、ジェネスはその申し出は即答で峻拒して以降、二度と彼に話しかけてこなくなったと笑って言った。武勇伝のように語ってくれたが、冗談だとしても最低最悪だ。

「ステラ。あたし、あんたに言ってなかった事思い出したわ」

怒り心頭のはずのメラネミアは不気味なぐらい落ち着いた低い声でそう告げると、静かに深く息を吸い込んだ。

「事件直前の定例会議の時、フレインがジェネスと口論してるのを見たの」

不意打ちで炸裂する爆弾発言に、フレインの上機嫌な顔色が急激に色褪せて暗くなる。

「ねぇ。殺されたのはカリスじゃなくて、ジェネスの方だったんじゃない?」

信頼を失った女王の眼差しが、反論の言葉も絞り出せない哀れな騎士を冷たく射抜いた。


 通常通り四日間の会期で開かれた定例会議の二日目の夕方、フレインは会議終了後にジェネスから声をかけられた。ジェネスとフレインは騎士としての振る舞いも性格も正反対と言っていいくらいかけ離れているので、普段から全く交流が無かった。そんなジェネスが折り入って二人きりで話したいと藪から棒に頼んできたものだから、フレインは当然困惑して警戒した。特に、女っ気が一切無い男から人気のない密室での面談を希望された点に身の危険を感じたそうだ。だが自信と自意識過剰な彼は、いざとなれば暴力で押し切れると見込んでその申し出を受け入れた。ジェネスは会議室の真隣にある空き部屋へと彼を案内すると、彼にソファへ腰を下ろすように勧めて静かに部屋の扉を閉めた。フレインは平静を装いつつジェネスの動向を注視していたが、彼は別段挙動不審な様子もなく、扉にも鍵をかけなかった。その落ち着き払った態度が一層フレインの不安を煽ったが、彼は覚悟を決めて相手の話を聞くことにした。

「お節介とは存じますが、あなたに忠告しておくべき用件があって、このような場を設けました」

ジェネスはいつもの礼儀正しい淡々とした口調でそう告げると、ソファの上にふんぞり返った彼の傍に立って彼を見下ろした。

「もったいぶってねぇでさっさと言えよ。もっとも、オレはお前の思い通りになる気はさらさらねぇけどな」

余裕ぶった口ぶりで返しながら、気付かれぬように身構えて両手に力を込めるフレイン。ジェネスは彼の横暴な返事を聞くと少し呆れた風に溜め息のような息を漏らしたが、無意味な反論は無言で飲み込んで話を続けた。

「単刀直入に申しますと、あなたはもっとメラネミア様を大切にした方がいいと思います」

「なんでここでメラが出てくるんだ?」

「今申し上げた通り、あなたに自らの主人に対する態度を改めるように忠告することが、この対談の目的だからです」

「んなことなんでお前に口出しされなきゃいけないんだ?余計なお世話だ!」

案の定短気なフレインは自分の恥ずかしい勘違いに対するやり場のない感情をジェネスのお節介な発言に対する怒りに転化して当たり散らすと、不愉快な顔で立ち上がってジェネスを横目に睨みつけ、そのまま部屋を出ようとした。その時、ジェネスが彼の腕を掴んで彼を引き留め、こう言った。

「メラネミア様が私のような者を構おうとなさるのは、騎士であるあなたがその責務を果たさずに方々を遊び歩いて彼女を不安にさせているからです。彼女が本当に傍に居て欲しいと思っているのは、あなただけです。私では決してあなたの代わりには成り得ません」

ジェネスの声と口調は普段と全く変わらなかったが、フレインの腕を握った彼の手には彼の柔弱な外見からは想像し難い強い力が込められていて、フレインにすら振り解くことが出来なかった。フレインは垣間見えたジェネスの意外な一面に少なからぬ恐怖を感じて顔色を変えると、無駄な抵抗は潔く諦めて大人しく相手の目を見据えた。

「そんなことはオレが一番よくわかってるさ。それでもオレはこうして道化を演じるしかないんだ。最終的にはそれが一番メラのためになるんだからな」

ジェネスはあからさまに解せぬと言った渋い顔をしたが、一応フレインにはフレインなりの考えがあるらしいことは理解して彼の腕を解放した。

「あなたが事情を理解した上で自分なりのやり方を通すつもりだと言うのであれば、私はこれ以上この問題に容喙するつもりはありません。しかし、そうであるのなら、今後一切カリスペイア様や他の女王陛下を巻き込むような事態だけは避けてもらいたい」

ごもっともなジェネスの意見に、反駁の余地は微塵も無い。フレインはジェネスが自分の考えを尊重してくれたことに満足して機嫌を直すと、「わかった」と短いながらもはっきりとした一言で彼の言葉に同意を示した。こうして二人の密談は円満な終わりを迎えたのだが、それで全ての問題が解決したかといえば、全くもってそんなことはない。フレインの口約束を信じて安心したジェネスが今度はQW内で彼に新たな交渉を持ちかけたのは、この二日後のことだった。その惨憺たる結果は先に本人が白状した通りである。これにはジェネスも失望を通り越して絶望したに違いない。それでこの話は終わりかと思うかもしれないが、実はそうでもない。メラネミアが見たと証言したフレインとジェネスの口論場面は、実はこの後、会議最終日の夕方に展開されたからである。


 定例会議では通常各国の現状を報告し合うだけでこれと言って話し合うこともないため、会議は予定より早く終わる。それでも一応会期終了までは現地に滞在するのが暗黙のルールになっているので、することがなくても勝手に帰国するわけにはいかない。その時も会議自体は三日で終了していたから、四日目は各人アーシス内で自由に過ごしていた。メラネミアはQW内の自国のメンテナンス作業を一通り終えると、室内に居るのは退屈で不健康だと感じて外へ出た。幸い天気も良かったので、暇潰しに市内へ出掛けることにする。どうせならフェルでも誘えば良かったかと城を出た後で思ったが、わざわざ戻って彼女を探すのが億劫だったので結局そのまま一人で街へ向かった。そうして宛もなく街歩きを楽しんだ後、夕立が来そうな空模様になったので慌てて城へ駆け戻った。歩き疲れたのでお茶でも飲んで一息つこうと思ったのに、お茶を入れる役目の騎士が部屋に居ない。自分で淹れたことはないけど、お茶くらい淹れられないはずはない。でも何か癪なので、下僕を探し出して働かせることにする。ちょうど雨が降り出した。嫌な天気だ。そう思いながらふらふら城内を歩いていくと、中庭に見知った人影を見つけた。フレインとジェネスだ。こんな天気の中、ずぶ濡れで外に突っ立って一体何をしているのだろう?気になったので階下へ降りて行き、二人の傍へ近付いてみる。何だか険悪なムードが漂っていると思ったら、案の定口論しているようなので、とばっちりを食わないよう回廊の太い柱の影に隠れて聞き耳を立てることにした。

「そちらが約束を反故にするつもりなら、こちらにも考えがあります」

睨み合って向かい合った二人の内、メラネミアから向かって左手に立ったジェネスがまず口を開いた。声音はいつもより少し強めで威圧的だ。彼がそんなに感情的になっているのはこれまで一度も見たことが無い。フレインは相当彼の癇に触るヘマでもしたのだろう。少々心配になる。

「言った通り、カリス本人は巻き込んでないだろ?冗談も通じないのかよ、この石頭!」

何の話かと思えばカリスペイアが関係しているらしい。途端に嫌な予感がしてきた。

「あなたが自分の過ちに気付いて態度を改めてくれることを期待しておりましたが、所詮は無理な相談だったようですね。それなら、メラネミア様のご要望通り、これからは私がメラネミア様にお仕えして彼女をお守りします」

カリスペイアの話だと思っていたら、今度は急に自分の名前が飛び出してきてメラネミアは混乱した。それに、「守る」とは一体どう言うことだろう?そう思いつつ更に耳をそばだてて、二人の会話に意識を集中する。彼女の盗み聞きを邪魔するみたいに雨足が強まり、雨音で二人の声がかき消される。あまつさえ雷まで鳴り始めた。これじゃあ全然聞こえない。痺れを切らしたメラネミアが遂に物陰から姿を現して直接二人を問い詰めようと思い至ったまさにその時、激怒したフレインの怒声が雷鳴さながらに辺りに響き渡った。

「そんなことしたらタダじゃ済まさねぇからな!」

捨て台詞のようにそう吐き捨てると、フレインはジェネスにくるりと背を向けて歩き出し、そのまま城内の何処かへと消えていった。ジェネスは彼の背中をしばし無言で見送った後、疲れ切った溜め息を一つ残してとぼとぼとその場を去った……。

「これは明らかな脅しよね?フレインがジェネスと何かでモメた結果、ジェネスを殺そうと考えたとすれば動機だって十分ある」

メラネミアは隣に座ったフレインには目もくれず、真っ直ぐに俺の方を見てそう明言した。彼女のこの話が真実なら、確かにフレインにはジェネスに危害を加える動機があったことになる。メラネミアがそれを知りつつもあえてこの事実を秘匿して口にしなかったのは、それでもまだあの救いようのない女たらしを信じて庇っていたからだろう。だがその最後の情けをフレインは自らの手で断ち切ってしまった。こうなるともう彼に味方する者は誰もいない。

「真実を聞こう、フレイン。メラネミアの主張に意義があるなら、この場で真実を述べて嫌疑を否定しろ。さもなければ、お前をジェネス殺害の容疑で拘束することになる」

遂にメラネミアにまで見捨てられて絶体絶命の窮地に陥った彼の絶望した姿は、自業自得とはいえ見るに耐えないほど気の毒で同情せずにはいられなかった。他のみんなもさすがに彼が可哀想だと思ったのか、何も言わずにただ彼を見つめていた。

「別に……もう、どうでもいいや」

やがて彼はぞんざいにそう言い捨てて顔を上げると、逮捕しろと言わんばかりに俺の前へ両手を差し出した。

「ジェネスがいなくなってせいせいしたのは事実だしな。そういうことでいいんだろ?」

一同はまだ緘黙している。俺はおもむろに席から立ち上がると、会議場の出入り口に立っていた城兵に目配せをし、捨て鉢になった容疑者の元へと歩み寄った。

「もう一度だけ聞く。真実を語らなければお前が犯人ということになるぞ。それで良いのか?」

フレインは俺を見上げると、

「上等だ」

どう見ても罪を自白した犯人には見えない顔で、挑発的に虚しい顔でにやりと笑った。


 本人が容疑を否定しない以上、このまま野放しにしておくことも出来ないので、俺は仕方なくフレインを地下牢へと連行した。久しぶりのゲストの到着に、暇を持て余していた看守さんがちょっと色めき立っている。

「フレイン。お前がやったんじゃ無いことはわかってるんだ。正直に真実を俺に打ち明けてくれ」

ぴかぴかに磨き上げられた鉄柵越しに懇願してみるも、意固地になった自称真犯人は全く耳を貸そうとしない。俺はこんな結末は嫌だ。誰が犯人でも構わないけど、俺はただ真実が知りたいのだ。誰かに罪をなすりつけて強引に幕引きをしたって何の意味も無いし、それでは事件が解決したことにはならない。

「わかった。それじゃあお前がジェネス殺害の犯人と仮定して聞くが、殺害の動機は何だ?どうやって彼を殺した?」

視点を変えて問いただしてみる。これで筋が通った話が出てくるなら、本当にフレインが犯人だと証明出来る。だがもし俺の予想通り彼が犯人でないのなら、彼の供述は支離滅裂になるはずだ。フレインは強気な姿勢を崩すことなくほくそ笑みながら俺の方へ顔を向けると、自信たっぷりにこう言ってのけた。

「動機は単純だ。ジェネスのヤツが、オレの代わりにメラの騎士なると寝ぼけたことをぬかしやがったからだ。それで、オレはカリスが夕食を食べている隙にアイツを中庭に誘い出して殺した」

なるほど動機はあり得そうだ。だが肝心の具体的な殺害方法については説明が無いな。

「お前がジェネスに怒りを覚えて殺意を抱くのは至極当然な成り行きだ。だが、その怒りに任せて彼を殺せば、罪の無いカリスペイアが道連れになることくらいお前にはわかっていたはずだろ?」

「頭に血が上ってたからそんな冷静に考える余裕なんてなかったんだよ!」

「じゃあ聞くが、ジェネスがお前の代わりにメラネミアの騎士になると言ったことに対して、何故お前はそんなに我を忘れるほど激怒したんだ?ジェネスはどうもお前よりずっと優秀な騎士のようだし、メラネミア本人も彼を自分の騎士にしたいと望んでいたのだから、何も問題ないじゃないか。その上、女王との契約が切れればお前は普通の人間に戻れる。そうなれば何処で何をしていようが誰からも文句を言われる筋合いがない。むしろ自由で気楽で良いだろう」

俺がこう切り返すと、フレインは悔しそうに顔を歪めて口を噤んだ。反論なんて出来るはずがない。今俺が言ったのは全て厳然たる事実だけなのだから。

「お前がメラネミアのことを特別に思っていて、それ故に他の男に取られたくないと思っているのは言わなくてもわかる。だが、それならジェネスを彼女から遠ざけるだけで十分なはずで、カリスペイアを巻き込んでまで殺す必要は無い。そうじゃないか?」

諭すような俺の言葉に、フレインは脱力してがくりと首を項垂れた。犯人だと主張する相手の自供を覆すなんて馬鹿げているが、これでもうフレインも自暴自棄になって無理やり自分を犯人に仕立て上げるなんて狂気の戯れはやめてくれるはずだ。

「お前は……オレが犯人だと思わないのか?」

沈んだ調子で顔も上げずにフレインが尋ねる。

「全く思わないな。もし本当にお前が犯人なら、現行犯逮捕されてるだろ」

わざと意地悪な言い方をしてやったが、本人は嫌味だと気付かなかったらしい。少しして彼は顔を上げると、「グッジョブ」と言って情けない笑みを零した。

「メラネミアだってお前がいなきゃ困るはずだから、お前が犯人だなんて本心では思っていないだろ。これに懲りたら冗談でも二度と余所見はしないことだな。今度はお前が消されても知らないぞ」

やっぱり出ていくのかと言わんばかりの悲しげな看守さんに気まずい苦笑いを返し、嘘つきの囚人を釈放して牢を出る。再び会議室へと向かう道中、話ついでにタリアの一件以降しばらく音信不通になっていた間どうしていたのか気になっていたので聞いてみることにした。すると、フレインは急に青ざめた顔になり、しばらくの間口籠ってから「うさぎ小屋で生活させられた」と、さも酷い拷問でも受けてトラウマになったみたいに大袈裟な口ぶりでぼそぼそ言った。何でそんなにうさぎが嫌いなの?続け様にそう聞いてやるつもりだったのだが、俺のおかげでやっと忘れかけていた恐怖を再び呼び起こされた彼は別人のように怯えて震え上がっていて、とてもじゃないが質問に答えられる精神状態ではなかったのでやむなく諦めた。一体うさぎに何をされたんだろう?謎は深まるばかりである。だがこれ以上この話題を続けると被疑者が半狂乱になって自殺しかねないので、うさぎは忘れて別の話題にすり替える。

「戻ったらまずはメラネミアに謝れよ。それと、もう二度と他の女性には手を出しませんって、みんなの前で誓え」

「手は出してねぇだろ?ちょっかいは出してるけどな」

揚げ足は取らなくてよろしい。良いから黙って言われた通りにしてメラネミアに機嫌を直してもらえ。

「大体な、ステラ。オレがいろんな女の子に声をかけてるのには、ちゃんと理由があるんだ」

「ほう。どんな大義名分だ、それは?」

「メラがオレに本気になりすぎてヤケドしないためだ」

「……何だその手前勝手で自意識過剰な言い草は?今まで聞いた中では断トツで最低だぞ。もはやメラネミアに対する侮辱にすら聞こえる」

「ま、女に縁が無いステラには一生わからねぇだろうな」

くそ。調子を取り戻したら途端に生意気になりやがって。今度会う時はプレゼントに大量のうさぎを贈呈してやるから覚悟しておけ。

「そういやこの際だからはっきりさせておきたいんだけど、お前とメラネミアは恋人同士なんだよな?」

何故かこう聞くとみんな全否定して笑い飛ばすんだが、フレインが他の女性を口説くと烈火の如くメラネミアが怒るというのは明らかに嫉妬してのことだとしか考えられない。なんだかんだ言ってフレインの方もメラネミアを意識した言動が多いし。直球の質問を食らったフレインは「なんでそんなこと聞くんだよ?」とすまし顔で問い返してきたが、こちらに顔を向けて目を合わせないところを見ると少なからず動揺しているらしい。別に真相はどっちでも良いんだよ。ただ、どう見てもカップルにしか見えないのにみんなが違うと異口同音に主張するものだからもやもやするだけだ。もしカップルじゃないなら何なのかはっきりしてくれると助かる。

「そうだな。オレとメラはー……」

言いかけて、フレインは急に足を止めると、俺の方へ振り向いた。

「秘密の関係ってヤツ?」

したり顔で言ったフレインを前に、俺の中で何かが急激に冷めていくのを俺は感じた。

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