第2話 ロカール侯爵家
「ソワイエ嬢はこちらのお部屋をお使いください」
「ありがとうございます! カーダイル様」
レイが部屋へと案内すると、ミリーは愛らしい笑顔で優雅にお辞儀をした。騎士服を着ているが、ドレス姿なのかと錯覚するほどだ。
レイはゆっくり瞬きをすると、胸に手を当ててミリーに告げた。
「私のことはレイとお呼びください」
「かしこまりました、レイ様! わたしのこともミリーとお呼びください」
ミリーは元気に返事をすると、部屋に入る。そして扉という扉を開けて中を確認していった。
「……この部屋は好きに使っていただいて構いません。が、ミリー嬢、何をされているのですか?」
扉を全て開け終えたミリーは、今度は壁や床を叩いたりしている。動揺を隠し、レイは落ち着いた声でミリーに訊ねた。
「あ、すみません! つい癖で」
えへへ、と拳を頭につけたミリーをレイは呆れた顔で見たが、ミリーは気づかない。
(変わったご令嬢ではありますが……さていつまでその笑顔が続くやら)
このロカール侯爵家に人がやって来たのはいつぶりだろう。レイがすっかり少なくなってしまった屋敷の使用人を思い浮かべていると、ミリーが床に置いていたトランクを移動させ始めた。
「荷物はそれだけですか?」
レイは驚いてミリーの持つトランクに目をやった。そういえば使用人がミリーの荷物を運ぶようなことはなかったことに気がつく。
「はい! 最低限の着替えがあれば充分ですので。あ、あとで洗濯場を教えていただけますか?」
「……あなたがご自分でやられるのですか?」
「? はい」
目を大きく見開いたレイに、ミリーはどうして当たり前のことを聞くのかと言いたげな顔で首を傾げた。
「伯爵家のご令嬢がご自分で洗濯を?」
「? はい。よく兄と修行に出ますので、炊事洗濯、身の回りのことは自分でできるよう、叩き込まれてきました!」
えへへ、と内容にそぐわない愛らしい笑顔で話すミリーに、レイの額に皺が寄っていく。
(ソワイエ伯爵一家が脳筋だという噂は本当のようですね。ミリー嬢の実力はわかりませんが……お飾りの剣ではないと?)
ミリーの腰に下がる剣を見て、レイがふむ、と考え込む。
「レイ様も考え込むと入り込んじゃうタイプなのですね」
ミリーが声をかけていたが、レイには届いていない。顎に手をかけ黙り込んだ。
「この部屋は侯爵様の私室に近いのかしら? 仮眠を取るにしてもすぐに動けないと」
そんなレイを置いて、ミリーが部屋の扉を開けて廊下を確認する。
「ミリー嬢!? 勝手に動き回られては困ります!」
自身の思考の波から帰ってきたレイは、慌ててミリーを呼び止めた。
「えっ……でも、侯爵様をお守りするのに屋敷内を把握しないといけません」
(アルフィー様はミリー嬢を追い返すわけにいかず、仕方なく滞在を許されましたが……好き勝手させるのも……どうしたものでしょう)
ぽかんとしたミリーと、眉間に皺を寄せたレイが見つめ合うこと数秒――ミリーのお腹がぐう、となる。
「あっ……」
お腹を押さえ赤くなるミリーに、彼女も普通の令嬢なのだとレイはほっとした。
「……少し早いですが、夕食の準備をさせます。ミリー嬢もご準備を」
「準備?」
「……まさか、その格好で食事へお越しにならないですよね?」
きょとんとするミリーに、レイが疑わしい表情を向ける。
「任務中は動きやすいこの騎士服で過ごしておりますので」
騎士服の胸元に手を置きミリーが主張するので、レイは呆れた表情になった。
「由緒あるロカール侯爵家の晩餐の席にそのようなお姿では……。それにソワイエ伯爵家のご令嬢ともあろう方がドレス姿ごときで任務に支障が出るとでも?」
「わかりました。では、着替えて伺います」
レイの嫌味にミリーはにこっと笑って答えた。
(さすがソワイエ伯爵家のご令嬢。このくらいの嫌味、笑って受け流しますか)
「リゼ――」
レイが手を上げ、口を開こうとしたと同時に、ミリーが部屋の扉を開けた。
「「なっ!?」」
扉の前にはシルバーアッシュの髪をお団子にまとめ、この屋敷のお仕着せを着たメイドが立っていた。
レイとそのメイドはミリーの行動に驚き、固まる。
「まあ、レイ様と同じ髪の色と瞳。お二人はご兄妹ですか?」
「……いや、彼女はいとこです」
にこにこと顔を向けてきたミリーに、レイはハッとして答えた。
「そうですか。カーダイル家の方は代々ロカール侯爵家にお仕えされていますものね」
「……ご存知でしたか」
まさか脳筋一家の令嬢がカーダイル家のことを知った上で、メイドの見目からレイと親族だと結びつけるとは思わなかった。レイは内心驚きながらも、表情を崩さずにいとこであるメイドへ目配せした。メイドは頷くと、一歩前に出て頭を下げた。
「リゼ・カーダイルと申します。母はメイド長として領地でご奉仕しております」
「リゼ様! わたしは、ミリー・ソワイエと申します。どうしてこの部屋に?」
にこにことリゼの手を取り挨拶をするミリーに、レイは淡々と答えた。
「あなたのお世話をリゼがいたしますので、何なりとお申し付けください。まずはお召し替えのお手伝いを」
「まあ!」
レイの話になぜかミリーが瞳をキラキラとさせる。その反応にレイとリゼは首を傾げた。
「わたしに人を付けてくださるなんて、やっぱり侯爵様は優しいお方ですね!」
「やっぱり?」
「優しい?」
ほわほわと笑うミリーに二人はますます首を傾げた。
(ご令嬢ならばメイドの一人や二人、常に付いているでしょうに。……ソワイエ家、やはり謎の多い家ですね。アルフィー様が警戒なさるのも納得です)
のほほんと笑うミリーに得体のしれなさを覚えたレイは、警戒を強めることにした。
* * *
(すごい! ソワイエ家は何をするにも修行だからと、個人にメイドさんが付くことはないのに! さすが侯爵家だわ!)
警戒するレイとは反対に、ミリーは高待遇だと感動で笑みを深めていた。
そこに、ぐうう、とまたミリーの腹が鳴る。
「あ……」
「ではお召し替えをお手伝いいたします、ミリー様」
「は、はい……」
ミリーが顔を赤くして俯くと、リゼがくすりと笑って促した。
「ではリゼ、頼みましたよ」
「はい」
二人で見合って頷くと、レイは部屋を出て行った。
リゼは単にミリー付きのメイドを任されたわけではなく、監視する役割も担っているらしい。二人の動きと空気をにこにこと見ながらもミリーは悟る。
アルフィーへの忠誠心が深いこの二人は、主がミリーを警戒しているのに従い、動いているのだ。
(うん、このお二人は大丈夫)
ほわほわと考えていると、ミリーは重大なことに気がついた。
(あ!? でもドレスを持ってきていないわ!)
リゼが着替えを手伝おうとミリーの後ろで控えている。
どうしようとミリーが頬を両手で覆ったところで、慌てた様子のレイが戻ってきた。
「ミリー嬢!! お、王太子殿下からお届けものです!」
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