第13話 本領発揮

(えっ!? 僕、ミリーに抱きかかえられているのか!?)


 驚きと恥ずかしさでアルフィーの思考が停止する。


「……侯爵様、じっとしていてくださいね」


 ミリーのぴりっとした空気に、アルフィーにも緊張が走る。


「女……邪魔をするな」


 アルフィーたちはいつの間にか部屋の中へ入っていたらしい。扉の前で男がナイフを掲げるシルエットが見えた。


(もう煙が……)


 握りしめていたハンカチを口に当てる。


「第二王子こそが、この国の王に相応しいのだ!」


 やはり男は第二王子派の人間だった。火をつけたのもおそらくこの男だろう。


「第一王子を補佐するその男は、この国にとって邪魔なだけだ! 引き渡せばお前だけは助けてやろう」


 どんどんと煙が部屋に入り込むと、アルフィーにも焦りが募る。


「ミリー、僕のことは……」

「侯爵様はこの国に必要な方で、わたしが絶対に死なせたりしません!」


 きっぱりと宣言したミリーに、アルフィーは目を瞬く。


「侯爵様? 大丈夫ですからね」

(どうやら僕は、まだミリーのことを見くびっていたようだ)


 笑顔を向けたミリーに、くっと笑い声が漏れる。


「じゃあ、侯爵もろとも死ねええええ!」


 煙を払いながら、刺客が突っ込んで来た。


「あれは……!」

「魔道具、ですね」


 男が手にする道具からは強い風が放出され、煙を薙ぎ払っていた。


(どういうことだ? 魔道具はラヴェン王国の独占事業。第二王子でさえ手に入れるのは難しいだろう)


 ラヴェン王国は錬金術が盛んで、彼らが作る魔道具で人々の暮らしは便利になっているらしい。

 トルデシアへの輸入は、王太子の肝入りの案件で、王女との結婚準備と同時に行われていた。

 王太子と関わりのあるアルフィーとミリーは、それを見たことがあった。

 王族といえど、第二王子が手にできるものではない。ましてや一介の貴族では無理だ。


「……隣国の貴族と結びついている貴族がいるって本当だったんだわ」

「え? 今、なんて……」


 ぼそっと呟いたミリーにアルフィーが問いかけようとしたが、すぐに素早く移動する。


「このおおお!」


 先ほどまで立っていた場所に、刺客が突っ込んで来ていた。


(何だ?)


 それからもミリーは、刺客の攻撃をことごとくかわした。まるで、相手の動きがあらかじめわかっている、、、、、、かのように。

 隣に続くベッドルームに逃げ込むと、ミリーはアルフィーを床に下ろした。

 部屋の鍵を閉め、ベッドを横にずらす。


「なあミリー」


 頭に浮かんだ仮説を確認しようとアルフィーが呼びかけたところで、ミリーが床をべりっと剥がした。


「な!?」

「脱出シュートです。侯爵様のお部屋は三階なので、経路を確保しておきました」


 床下は人一人通れるくらいの穴が空いており、緩やかな傾斜になっている。出口は見えない。


「君なあ……人の屋敷に勝手に……」


 驚きと呆れで溜息をつくアルフィーに、ミリーが頭を下げる。


「すみません。ルーク様には秘密裏に、護衛に関する全ての権限を許可されていましたので」

「王太子殿下が……」


 二人の関係が秘密の恋人だと聞かされたままだった。アルフィーの胸がずきんと痛む。


「王宮からの使いが怪しいとあたりをつけていたのですが、証拠が掴めなくて……とりあえず屋敷の構造の把握と、侯爵様を逃がせる脱出ルートは何ヵ所か作っておいたんです」

「他にもあるのか!?」


 自分の知らない情報に色々と突っ込みたいが、ミリーが屋敷を毎日巡回していたのには意味があったらしい。

 改めて、護衛としてのミリーの能力に驚かされる。


「ここかあ!」


 ドンドンと部屋の扉が叩かれる。


「侯爵様、早く!」

「あ、ああ」


 ミリーに促され、アルフィーは床下に足を入れる。


「君も後から続くんだよな?」


 振り返るアルフィーに、ミリーはにっこりと笑った。


「侯爵様、下でレイ様が受け止めてくださいますからね」

「は?」


 トン、とアルフィーの身体がミリーによって押される。


「――っ、ミリー……っ!」


 脱出シュートの傾斜は緩やかながらも、アルフィーの身体はあっという間に下へと滑り落ちていった。


「さて」


 自分を呼ぶ声が遠ざかるのを確認し、急いで床下に蓋をすると、ベッドを元の位置に戻す。

 ガアン、と大きな音を立て、扉が破られる。


「女……侯爵をどこへやった」

「さあ、どこでしょう?」


 うろんな目でこちらを見る刺客に、ミリーはわざとらしく笑って答えた。


「まあいい……言いたくなるように、可愛がってやる」

「可愛がってくださるのはお兄様たちだけで充分ですわ」

「うおおおおお!」


 男の攻撃をかわし、寝室から隣へと移動する。


(脱出シュートから引き離さなきゃ)


 廊下に続く扉に手をかけると、すぐそこまで火が迫っていた。


「このままだと俺と心中だぞ? 脱出ルートがあるんだろう?」


 ベッドルームから出て来た刺客がミリーの前に立ちふさがる。


「ええ? そんなものがあるんですか?」


 あくまでしらをきるミリーに、刺客が舌打ちをする。


「まあ、いい。ソワイエ家から護衛が派遣されると聞いて策を要したが、まさか女だったとはな。第二王子殿下のためにソワイエ家も邪魔だからな。兄たちには手を出せないが、妹のお前を始末すれば隙ができるかもしれん。そうすればあの方もお喜びになるだろう」


 にい、と気味の悪い笑みを浮かべ、刺客がナイフを構えた。


(女と侮られるのも悪いことばかりじゃありませんね)

「おい、聞いているのか!」


 ふむ、と顎に手をかけ考え込むミリーに、刺客が苛立ちを表す。


「聞いていますよ。ふふ、あなたには『あの方』というのが誰なのか白状してもらいましょうか」

「なっ!?」


 いつものように、ふんわりと笑いながらも、ぽきぽきと手の指を鳴らす。

 ナイフを持つ自分とは違い、相手は丸腰、しかも女だ。そう思うのに、えも言えぬ恐ろしさで刺客からは汗が噴き出した。本能が「この女は危険」だと言っている。

 しかし気づいたところで遅かった。ミリーが逃げ回っていたのはアルフィーを逃がすためで、それが達成された今、彼女を遮るものはなかった。


「ま、待て……っ」


 許しを請おうとした刺客の声がミリーに届くことはなかった。

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