第23話 ドロシアの告白
「ごきげんようっ!」
両手を大きく振って大股で歩きながら俺の近くまで寄ってきたドロシアは、口を尖らせてこちらを睨みつけながら丁寧な挨拶をしてくる。
「ご、ごきげんよう……」
それはどういう感情の元に発せられる挨拶なんだ。
「えっと……き、奇遇だねぇドロシアちゃん。僕はちょっと忙しいからこれで――」
「待ちなさいッ!」
俺は居た堪れなくなってその場から逃げ出そうとしたが、ドロシアに腕をがっしりと掴まれて引き止められてしまう。
「いっ、痛いよドロシアちゃん。手を離してくれないかな?」
「待ってよ……」
「へ……?」
すると今度はびっくりするくらい弱々しい声で引き止めてきたので、俺は思わず動きを止めてしまう。
怒ったりシュンとしたり、情緒が不安定すぎるぞ。怖いからもっと落ち着いてくれ。
「認めるわ……あなたの勝ちだって。――この私を負かしたヒトは……あなたが初めてよ」
それ、もはや悲しきモンスターのエピソードだぞ。
「ドロシアちゃん……」
そういえば原作だと悲しきモンスターだったわ。
「どうして……逃げようとするの?」
俺が困惑して何も返事をせずにいると、今度はそう問いかけてくる。
「私のこと……そんなに嫌いかしら?」
「…………」
思わせぶりな目でこちらを見つめてくるドロシアの顔は、まるで恥じらう乙女のように赤かった。
「話すのもいや……?」
これに対しては満面の笑みで「うんっ!」と答えるのが通常のアラン・ディンロードではあるが、流石にそれをしたらまずいことは理解できている。
闘技場で喧嘩になった時の経験が生きたな。
「そういうわけじゃないよ。……ただ、僕の方が嫌われてるんじゃないかと思ってね」
「だったら話しかけたりしないわよっ!」
「えぇ……?」
急に怒鳴られたんだが……。
「ばか、どんかん、わからずや……っ!」
「結局のところ僕を罵倒しに来たってことでいいかい?」
毎日コレの相手をさせられるレスターも大変だな。
「……ちっ、違う……っ!」
怒っているのかは不明だが、いよいよドロシアの顔が赤くなりすぎて茹で上がってしまいそうである。
「じゃあなに? 引きとめたってことは、僕に何か用事があるんだろう?」
「ある……」
「それを教えて欲しいな」
俺が言うと、ドロシアは俯いたまま黙り込んでしまった。
やれやれ、聞き出すのも一苦労である。もしかして、人が多いと言いづらいことなのだろうか?
「……ここに立ち止まってても他の人の邪魔になっちゃうし、場所を移そうか」
「うん……」
やけに素直に頷いてくれたので、俺は掴んだままになっているドロシアの手を引っ張って広場から離れるのだった。
*
「さてと、ここならいいでしょ?」
良さそうな場所を探して歩き回った末に、街を一望できる見晴らしの良い高台へと辿り着いた俺は、再びドロシアの方へ向き直る。
「すっ、すてきな場所だと……思うわ」
「ん、そう……?」
なんだか言葉選びがらしくないな。文句の一つでも言ってくると思ったんだが。
「ここなら、話してもいい…………」
「じゃあ教えて」
ドロシアは一度俺から顔をそらし、街の景色を眺めながら深く深呼吸する。
「……すーっ……はぁ」
そして、何やら決心した様子で向き直りこう前置きした。
「一回しか言わないからっ、ちゃんと聞きなさいよっ!」
「うん、分かった」
とことん
「………………」
俺が口を閉じて必死にあくびを堪えていると、ドロシアは大きな声で言った。
「わ、私をっ! あなたのお嫁さんにしなさいっ!」
「……ん?」
それはつまり……どういうことだ?
「あ、あのねっ! 私……結婚するなら自分より強い男の子が良いって……前から思ってたの……」
「はい?」
「私は……その、家柄も悪くないし……振る舞いだってもっとお淑やかになれるよう頑張るから……許嫁としては申し分のない相手だと思うわっ!」
「うん?」
もしかしてこれ、告白されてる?!
「せっ、責任……取ってよ……」
「えーーーーーーーっ!?」
あまりの衝撃に俺は絶叫した。
「……嫌なら……そう言って」
上目遣いで俺のことを見ながら、小さな声で不安げに呟くドロシア。
……少なくとも、前世の俺は好きだの何だのといったやり取りが非常に苦手だった。とても硬派な男だったからな! 嘘じゃないぞ!
――しかし、今はアラン・ディンロード。
「……嫌じゃないよ、ドロシアちゃん。僕は情熱的な女の子が大好きなんだ」
「ふぇえっ?!」
それまで微塵も思っていなかった台詞が、スラスラと出てきた。
「むしろ一目惚れさ。初めて会った時からずっと可愛いと思ってたよ! だから嬉しいなぁ」
さっきまで心の中でドロシアのことをあんなに貶していたのに! 野蛮な猿だとか悲しきモンスターだとか思ってたのに!
今の俺、すげぇクズだ……!
「そ、それじゃあ……!」
「うん。大きくなったら結婚しようかドロシアちゃん――約束だよ」
「…………っ! ーーーーーーッ!」
目を大きく見開き、声にならない声で叫んで喜ぶドロシア。
「今日のお祭り、どこを見て回りたい? 初めてのデートなんだからドロシアちゃんの好きな所にしなよ」
「う、うん……っ!」
――勝手に出てくる言葉をそのまま喋っていると、俺はいつの間にかドロシアとデートすることになっていた。
アラン・ディンロード……なんて恐ろしいヤツなんだ!
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