第13話 儚げな美少女(♂)


 レスター・ホロウズ。それは、優秀な魔術師の家系に生まれた氷魔法の天才だ。


 この場にはいないが、双子の姉のドロシア・ホロウズは火魔法の天才である。


 しかしその強力すぎる力に目をつけられ、魔王を崇拝する『影の教団』という組織に攫われてしまうのだ。


 教団の人間からは「両親に売られた」と嘘を教え込まれて凄惨な虐待を受け続けたことで二人は精神が壊れてしまい、最終的に全てを憎むようになる。


 そして、悍ましい儀式の末に無理やり魔石を取り込まされ、姉弟そろって全てを憎悪する魔人に成り果ててしまうのだ。


 そう……そろって。


 肝心なことを言い忘れていたがレスターは男の子である。確かホロウズ家には「十二歳になるまでは魔除けの為に男児でも少女の格好をしなければならない」という決まりがあるのだ。


 双子の美少女かと思いきや片方は少年。教団に拐われた後も少女の格好をすることは強制され続けていた様子なので、どのような仕打ちを受けていたかは想像に難くない。


 実に業が深いキャラだと言えるな!


 ……ちなみに、魔人となった彼らが最初に殺したのは、ずっと二人のことを想って探し続けていた両親だった……という、どこまでも救いがないオチまで付いている。


 ――そんなこんなで、最終的には二人揃って主人公パーティに討伐されるのだが、その後で上記のエピソードをやたら詳細に語られ、無駄にもやもやした気分にさせられる。


 鬱展開の多い『ラストファンタジア』の中でも、屈指の胸糞イベントといって差し支えない。


「お、お願い……します……。その子は……関係ないんですっ……」

「うるせーんだよ! お前は黙ってろ!」


 ただでさえこの先不幸なことしか待ち受けていないのに、現時点でいじめられっ子とは。どこまで不幸体質なんだ。


「……まったく。人のことをいつまでも蹴ったり殴ったりするのはやめて欲しいな。キミ達には人の心というものがないのかい?」

「い、いきなりなんだよ。すましやがって……!」


 忘れかけていた胸糞エピソードを思い出したせいで不愉快な気分になった。八つ当たりしよう。


 相手を傷つけなければ失格にはならないだろう。たぶん!


 ちょうど今、面白い魔法を思いついたところだ。


 勉強をしていて分かったことなのだが、魔術というのは意外と応用が効くものなのである。


 例えば水属性の水弾ウォーターボールと土属性の土壁アースウォールを混ぜ合わせれば、こんな魔法を放つことも可能だ。


泥撃マッドブラスト

「――は」


 悪ガキその一の頬を掠めた泥の塊が、背後の壁を派手にえぐり取る。


「あ、ああ……!」


 自分の頬を伝う泥を血と勘違いして、その場で腰を抜かす悪ガキその一。生成した水の塊に赤い土を混ぜてあるから、効果はてきめんだ。


「うそだろ……」

「こ、ここのっ、かべっ、あ、穴なんてあいてたっけ……? あ、あはは……」

「僕が今あけたんだよ」


 沈黙が辺りを支配する。


「外しちゃった。当てるつもりだったのに」


 俺は、悪ガキどもに向かってわざとらしくそう言った。


「ば、ばばばば、ばけもの……!」


 放心状態で呟く悪ガキその二。


「心外だなあ」


 俺は右手で二発目の泥の塊を生成しながら、ぐるりと周囲を見回した。


「そそそっ、そんなの当たったら……死んじゃうよぉ!」


 泣き叫ぶ悪ガキその三。だが今度のやつは無詠唱な上に威力もかなり抑えてあるから、当たっても無傷だ。水鉄砲で撃たれたくらいの衝撃しか感じないだろう。……おそらく。


「お、お前っ! 人殺しになりたいのかッ!」

「骨まで残さず消し去れば誰にもバレないから安心して!」

「う、うわああああああああッ!」


 怖がらせすぎたのか、悪ガキのうちの一人が泣き叫びながらその場を逃げ出す。


「ま、待てっ! うわああああっ!」

「おいてかないでえええええええっ!」

「びええええええええんっ!」

「ぎゃあああああああああっ!」

「ごめんなざいいいいいいいいいッ!」


 すると、他の悪ガキ達も次々と逃げていった。


「あれ? どこ行くのみんな?」


 俺は、逃げる子供達の背に次々と威力控えめな泥撃マッドブラストを撃ち込んでいく。


「ぎゃっ!」「うぐっ!」「ひっ!」「うわああああっ!」


 攻撃されたショックで、その場に倒れ込み意識を失っていくガキども。


 いじめられっ子を助けるという大義名分の元に弱者をいたぶるのは楽しいぜ!


「待って、逃げないでよ! あはははははははっ!」


 ……背筋がゾクゾクする。


 そうか。俺が今まで修行を重ねてきたのはこの瞬間の為だったんだな!


「これで分かっただろう? 弱い者いじめは楽し――いけないことなんだ!」

「ごめんなざいいいいいいいいっ!」


 号泣しながら謝ってくる悪ガキ達。……だが、俺に謝罪されても困るな。


「謝るならさっきまで虐めてたその子に――」

「もっ、もうやめてくださいっ!」

「え……?」


 弱い者いじめで絶頂しかけていたその時、ぼろぼろのレスターが俺の前に立ちはだかった。



「ぼ、ボクはもう……大丈夫ですからぁ……っ!」


 自分を足蹴にしていた奴らを庇うとは、とんでもないお人良しだな。


 ……でもおかげで我にかえったぜ。闇落ち回避といったところか。


「ひいいいいいいいいいっ!」


 その隙にばたばたと逃げていく悪ガキ達。


「逃しちゃった」

「えっと、その……でも、助けてくれてありがとうございます……」

「気にしないで、レスターくん」

「え……? ボクのこと……どうして知ってるんですか……?」


 するとその時、レスターが上目遣いで問いかけてくる。


「………………さあ?」


 水色の髪に青い瞳を持ち、フリルの付いた服と真っ白なロングスカートを身に纏っている華奢で儚げな美少女……もとい美少年。


「もうっ、はぐらかさないでください……!」


 確かに、絶妙に嗜虐心をそそるかもしれない。


 ――思えば、虐めてた奴らは呼吸がやけに荒くて妙な雰囲気だった。


 彼らはあの歳で性癖を滅茶苦茶にされてしまったのだろう。かわいそうに。


「……もしかして、前に会ったことありましたか?」


 まずい。いきなり名前を呼んでしまったせいでものすごく不審に思われている。適当にはぐらかさなければ。


「どうでもいいじゃん、そんなこと」

「よ、よくありません……っ!」

「そう言われてもなぁ…………」


 どう答えようかと迷っていたその時。


「こんな所に居たのね、レスター!」


 通路の先から少女の声が響いてきた。

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