1-2 元ヒモ男はイラストレーターとしてのやる気を得ました

それから数日が経過した。


「くそ……くそ……」



俺は近くの農家で購入した生の肉を食べながら、窓の外を眺めていた。

あの「寝取られ事件」の後、俺は居候していた彼女の家を追い出されたため、近くにある集合住宅に居を構えることとなった。


その様子を周囲の事務員やクリエイターたちは、少し引いた様子で眺めていた。


無論俺の態度に対してというのもあるが、獣人以外の種族は、特別な処理をされたもの以外、生の獣肉を食べることが通常ないためだろう。


正直俺も、生の肉よりも加熱処理した肉の方が好きだ。だが、



(昔は……あいつが作ってくれていたのになあ……)



俺の彼女……いや、今は元カノだが……のヒューラは、毎朝俺のために弁当も作ってくれた。

材料費はさほど高くないものばかりだったが、獣人の俺の口にも合うようなレシピを作って『いつか有名なイラストレーターになってね』と言ってくれていた。



お礼代わりに俺は「ああ、俺はいつか有名になるからな!」と適当に言ってやっていた。それだけで彼女はいつも喜び、自身の貯金を切り崩して、俺を養ってくれた。


……だが、そんな優しかった彼女はもういない。料理をしない俺は、こうやって生肉を齧るしかない。



「おい、最近どうしたんだ!?」

「え? ああ……」



食事の後ぼーっとしていると、俺は上司のニルセン課長からそう怒鳴られた。

俺の事務所はノルマのない歩合制ではあるが、一応居候している身である以上「目標」という名で、ある程度の仕事を取らないといけない仕組みになっている。


そしてニルセン課長が俺たちの管理者と言うわけである。


「聴いてんのんか、イグニス!」



ニルセン課長はリザードマンであり、その気質からか、いつも暴力的な言動をしてくる。

元々まじめに仕事をする気が無い上に、同じ戦闘を好む種族である獣人の俺のことは、よく目の敵にしてくる。



「あのなあ! この事務所だって水道や暖房に金使ってるわけ! お前、分かる?」

「は、はい……」

「だからな。お前がここに居るだけで金かかるわけなの! なあ、分かる?」

「あ、はい……」

「つーわけで、少しは仕事取って来いよな? そうじゃなきゃ、同僚たちに迷惑がかかるんだからな!」



そんな感じで、いつものような罵倒と叱責がまた30分以上続いた。



その為、まじめに仕事をしない俺はよくニルセン課長から怒鳴られ、時には暴力まで振るわれる。



どうして俺ばかり、こんな目に遭うのだろう。

俺はその理不尽さに泣きたくなった。……だが、また泣くとニルセン課長に怒鳴られるので、必死に我慢することにした。



「とにかく、イグニス。お前はもっと働けよ? つーか、お前みたいに才能あんのにやる気ないのが許せねえんだよ、俺」

「すみません……分かりました……」

「ったく……。ほら、今月の分だ。有難く思えよ?」



今日は給料日であり、いかにパワハラ上司であろうとも給料の※遅配を行うことは許されない。一応俺も多少はクーゲルのお手伝いと言う形で仕事をしているので、給料はわずかだが支払われる。


(※イグニスのギルドでは、給料はすべて上司からの手渡しで行われる)



もっとも、その給料は金額にすると、一回の飲み代にもならないだろうが。



(はあ……折角もらったのになあ……)


本来であれば、この金は俺のギャンブルと酒代に使う予定だった。……だが、俺はご主人様から『給料を渡すように』と命令を受けている。


そのため俺は、その金を使うことはせずに、元カノとなってしまったヒューラの家に向かった。





「やあ、労働奴隷のイグニス。久しぶりだね」

家に着くなり、俺からヒューラを『催眠アプリ』で寝取ったご主人様、リマはニヤニヤと醜悪な姿を見せてきた。



「どうだい、ボクの性奴隷1号は? 可愛いだろう?」

「フフフ、ご主人様。もっと私を褒めてください?」



そう言う隣にいた俺の元カノは昨日よりセクシーな下着姿をしていた。

いつでもリマがセックスできるように、そしてリマを常に興奮させるようにと言う理由なのだろう。


「よしよし、ご褒美をあげようか」

「ありがとうございます、ご主人様!」


そう言いながら、ご主人様は俺の前で濃厚なキスをしはじめた。

それを見た俺は、屈辱に顔を歪ませる。



「それじゃ、出せよ、金」

「はい……」



俺は大して重くもない袋を取り出し、ご主人様に見せた。

だが、ご主人様は不満そうな表情を見せた。



「なあんだよ、これっぽっちか?」

「はい……」


「ああ、うちの屑カレはいつもまじめに働かないんですよ。一度、ガツンと言ってやってください、ご主人様」


「うひひ! そういうのはキミの口から言わないと、ね?」

「はあい!」


そう言うとヒューラは、真顔になって俺のことを睨みつけてきた。



「この口ばっかりの屑カレ! 少しはまじめに働かないの?」

「ぐ……」

「いつもいつも、私にばっかり家事を押し付ける癖に、ろくに仕事しないで、その稼ぎも全部自分のためにしか使わないし!」

「うう……」

「それに『いつか有名なイラストレーターになる』って言って、もう3年よ? 全然あなた、仕事取ってこれてないじゃない!」

「ご、ごめん……」


「ご主人様の性奴隷になれて、私は幸せなのよ! この生活を少しは支える気がないの? まったくもう、このゴミ!」




まるで『催眠アプリのせいではなく、本心から言われているような』気持ちにさせられるほどの迫真の演技で、彼女は俺をなじってくる。



ご主人様は、俺に対して直接罵倒せずに常に彼女に言わせてくる。


その方が、俺が苦痛に苦しむから、と言うのが理由の一つ。

もう一つは、ご主人様は「女には強く出れるが、男には臆病になる」タイプの人間だからだろう。


その証拠に、ご主人様は俺が目を伏せているときにしかこちらを見ようとしてこない。

まったく、みっともない人だ。



そしてご主人様は少し考えたあと、こうつぶやく。



「そうだ、お前の絵、見せてみろよ?」

「え? ……はい」


そう言われ、俺はポケットから、先日思い付きで描いたイラストを見せた。

ご主人様はそれを見るなり、フン、と笑って見せた。


「なんだよこれ、レベル低いなあ……。これだったら、ボクの世界のアマチュアの方がずっと上だねえ」

「流石ご主人様! 審美眼が優れていらっしゃいますのね!」


何かにつけて、元カノはご主人様をほめちぎる。

これはご主人様の自尊心の低さが原因だろう。

ご主人様は少し呆れたようにすると、また黒い板を俺に見せつけてきた。



「けどまあ、お前なんかでも、頑張れば仕事の一つや二つ、もらえんだろ? お前が働かないと、ボクが美味しいご飯食べられないじゃないか?」


そして黒い板がまた、怪しく輝く。




「暗示をかけるよ? 『お前はこの先、イラストレーターの仕事が楽しくてたまらなくなる』。……これでいいね?」





そしてまた、キイイイン……と、頭の中に何かを刷り込まれるような気がした。

そしてヒューラは、俺を心底見下したような表情でつぶやく。



「そうそう。分かった、屑カレ? あんたはこれから、ご主人様のために必死で勉強するのよ?」

「ぐ……」

「もう、あんたの口先だけの夢は聞きたくないの。……あんたは本当に、有名なイラストレーターにならないと、いけないのよ? わかった?」



そう言われた瞬間、俺はがっくりと心が折られるような気がした。

もう、俺が夢を語るだけでは彼女は喜んでくれないんだ、ということがはっきり分かったからだ。



「ウヒヒヒ! もっとボクと性奴隷1号ちゃんの愛の語らいを見せてやりたいけど、今日は勘弁してやるよ。ほら、これ」



そう言われて俺は先ほど手渡したイラストを見せてもらった。



「うわ……」

それを見た瞬間俺は、羞恥に悶えそうになった。

……そのイラストのクオリティのひどさにだ。




(なんだ、これ……俺、こんなひどい作品を人に見せていたのか……)




「うわ、うわあああ……」

「何泣いてんのよ、キモいわね。……あ、ひょっとしてご主人様の催眠のおかげ?」

「まったく恥ずかしいよね。ボクにこんな駄作見せるなんてさ?」

「ええ。……こんなゴミ放っておいて、ご飯にしましょ? その後はたっぷり私を可愛がってください……」

「うん! 元の世界の女さんに出来なかったこと、全部やってやるから楽しみにしててね、性奴隷1号ちゃん?」

「うわあ、楽しみ!」



そんな声が聞こえたが、今の俺にとってはそんなことはどうでもいい。




(こんな作品じゃだめだ! 俺は、なにやってんだ、バカ野郎!)




俺はそう思いながら自室に向けて全力で走り出した。

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