閑話#9 神子は神に愛されている

 この回は会話が少なく、ほぼモノローグというか、語りばかりなので、退屈かもしれません。

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 ここは、椎菜たちが住む場所とは違う、別の場所。


「うぅむ、今時の子らは信仰心という物がないのか……」


 そこでは、一人の女性がどこか寂しそうで、残念そうな顔をしながら下を見ていた。

 下、とは言っても物理的なことではなく、下界のことである。


「我が領域が寂れて久しい……はぁ、こうも寂れていると、虚しくなる」


 この女性は、言わば神である。

 神、とは言っても、創造神のような格の高い存在ではなく、いわば土地神に近い。

 まあ、そこらの土地神よりも強い神格を持ってはいるが……今では、自身の神社に参拝しに来るものがおらず、少しずつ……ほんの少しずつではあるが、力を失ってきているのだ。

 それでも、人間では対処できないくらいには強くはあるが。


「うぅむ……ん? あの少女……いや、少年、か? 我が領域に迷い込んでいるな……泣いている幼子というのは、放置できん。どれ、手助けと行こう」


 今日も今日とて、参拝者が来ないかと下界を覗き見ていると、自身を祀る神社がある山の中に、一人の大変可愛らしい少女――のような姿をした少年が迷い込んでいた。


 この神は人間が大好きである。

 特に子供などが。

 もともと神――美月みつき(実際の名前は長く、言えないためにこの辺りでは美月と呼ばれる)の神社には、昔は多くの参拝者がおり、同時に様々な者たちを見守って来た。

 時には神託を出したりしたし、飢饉で苦しむ者たちを助けるために、ちょこっと手助けをしたりもした。


 しかし、時代が進むごとにそう言った者たちはいなくなり、現代では街に住む老人たちがたまに足を運ぶ程度となってしまっていた。

 だからこそ、美月は寂しく思っているし、退屈もしている。


 実際、神の楽しみなど、人間の営みを覗くことくらいしかなく、神たちが住まう神界には娯楽などない。

 たまーに、本当にたまーーーーにだが、人間の姿に堕とし、下界で過ごす神もいるにはいるが……そう言った者たちは割と特殊だし、やらかす(悪い意味ではない)のでたまに大事になる。


 特に、各神話大系のトップの神に怒られるので、やりたがる者はいない。

 まあ、そのトップもたまに遊びに行くのだが……。


 そんな退屈な状態の美月は、自身の領域に泣きそうになる幼子がいることを発見し、すぐに助けることにした。

 神界から下界にできることなどたかが知れているが、少なくともほんの少しの転移ならできる。

 厳密に言えば転移ではなく、一種の神隠しに近いが、そこは割愛。


「うむうむ、そうだ、そこの神社からならば、すぐに帰れる……む?」


 目論見通り、少年は神社に到達。

 不思議そうにしていたが、すぐに帰れるとわかると安堵の表情を浮かべた。

 それを見て、美月は嬉しくなったが……ふと、その少年が予想していなかった行動に出た。

 小さなカバンに入れていたお菓子とジュースを取り出すなり、本殿の前に置いたのである。

 しかも、参拝もしていた。


「おぉ……おぉ! まさか、参拝するとは……なんと良き幼子か。……とはいえ、さすがに今回限りだろう。今の幼子というのは、すぐに忘れてしまうもの故……」


 最初こそ嬉しそうに破願した美月だったが、すぐにそう思い直すと、どこか寂しそうに笑った。

 久しぶりの参拝は、美月の力を少し取り戻させ、同時に心を満たした。

 久しぶりのその温かさは、美月を少しだけ欲深くさせたが、さすがにあの少年が来ることはないだろう、今回限りだ、あまり期待しない方がいい、と諦めの言葉を自分にかけた。


「明日からまた、何も無き日々の続きか……」


 ぽつり、と諦念が混じった言葉を零す美月だったが美月は驚くこととなる。

 なんと、少年が再び神社に現れたのだ。

 しかも、再び参拝を行いに来たのである。


「まさか、参拝しに……? なんと、なんと優しき少年か……」


 美月は嬉しくなった。

 また、自分の神社に参拝しに来てくれる者が現れたことを。


 それから美月は少年――椎菜を観察することにした。

 まあ、観察とは言っても、街の中限定だし、さすがに遠出した時は見ることが出来なかった。


 とはいえ、このようなこと自体も、今まではできなかったのだが、椎菜が参拝に訪れるようになってから力が僅かに戻った結果だ。

 人間一人を視るくらいは問題が無いのだ。


「ふぅむ、二人暮らしか……父親はどうやら亡くなっているようだな……独りでいることが多いが……ふむ、どうやら恵まれたらしい。良き友人がいる」


 美月が椎菜と言う少年を視ることで最初に知ったのは、椎菜が母子家庭である事、そして周囲の人々に恵まれている事。


 父親がおらずとも笑顔を絶やさず、常に誰かのために優しさを振りまくような、そんな少年のことを、美月は心の底から気に入っていた。

 もちろん、周囲に恵まれる、というのは運も絡んでくるが、本人の人徳も絡んでくる。


 椎菜の場合は運もあるにはあるが、人徳の面が大きい。

 母親が仕事で帰りが遅く、一人でいても、自分のために頑張ってくれているから、と健気に待つことのできる少年。

 けれど、心の内では寂しいとも思っている、そんな少年だ。


 だからこそ、美月は椎菜のことを気にかけているし、何より好いていた。


 美月は人間が好きだ。

 心優しく、誰かのために何かをしてあげられるような、そんな人間などもっと好きだ。

 つまるところ、椎菜は好みドンピシャなのである。


 ……もっとも、それは恋慕ではなく、親愛の感情に近いが。


 中には人間に恋する神も現れて、下界に降りていくような者もいるが、美月は違うので。


 そうして、椎菜の観察が、美月の新しい日課であり、楽しみとなった。

 何度も季節を巡り、すくすくと育っていく椎菜を視ているのは、美月にとってとても幸福なことであった。


 ちなみに、その過程でやや考え方が変わっており、実際のところ、『参拝に来ない者たちよりも、定期的に参拝に来てくれるあの幼子の方が大事じゃね?』みたいな感じになっている。


 もちろん、美月からすれば自分が守護する美月市に住む者たちは総じて守護対象だが、もし街に隕石が落ちて来た場合、優先的に助けるのは椎菜と椎菜と親しい者たちである。


 例を挙げれば、椎菜の母親と柊だろう。


 とはいえ、椎菜が心優しい少年であることを知っているので、椎菜を悲しませたくない、という気持ちはかなり強いので、結局椎菜と関りがあるだけで助けるが。というか、やっぱり人間が好きなので頑張っちゃうが。それはそれとして、椎菜は優先するが。みたいな。


「ふふふ、やはりあの幼子の生は面白い……見ていて癒される」


 今日も今日とて、美月は椎菜の生活を覗いている。

 ちなみに、定期的に参拝してくれる椎菜のことを好きになりまくった結果、美月は椎菜に加護を授けていた。


 加護、とは言ってもそこまで大それたものではない。

 少し運がよくなったり、病気になりにくくなったりするだけだ。


 まあ、それでも十分すぎる効力を発揮しているが……。


 そもそもこの世界において、加護を授けられるような人間が少ない。いや、減った、と言うべきだろう。

 昔は割といたのだが、明治時代辺りから急激に減りだした。


 なので、現代において加護を授かっている者たちと言うのは、総じて神職者であることが多く、その加護自体もさほど強力ではない。何せ、対象が複数人いるのだから。


 しかし、美月の場合は対象が一人しかいないことと、椎菜のことが大好きすぎて、ついついちょっと強めの加護を授けちゃったのである。


 本人的には大したことない、と思っているが……。


 ちなみに、加護を授けた時点で、椎菜は美月の神子となっているが、本人は別に神子として生きてほしいとは思ってないし、自由に、のびのびと生きてほしいと思っているため、特に気にしてはいない。


 と、そんな風に日常を過ごしている椎菜を視ていると、ある日椎菜に新しい家族が出来た。


 父と姉である。


 椎菜は父と姉が出来て大層喜んでおり、そんな姿を見て、美月はニマニマと我が子のことのように喜んでいた。

 あの姉は、命に代えても椎菜を護ってくれるだろうと言う、なぞの確信があったが、果たしてそれは事実であった。というか、椎菜のことが大好きすぎて時たま暴走しがちだが、椎菜自身も慕っているので問題は無しとする。


 そうして、さらに時間は経過。


 気が付けば、椎菜は小学生から中学生、中学生から高校生になっていた。

 その間に椎菜の性格が変わる――などということは一切なく、純粋で心優しいままであった。


 相変わらず、神社にも来てくれるし、歳を重ねた分だけ、椎菜への愛情は天元突破しだしてきた美月。

 椎菜が亡くなったら、何が何でも天国行きにしてやる、と美月は考える。

 まあ、そんなことをしなくても椎菜は天国へは顔パスレベルで行けそうなのだが。


「ふぅむ……むむ? TS病?」


 ある時、美月はTS病と言う存在を知った。

 それはあまり世間には浸透しておらず、公表もされず、かなり内々での情報に留まっていた特殊な病気だ。

 それ故、美月はその情報を得るのに発生から数年かかったが、椎菜の参拝効果により、かなりの力が戻っていた。

 おかげで、街を超えて日本国内であれば自由に遠見ができるようになっていた。


 その過程で、TS病という不可思議な物を発見。

 今現在はどういう物なのか精査しているところだ。


「……なるほど、そういうことか」


 どのような物なのかを調べていく内に、美月はTS病がどういう物なのかを理解した。


「この辺りは私の管轄外……いや、そもそも、この世界の神全てが管轄外になるような病気だな。たしか、ばぐ、というものか。これは面倒な……いやしかし、性が入れ替わり、身体能力の向上が見られるだけで問題は……いや、この世界では問題だろう。今の時代、妖や天使、悪魔などといった類は少ない。ならばこそ、あまり意味のない効果であり、ともすれば、いらぬ問題を振りまくだろうな……」


 実際その通りである。


 TS病にかかった者たちと言うのは、大体が平穏に暮らすことを望んでいる。


 稀にモデルとか俳優になったりする者もいるが、そう言った者たちは割と少数派であり、全体の一割いるかいないか、つまり、三十人いるかどうかということでもある。


 しかし、平穏を望めども、特異な境遇により、それが叶わないことも多々ある。

 事実、発症者の何人かは色々な面倒に振り回されているからだ。


 とは言っても、TS病にかかったことが嫌だと思っている者は案外少ない。

 まあ、実際三年間は金銭の支給があるし、何より色々と保証があるので。


 その間に仕事を見つけて、のんびり暮らせればいい、そう思う者が多いのである。

 とはいえ、面倒ごとの方が多いので、なんだかんだ気持ちは半々になりがちだが。


「……とはいえ、この病自体相当な豪運がない限りはかかることはないだろう。いや、不運、か? ともあれ、我が神子がならないことを祈るばかりだ」


 ふふふ、と笑いながらそう呟く美月であったが……その願いは叶うことはなかった。


「さて、今日も我が神子は健やかに暮らしているか――んッ!?」


 今日も今日とて、椎菜観察、とでも言わんばかりに、にっこにこで下界の様子(主に桜木家の中だが)を覗くと……そこには、今までの可愛らしい少年ではなく、ボンキュッボンな黒髪ロングの美幼女の存在があった。


「え、は!? だ、誰!? い、いや、待て、落ち着くのだ私よ……少なくとも、我が加護を授けている……故に、何か悪い方面において、大事に巻き込まれる確率は限りなく低い……大丈夫だ、大丈夫……」


 突然少年から少女に変貌してしまい、茫然とする椎菜を視て、美月は今すぐ下へ行こうとも考えたが、今の自分が下界に行けば、間違いなく居座ってしまうだろうし、何より問題だらけになることは必定。


 特に、老人たちの中には未だに自分のことを信じてもらっている者もいるし、姿を見せるのは危険だ。

 故に、忸怩たる思いではあるが、上から静観するしかないのだ。


 と、そうして静観のスタイルを決め込んだ美月は、はらはらとしながら椎菜の日常を覗き視る。

 そこには、一度も家からでなくなってしまった椎菜がおり、その椎菜自身は何やら『ぶいちゅぅばぁ』なる物を視ているではないか。


「ふむ、なんとも面妖な……しかし、ふむ、なかなかに面白い。日ノ本の者は面白いことを考える」


 とはいえ、そのようなことよりも、椎菜の方が大事だ。

 現実逃避を始めてしまった椎菜が心配で仕方ない。


 強い子だとは思っているが、それでもこの場合はどうしようもないと言うか……むしろ、ああなるのが当然と言える。


 何かできることはない物か、と美月が思っている内に日は進み、転機(?)が訪れる。

 なんと、椎菜が見ていた者が椎菜の姉で、椎菜も『おぉでぃしょん』なるものをすることになったではないか。


 美月的には、あの面白き物に椎菜がなるのが気になり、ぜひとも受かってほしいと願っていた。

 結果として椎菜はそうなったし、椎菜の人気はうなぎ登りである。


 ちなみに、美月は……。


「おぉぉぉぉぉ~~~~~! 狐! 狐! 我が象徴たる狐ではないか! うむうむ! しかも、ほほう、神子とな? 素晴らしい……! 素晴らしいぞ、我が神子を神子として広めるとは!」


 神薙みたまとしての椎菜を大層気に入っていた。

 同時に、自身の力が強まっていくのも感じていた。


 実は神子には、少々特殊な役割があったのだ。

 神子とは、神職の補助を行い、神楽や祈祷を行うような存在とされるが、神側からすると、自身の神子と言うのはある種眷属に近い。


 そして、神子自身が慕われ、敬われるようになると、その信仰心のようなものは結果として神側へと流れるのだ。


 つまり、椎菜が人気になればなるほど、結果的に美月の力も増していくのである。


 実際、神側は神子がいた方が自分の力を付けることになるので、出来る限り神子を作っているのだが……まあ、現代においては家系的なことや、そもそもそっちへ進もうとする者がさほどいないために、神側も困っていたりする。


 そう言う意味では、海外の神の方が割と力は強かったりするのだが。


「ふふふ、これはいい、素晴らしい文化だ……私の力も戻り、美月の街を守護することが出来る……本当に、あの子供には感謝しかない」


 嬉しいことしかない。

 美月は可愛い可愛い子供を視れて嬉しいし、力も戻って嬉しいし、その力でもって美月の地を守護できるのも嬉しい。あと、やっぱり椎菜が可愛いのが嬉しい。いや、今はみたまか。


「しかも、あのみたまという設定もよかったな……」


 ぽつり、と美月は口元に指を当てながら呟く。


 別段、神子(正確に言えば神様見習いのお狐様だが)という設定が無くとも、神子としての役割を果たせてはいたが、それでもそこまでの効果量ではない。


 結果として、あの設定が奇しくも美月の力を更に強くさせるきっかけとなったのだ。


「ふふ、恥ずかしがりはするものの、楽しそうではないか。やはり、あの子供は良い」


 微笑ましく椎菜を視る美月は、そう呟いた。


 そうして、椎菜(♂)から椎菜(♀)になった椎菜の生活は、前とは比べ物にならないくらいに騒がしくなった。

 それは、正しい人の営みであり、神が見ていてとても楽しく、温かい気持ちになれる、そんな光景であった。


 だからだろうか、つい魔が差してしまったと言うべきか……ある日、美月は下界に降りた。


 白い狐の姿で。


(ほほう、久しぶりの下界……うむ、空気が良いな)


 神ではあるが、あまり力を行使できないので、この体は力をかなり抑えた状態となっている。

 なので、今使えている神としての力はなんてことないものばかりだ。

 多少身体能力が高くて、少し治癒能力が高いだけ、それだけである。

 しかも、治癒能力に関しては、さほど高いわけではなく、傷を負えば手当てが必要だし、食事も必要だ。


 神とて万能ではないのだ。

 下手に力をそっくりそのまま使用すれば、大混乱になるし、それこそ神話大戦とかになりかねないので。


 美月とて、一度も下界に降りたことがないわけではなかった。

 度々狐や人の姿を借りて降りて来ることもあったし、たまに自身の神子に憑依することもあった。


 しかし、それも遠い過去の話。

 だからだろう、美月は色々と甘かったのだ。

 何があったかと言えば……。


(むぅ、け、怪我をしてしまった……)


 そう、怪我をしてしまったのだ。

 久しぶりの下界が楽しくて、懐かしくて、うっきうきで山の中を駆け回っていたら崖から落ちてしまったのである。


 通常なら重症になるところだが、そこは神である。

 少しずつ、少しずつではあるが回復はしていた。


 ……だがしかし、間が悪かったことや、そもそも走り回り過ぎたことが災いして、治癒がかなり遅くなってしまったのだ。


 体が万全でなければ神界に戻れない。

 故に、美月は困り果てた。

 これからどうしようか、と。


(一旦、我が社へ戻るとするか……)


 結局どうしようもないと判断した美月は、一度神社へ向かうことにした。

 しかしその道中で体力が尽きてしまい、どさり、と倒れ込んでしまった。


(あぁ……最悪だ……もっと用心するべきであった……。これでは、神界に帰ることが出来ぬ……心優しき者が通り、私を助けてくれねば、当分の間帰ることはできんだろうなぁ……はぁ、これでは我が神子を視ることが叶わぬではないか……)


 と、美月は痛みと空腹で動かなくなった体でそう考える。


 今の美月の楽しみは、椎菜の生活を視ること。

 そして、神薙みたまの配信を見ることである。


 というか、最近力が増した影響で、神界からインターネットに接続する力を身に付けているのだ。

 最初は苦労したものの、最終的には動画サイトへ行く方法を確立し、現在はみたまの配信も楽しみにしている。


 ちなみに、神なのでスパチャを贈ることもできるし、その時に渡すお金も自分の力でどうにかしている。

 本来は神としてよくない行為ではあるが、神子であれば話は別だ。


 言ってしまえば対価……いや、この場合は報酬だろう。

 意図せずして自分の力を強めてくれている椎菜への報酬。


 まあ、美月的にはこの程度じゃ報酬にもならないし、感謝にもならないと思っているので、いつかもっとすんごいもので返したいとは思っている。

 が、それは神界へ戻れたらの話で、今はそれが出来ない。


(うぅ、魔が差して見に行こうとするのではなかった……はぁ、なんとも間抜けな様よ……)


 ふっ……と、自重するように美月は笑った。

 とりあえず、何か食べたい……そう思っていた時だった。


「狐さん……?」


 不意に、聞き馴染んだ声が聞こえて来た。

 頭を持ち上げて声の主を探せば、そこには椎菜がいた。


(わ、我が神子!? なぜここに……ハッ! この感じ、我が社の掃除をしてくれていたのか……あぁ、やはりこの神子は心優しい……)


「大丈夫!?」


 力なく泣いていた狐(美月)に慌てた様子で近づく椎菜は、おろおろとした。


「と、とりあえず消毒! じゃなくて、まずは境内の方に行かないと!」


 まずはとばかりに、椎菜は美月を優しく抱きかかえると、境内の方へ戻り、軽い応急処置を施した。


「はっ、はっ……」

「うぅ、知識もないし、ば、ばい菌が入っちゃってたらどうしよう……!? 一度、お家に連れ帰った方がいい……? で、でも、お姉ちゃんになんて言えば……」


 野生の動物にしか見えず、しかも怪我をしている自分を見て心の底から心配した様子を見せる椎菜に、美月の心はぽかぽかしていた。

 それに、人が来てくれたと言う安堵からだろうか、不意に、くぅ~、とお腹が鳴ったのである。


(むぅ、我が神子の前で恥ずかしい……)


「も、もしかして、お腹空いてる……?」


 お腹の音を聞いた椎菜は、きょとんとした顔でそう尋ねて来たので、美月はこくりと頷いた。

 すると、椎菜は少しだけ悩む素振りを見せた後、口を開く。


「……うん、ちょっと待ってて! すぐに戻るから!」


 そう言ってどこかへ駆けて行った。

 何をする気だろうか、と美月は疑問に思ったが、五分ほどで椎菜が帰って来た。


(いくらなんでも速い気がするが……あぁ、例の病が原因か。なるほど)


「お待たせっ! ……って、あれ?」


 一瞬美月を見て首を傾げた椎菜だったが、すぐに笑顔になると手に持った袋の中からおにぎりと果物を取り出し、自身の前に置いた。


(まさか、神子の手作りか!?)


「ともあれ、はい、ご飯だよっ!」


 にこっ、と暖かな笑顔を浮かべながら差し出してきた食べ物に、美月は思わずがっつく。


(う、美味いっ……! このおにぎり、とても美味いではないか! しかも、私が狐であるためか、塩分を控えめにしてある……ふふ、野生の動物にすら気遣いのできる少女、ということか……うむ、果物も美味い……)


「あれ? やっぱり傷が減ってるような……まあでも、いっか。狐さん、もう大丈夫?」


 椎菜が何かを言っていたが、夢中になって美月はおにぎりと果物を食べた。

 そうして、食べ終える頃に、椎菜が大丈夫かと訊いてきたので、こくりと頷くと、美月はその場から立ち去った。


(くっ、言葉さえ話せれば、礼をしっかり伝えられたものを……とはいえ、なんとも美味なおにぎりだったなぁ……)


「ばいばーい!」


 後ろから椎菜の見送りを聴きつつ、美月は万全となった体で神界へ帰った。


「ふぅ……まさか、我が神子の手料理を食せるとは……ふふ、失敗かと思ったが、むしろ成功であったな」


 神界に帰ると、美月は嬉しそうに呟く。

 そしてふむ、と考える。


「私を助けてもらった礼をせねばな……そう言えば、何やら「もふもふしたい」とか「こすぷれをしてみたい」とか思っていたな……たしか、こすぷれとは、あにめやまんがなる物のキャラクターなどの姿に扮することであったな……それに、もふもふ…………ふむ、であるならば、あれがよかろう」


 ぬふふ、とどこかいたずらっぽく笑うと、美月は一つの組み紐を出現させた。

 いや、創造した、の方が近いだろう。

 現に、何もない宙に小さな光の粒が集まって形を成していたのだから。


「うむ、やはり水色と白こそ、あの神子には似合う、な。あとはどう渡すか……まぁ、文でよかろう。郵便受けに直接投函する程度、造作もない」


 美月は手紙を書き始めた。

 内容は、助けてもらったことに対するお礼の文章である。

 そして、是非ともこの力を活用してほしい、そんな意味合いを込めて。


 書き上がった手紙を組み紐と一緒に封筒の中に入れ、直接ポストの中へ投函。

 そして、椎菜が帰宅してから少しして愛菜が帰宅し、その時に愛菜になんとなくポストの中を見るように誘導して、上手く渡すことに成功。


「さて、問題なく作用するかどうか……お?」


 創ったはいいものの、ちゃんと動くかどうかはわからなかったので、少しだけ心配していたのだが、問題なく力は発動した。

 結果、そこにはいつもの椎菜ではなく、神薙みたまの姿をした椎菜がいた。


「ほほう! なんとも似合う姿! ふむふむ、やはり我が神子は可愛らしい……ふふ、是非ともあの者がこの先も人に恵まれ、幸運に恵まれることを祈るばかりだ」


 ふふふ、とそう呟く美月の顔には、子供を想う親のような、そんな笑みが浮かぶのだった。



 ちなみに、神薙みたまの姿にはしたのは椎菜のしてみたいことを叶えるためでもあったが、単純に美月自身が実際の神薙みたまが動く姿を見てみたいから、と思ったためでもある。


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 はい、椎菜が大好きな神様の話しでした。

 神様は椎菜が偶然迷い込んだ時からストーカゲフンゲフン! 観察しております。男の娘時代から気に入ってるんです、椎菜のこと。ちなみに、配信も大好きで、今ではそれを一番の楽しみにしていたりします。

 あと、神子関係の話は想像で書いてますんで、実際の物とは関係ないのであしからず。

 あと、しれっと天使とか悪魔とか妖の存在が示唆されてますが、本編に出すかどうかは未定……というか、あれとか出したらいよいよジャンルがわからなくなるので、多分出ない(私が暴走しない限りは)。

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