トクガワ寺院
さて、竜を討伐した。
数はきっかり二十匹。全部が地上に落ち、ロッソが大剣で解体している。
デカいブロック肉を切りだし、アオがヒコロクの前に置くと、嬉しそうに食べ始めた。
そして、リチアが氷魔法でブロック肉を冷凍し、デカい葉っぱみたいなので包み、リヤカーに乗せていく……すごい肉だな。高級なのが見てわかる。
俺は鎧を脱ぎ、頭だけになった竜を眺めていた。
「すっげぇデカいな……迫力ある」
「おじさま。せっかくですし、鱗の一枚でもお土産にどうですか?」
「お、いいアイデア。じゃあ遠慮なく」
ブランシュと一緒に鱗を剥ぎ、カバンに入れた。
さて、二十匹の竜……全部死骸で、バラバラにしたのはいいが、どうなるのか。
「このまま置いて行けば、山の動物のエサになるわ。ワタシらはブロック肉だけでいい」
「動物のエサか……なあ、この惨状を見て、オスは怒らないのか?」
「オスから見たら、メスなんてどれも同じ。増えすぎず、多すぎずをキープしていかないとね」
ヒコロクにリヤカーを再びセットし、リチアが言う。
「じゃ、山降りて『トクガワ寺院』に向かうわよー」
「「「「はーい」」」」
「トクガワ寺院か……どんなところかな」
「あ、竜肉、少しだけお土産にするからね」
向かうのはトクガワ寺院……日本人が作ったお寺か。なんかいろいろ想像できる気がしてきた。
◇◇◇◇◇◇
山を下り、トクガワ寺院に向かって伸びる街道を進んでいく。
空を見上げると、デカい竜が優雅に泳いでいるのが見えた。こういうのもアレだが……やっぱああいうのが空を泳いでいると、ファンタジーって感じがする。
今日は寺院の近くまで進んで一泊し、明日寺院へ到着する予定だ。
野営地は川沿いで、俺は考える。
「晩飯。どうすっかな……」
考えていると、ロッソが近づいてきた。
「竜肉、焼かないの?」
「それも考えたけど、せっかくだしちゃんとした調理法で食いたい。アイデアはあるんだけど、調味料が足りないんだよな……」
「わお、なになに、何作るの?」
「ふっふっふ。まだ秘密。とりあえず今日はオーク肉のシチューでも作るか」
この日は、オーク肉のシチューを作った。
みんな「竜肉は?」って言うが、俺は考えていたことがあった。
竜肉は間違いなく美味い。なら……それに合う料理で食うべきだ。そして、その料理はここにある食材じゃ食えない。
なので、俺は夕食時に全員に言う。
「竜肉は、俺の故郷でとっておきの調理法で食べる。俺の別荘で、お前たち全員と、サンドローネたちも混ぜてな。くっくっく……楽しみにしておけよ!!」
「「「「おおおー!!」」」」
「なになに、宴会するの? ワタシ、お酒いっぱい持っていくわ!!」
「俺も用意するぞ。ヴェルデ、シュバンとマイルズさんも呼んでくれよ」
「もちろん。手伝いさせるわ!!」
「わーお楽しみ!! ね、ね、おっさん、どんな調理?」
「内緒。ふふふ」
「……気になる。おじさん」
「ダメダメ」
「おじさま、もったいぶりすぎはダメですわよ?」
「はっはっは」
この日の夜は、竜肉についてのいろいろ話したり、あれが食べたい、これが食べたいなど話した。
勘のいい人はもうわかるな? そう……俺が最も好きな、アレで食うんだよ!!
◇◇◇◇◇◇
まあ、それは後々のお楽しみで。
翌日、俺たちは出発し、平坦な道を進んで『トクガワ寺院』へ到着した。
「……マジか」
遠くに見えたのは、五重塔だった。
しかも、でっかい崖の上に建っている……まさか、あの円柱の崖を登るのか?
集落の入口に到着すると、スキンヘッドにモンク僧みたいな恰好をした筋骨隆々の門兵が、リチアに向けて、右拳を握り、左手を開いて合わせ一礼した。
おいおい、抱拳礼かよ……異世界のモンク僧が使うのを見てちょっと感動してしまった。
「リチア様、ようこそいらっしゃいました」
「久しぶりね。タンヤオはいる?」
「は。大僧正は本殿にいます。そちらは……」
「友達よ。お土産もあるから、このまま入るわね」
「覇っ!!」
うおっ、すげえ気合いの入った返事だな。
見るからに強いのが俺でもわかる。腕とがごんぶとだし。
でかい正門を抜けて進むと、そこは集落だった。石畳の道、両サイドに家が並んでいる。
「この辺で農業やってる人たちの家よ。僧侶たちの食事の世話とかしたり、観光客の案内とかしてるのよ。寺院を支えてる大事な人たちね」
「へえ、まあ確かに……普通の人たちだな」
普通のおばちゃん同士が井戸端会議したり、子供が縄跳びして遊んでいる。
周りの家を見ると、茶屋や宿屋があった。なるほど、寺院の運営資金を稼いでるのかな。
そして、石畳の道を進み、とんでもなく広い広場へ到着……広場の先には、かなり長い階段がある。
というか、その階段ができているのは、円柱のデカすぎる岩だ。岩を削り階段となっている。
見上げると、崖の上にでっかい寺院があった。
「あれがトクガワ寺院よ。崖そのものが寺院なの。階段を上っていくと、崖の中に入る横穴とかあるわ。いろんな修行場もあるから、飽きないわよ」
「すっご……アタシ、こんなの初めて見た」
「……私も。さっきの門兵さんも、かなりの使い手だった」
「階段、大変そうですわねえ」
「ねえ、あれ本当に上るの?」
ヴェルデと同じ意見の俺……なんか腰にきそうだ。
するとリチアは、ヒコロクが引いていたリヤカーの中からデカい肉塊を持ち、歩き出す。
「ヒコロクはお留守番、ここからは徒歩ね」
「……やっぱ山登り、いや崖登りか」
なんかこういう寺院、昔の中国映画で見たな……ベスト・キッドで見たようなところだ。
◇◇◇◇◇◇
というわけで、崖の階段を昇って行く。
「ひぃ、ひぃ……ま、まだまだあるぞ」
早くも、俺はグロッキーだった。
俺以外の女子は普通におしゃべりしながら登ってるし。
「あ、見てアオ!! 屋根の先で踊ってる人いる!!」
「……踊りじゃないよ。あれ、集中してる」
階段の途中には、修行場がそれぞれあった。
小さい建物もあり、その通路を進んでいると、窓から見えたのは……屋根の先端に足の指だけで立ち、演武を待っている人がいた。
もちろん、モンク僧。すげえ、優雅な動き。
「おーい、こっちこっち。見てごらん」
リチアが先に進み、手招きする。
リチアがいる方へ進むと、その先は広い訓練場だった。
そして、その訓練場には多くのモンク僧がいて、演武を行っている。
「「「「「覇っ!!」」」」」
正拳突き、そして回し蹴り、再び正拳……すごい、三十人くらいのモンク僧が、一糸乱れぬ動きで型を披露している。
というか、今更だが。
「……もっと日本的な寺院を期待していたけど、これ中国の寺院じゃねぇか」
カンフー映画みたいな世界だった。
徳川さん、カンフー映画好きだったのかな……まあこういうのも好きだけど。
そして、数時間歩き……ようやく頂上へ。
そこにあった寺院は、まさに中華風寺院……お寺とか神社を創造していたので、なんかいろいろと驚いたわ。
寺院に入ると、一人のモンク僧老人が抱拳礼で一礼する。
「お久しぶりですな、リチア様」
「タンヤオ。久しぶりね、また歳取ったわねえ」
「ははは。もう七十五でございます。と……そちらの方は?」
「友達。ふふ、こいつ見て何か感じる?」
と、リチアは俺の背を押した。
老モンク僧……タンヤオさんは、俺を見て目を見開いた。
「まさか」
「そ、ジュウザブロウと同じ、ニホン人よ」
「なんと……す、少しお待ちを!!」
タンヤオさんはダッシュで寺院の奥へ。そして、古めかしい木箱を手に戻ってきた。
「失礼。私はトクガワ寺院の大僧正、タンヤオと申します」
「ああ、俺は玄徳です。どうも」
「ゲントク殿。ジュウザブロウ様と同じ、ニホンから来られたというのは本当ですか?」
「ええ、まあ」
「では……こちらを、ご覧ください」
木箱を開けると、そこにあったのは……やあ、驚いた。
「こちらは、ジュウザブロウ様が残した神器です。何に使うのか不明ですが、その精巧さからアズマ政府は『聖遺物』認定されました。ゲントク様……これが何か、ご存じでしょうか」
「……いやあ、まさか、これをここで見るとは」
触るのはダメだったので、ジロジロ見てしまった。
けっこうボロボロだったが、リチアが「ワタシが保存の魔法かけたのよ」と言う。十二星座の魔女はみんな使ってたし、この状態は納得だ。
ロッソたちも首を傾げる。
「なにこれ? 魔道具?」
「……鉄の、何か?」
「おじさま、ご存じですの?」
「……聖遺物って、これが?」
まあ、みんなわからないだろうな。
俺はジュウザブロウさんが、間違いなく地球から来た人だと確信した。
木箱にあったのは、手で包めるくらいの、折り畳み式の鉄の塊。
「これ、携帯電話だ。折りたたみ式の携帯電話だよ」
色は黒、スマホが普及する前の、折り畳み式の携帯電話だ。
当然、壊れている。俺には修理できない。
なんとなくおかしくなってしまう。
「タンヤオさん。これ、大事にしてください。聖遺物……まあ、間違いないです」
「これは一体、何なのでしょうか」
「えーっと。通信機器ですよ。俺のいた世界では、みんな当たり前に使っていた」
異世界の人に『携帯電話』を説明するのは、なかなかに大変だった。
トクガワ寺院、来てよかったぜ……まさか、携帯電話を聖遺物として見ることができるなんてな。
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