第十章 アズマ、東方の国

アズマという国

 さて、誘拐事件から一週間が経過。

 二月になり、春真っ盛り……普通なら寒いし雪が降ってるイメージだが、こっちの世界ではもうポカポカ陽気。

 俺は、作業場でデカい金属の箱……ではなく、ドラム式洗濯機の最終調整をしていた。

 その様子を、サンドローネとリヒター、イェランが眺めている。


「うし、完成」


 魔石の確認、ドラムの確認よーし。

 俺は蓋を閉じ、本体を軽く叩いた。


「洗濯機の完成だ」

「洗濯機……家庭用にある『手回し洗濯機』とは違うのね」

「ああ、全自動だ。いや~……苦労したぜ。魔石の連結システム」

「……どういう意味?」

「まあ、実験してみるか」


 俺は、昨日脱いだ作業着を洗濯機へ入れる。

 そして、三つあるスイッチの一つを押すと、『水』の魔石から水が出て来た。

 

「まず、洗濯槽の中が水で満たされる」

「そうね。で? そこからどうなるの?」

「ふっふっふ。それが俺のオリジナル機構……『時間差魔石発動』だ」


 浴槽内に水が溜まると、洗濯槽に取り付けた『回転』と『揺』の魔石がゆっくり回転し揺れる。

 基本、魔石は魔力を流すとすぐに発動する。なので、魔力を流し時間差で魔石が起動しないか実験を繰り返した。

 結論としては実に簡単。魔石の表面に『回転』と彫り、裏面に『五分後』と彫ってみた。すると、きっかり五分後に『回転』の魔石が反応を始めたのだ。

 というか、単純……魔石がすごいのか、『五分後に回転するように』と念を込めながら五分後と彫った俺がすごいのか……俺は『魔石の裏に発動時間を彫るとその通りになる』とことを発見した。

 魔石、面白いな。まだまだできることがありそうだ。


「……魔石の、時間差発動? き、聞いたことない……うそ」

「まあ、偶然に近い発見だった」

「げ、ゲントク……その技術、発表したらとんでもないことになるんじゃ」

「その辺は任せるよ。でもまあ、あんまり目立つとまた、『クーロン』みたいなのに狙われるかもしれんし……やるなら、イェランとかの名前でやってくれ」

「絶対に嫌。というか、アタシがアンタの発見した技術で注目されるとか最悪。いい? 普通はそういうの発見したらすぐに申請すんの。で、有名になるのが当たり前。お金も入ってくるし、そのお金で護衛を雇ったりすんのよ」

「……でも俺、目立ちたくないしなあ」

「駄目!! とにかく、あんたのそういうところ、他の魔道具技師を侮辱する行為って見られることもあるんだからね」

「う……わ、わかったよ」


 と、喋ってるうちに洗濯槽の回転が終わる。

 洗濯槽を回転させて叩き洗いすることで汚れはしっかり落ちる。こっちの世界でも洗濯機の仕組みは同じなんだな。

 そして、『六分後』と彫った『展開』の魔石が起動し、洗濯槽に貯まった水を排出するための蓋が開き排水……『八分後』と彫った『微熱』の魔石が洗濯槽を熱して温め始め、『十分後』と彫った『高速回転』の魔石が高速回転する。

 水気を飛ばし、温めることで洗濯物を乾かすのだ。

 全ての工程は十五分ほど。魔石が止まり、俺は洗濯物を取り出す。


「というわけで……洗濯、乾燥とやってくれる洗濯機の完成だ」

「へえ、面白いじゃん……でもでも、魔石めっちゃ使うから、コスト高くなりそう」

「確かにね。でも、干して取り込む手間がないのはありがたいかもしれないわね」

「ですが……やはり、少しシワがありますね。アイロンなどかける必要があるのでは?」


 三人が洗濯機の感想を述べる。

 俺の仕事はここまで。あとはイェランの改造に任せよう。


「イェラン、これ仕様書だ。あとはお前に任せるよ」

「おう!! って……アタシ、最近魔道具技師じゃなくて、改良専門になりつつあるかも……でもでも、なんかこっちのが楽しいって思う時もあるんだよな」


 アレンジャーってやつか。イェランはそっちのが向いてるかもしれないんだよな。

 リヒターは、俺に羊皮紙の束を渡す。


「こちら、これまでのロイヤリティの報告書です」

「おお、まとめてくれたのか」

「ええ。ゲントクさんの関わった魔道具の数も増えましたし、こちらとしても資料は残していますので。これからはロイヤリティの報告書をきちんと渡します」

「というか、今までは口頭だけっていうのがあり得ないのよ」


 まあ、信用していたからな。

 羊皮紙を見ると……頭おかしくなる。今月のロイヤリティが二十億超えてるんだが。


「お、おい……なんだこの金額。桁おかしいぞ」

「きちんと報告書を読みなさい。ザナドゥであなたの開発した『モーターボートエンジン』と『水中スクーター』が、ザナドゥでの新マリンスポーツに登録されたのよ」


 現在、ザナドゥで大流行している『水中スクーター』と『モーターボートエンジン』だが、それを使った水上レースが国民的スポーツとなっているらしい。

 そのおかげで、ボートと水中スクーターの独占販売をしているアレキサンドライト商会は大儲けしてるってわけで……そのロイヤリティの一部が俺の元へ。

 別の羊皮紙を見ると。


「……す、スノウデーン王国もか」

「急ピッチで街道整備と、スーパー銭湯計画を完成させました。現在、スノウデーン旅行計画の予約は二年待ち。宿場も常に満室。さらに従業員の雇用により、スノウデーン王国内で仕事のない人々の総数が二割以下になったとのことです。現在、街道開発計画も進んでいまして、さらなる発展が予想されます」


 リヒターが言う。

 で、アイデア料金と旅館の打ち上げの一部が俺に入ってくるってわけだ。

 というか二十億……どないせいっちゅうねん。

 と、ふと思いついた。


「……待てよ?」

「お、ゲントク。その顔、なんか企んでる?」

「企んでねーよ。いやさ、これまでけっこういろんなことあったし……一か月くらい、旅行にでも行こうかなーと」

「……また出かけるの? というか、ザナドゥにスノウデーンと、旅行なら行ってるじゃない」

「まあそうだけどな。で、前々から気になっていたところ……アズマ。アズマに行く」


 東方の国アズマ。

 日本文化のある国……なんとなくだけど、俺やアツコさんみたいな転移者とか、転生者がいるかもしれん。現在進行形で「オレ、転生しちゃった~!」みたいな子供がいるかもしれないし、その子が「日本知識でマヨネーズ作りました!」みたいなことやってる可能性もゼロじゃない。

 それに、アズマ……雑酒とか着物とかあるかもしれん。

 すると、サンドローネが言う。


「アズマ。行くなら私も行くわ。そろそろ休暇を取ろうと思っていたし、ね」

「え」

「……何、その顔」

「い、いや別に」

「いいなあ。ねえお姉様、アタシも休暇欲しい~」

「いいわよ。護衛に、アズマなら案内人も必要ね……今は二月の初週だし、出発は来週くらいかしら。リヒター、ここからアズマまでどのくらい?」

「馬車で二週間ほどですね」

「往復一ヵ月ね。じゃあ、二ヵ月の休暇を取りましょうか。その間、商会の方はユストゥスに任せましょう。あの子ならしっかりやってくれるわ」

「かしこまりました」

「……ユストゥスって誰だ?」


 ふとした疑問。サンドローネは「ああ、そういえば」と言う。


「あなた、うちの副商会長に会ったことないわね。その内紹介するわ」

「……大丈夫なのか?」

「ええ。ユストゥスは、天秤座の魔女ファルザン・リブラ様の秘蔵っ子で、私の元で勉強するようにと遣わせてくれた子よ。今まで副商会長はいなかったけど、あの子になら任せてもいいと思って、その立場を与えたの」

「へー……よっぽど優秀な子なんだなあ」


 まあ、サンドローネが言うなら別にいいか。


「じゃあゲントク。来週にはアズマへ出発。馬車の手配は私がするから」

「あ、護衛は」

「……顔見知りの方がいいでしょ。声をかけるなら早めに。ダメなら私が手配するから」

「わかった。じゃあ、明日にでも声かけしてみるわ」


 言うまでもないが、ロッソたちにお願いするつもりだ。

 サンドローネたちが帰ったあと(リヒター、洗濯機を担いで帰った。すげえ)に、俺は周囲をキョロキョロしながら言う。


「おーい、サスケ、いるか?」

「おう、いるぜー」


 と、会社の屋根からサスケが飛び降りてきた。

 身軽な猿みたいだな……苗字あったらこいつ絶対『猿飛』って苗字だろ。


「聞いてたんだろ?」

「ああ。アズマ行くってな。で、オレにガイドを頼むつもりか?」

「そういうこった。もちろん、払うモンは払うぞ」

「へへへ、二十億セドルも入ったんだしな。じゃあ、一日金貨一枚、一か月で三十枚、二ヵ月で割引して五十五枚でいいぜ」

「割引サービスとは気前いいな。じゃあ、それで頼む」

「まいど。ガイドだけど、普段ならいろいろあるんだよ。『恰幅のいい金持ち風』とか『スタイル抜群の美女』とかに変装して案内するんだけどな……『青』のアオがいるんじゃ、オレの変装はすぐ見破られちまうだろうし、今回は『サスケ』として案内するぜ。アズマ出身で、飲み屋でたまたま意気投合した友人ってことにしておいてくれ」

「わかった。徹底してるな」

「へへへ、シノビだからな。じゃ、またな」


 サスケは屋根にジャンプして、そのままどこかへ行ってしまった。


「アズマかあ……また別荘買うか。それに、美味い酒とか食いものあればいいなあ」


 さてさて、アズマ……何が待っているのかねえ。

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