魔道具技師として
リーンドゥには悪いが、何度言われても俺は『武器』を作るつもりはなかった。
俺は、魔道具技師だ。役立つ道具を作るのが仕事。
何度も「おねがい~」と言われたがきっぱり断り、リーンドゥはウングに引きずられ帰って行った。
最後、バレンが俺を見ていたような気もしたが……とにかく、武器はやらん。
事務所に戻ると、ロッソたちがソファに座り、冷蔵庫を開けて果実水を飲み始めた。
「おっさん、よかったの?」
「何が?」
「リーンドゥの依頼。アタシにはわかんなかったけど……あいつのパワーで壊れないのって、本当にすごい魔導文字だと思うけど」
「……まあ、そうだよな」
俺は自分の席で、書類仕事をしていた。
勢いで4気筒空冷式エンジンのガワは作ったが、バイクを作るのにまだデータが足りない。三輪車のデータの次に必要な道具についての仕様書だった。
俺は書く手を止める。
「仮に、さっきの魔導文字を登録して、誰でも好きなように使えれば、きっと魔導武器のレベルは一気に上がるだろうな。壊れない武器とか、攻撃力を遥かに向上させる武器防具とかあれば、戦いは変わるかもしれん……でも、その技術が、もし殺しのために使われるようになったら、俺はきっと耐えられん」
「「「「…………」」」」
「あまりに過ぎた力は、俺の中では必要ない。少なくとも……俺は、その進化に貢献するつもりはない」
まあ、ようはビビってるわけだ。
もし、『不壊』に『衝撃吸収』とか『衝撃無効』とか書いた魔導文字を組み合わせれば、ロッソやブランシュの攻撃ですら無効化してしまうかもしれん。
それは、チートだ。
俺が嫌いな異世界転生での無双……そんなモンの片棒を担ぐのはごめんだ。
ブランシュは、太ももに大福を乗せ、頭から背中にかけて優しく撫でる。
「おじさまがそれを望むなら、それでいいと思いますわ」
「……だね。でも、リーンドゥは諦めないかも」
「むう、そうですわね……」
何度来られても、受けるつもりはないのでご安心を。
話は終わり、ヴェルデが俺の手元を覗きに来た。
「ところで、さっきから何を書いていますの?」
「ああ、新しい魔道具……というか、道具の仕様書だ。ある魔道具を作るのに必要でな」
「ある魔道具?」
「おう。そうだ……お前たちに協力して欲しいんだが、いいか?」
「なになに。欲しい素材あるの?」
ロッソが興味津々で俺の元へ。ビキニア-マーで前屈みになると立派な谷間が良く見えるんだが……何度か生で見たが、何度見ても飽きないものだ。
「素材というか、完成品のテストして欲しいんだ」
「……私、やる」
「おお、ありがとな、アオ」
「ちょっと!! アタシもやるっ!!」
「まあ、私も協力してあげてもいいわよ」
「ふふ、わたくしも。おじさまを信用していますわ」
勘のいい人はわかったかな?
そう、三輪車ときたら次は……自転車である!!
◇◇◇◇◇◇
その日の夕方、俺は一階で自転車作りをしていると。
「ゲントク―」
「ん? おう、イェラン。それにリヒターも」
イェラン、リヒターが会社に来た。
外を見ると、もうだいぶ日が傾いている。
「アタシらの仕事、もう終わったよ。アンタ最近まじめに仕事してるねー」
「はっはっは。趣味に没頭すると時間経つの忘れるな」
軍手を外し、軽く背伸びをすると、骨がぽきぽき鳴る。
ちょうどいいや。今日の仕事はおしまい。
リヒターがニコッと微笑んで言う。
「ゲントクさん。飲みに行きましょう」
「おう。そうだ!! せっかくだし、俺が店決めていいか? 実は、飲食ギルドで調べた店あるんだよ」
「お、なになに。酒好きのゲントクが調べた店? 面白そうじゃん」
イェランが興味津々、リヒターは顎に手を当て少し考え、「ああ、もしかして」みたいな顔に。
俺はリヒターに向かってニヤリと笑い、戸締りを始めるのだった。
◇◇◇◇◇◇
やって来たのは、王都の中心からけっこう離れた場所にある飲み屋街。
細い路地、似たような間取りの小さな店が並ぶ『のんべえ横丁』……まあ、俺が適当に名付けた。そんな感じの飲み屋街だ。
ここ、とにかく安いんだ。
立ち飲み屋もあれば、そこそこ広い飲み屋もあるし、焼肉屋とか食堂とか、とにかく早い、うまい、安いを提供している飲み屋街。
俺たちが向かったのは、この飲み屋街では中規模の、二階建ての飲み屋だった。
店に入ると、夕方なのでけっこう混んでいる。
店員のお姉ちゃんに「三人で」と言うと、二階に案内された。
「これこれ、この椅子」
安っぽいテーブル、そして丸椅子。席は窓側で、灰皿も置いてあった。
俺の隣にイェラン、前にはリヒターが座る。
「……ふつーの飲み屋じゃん。ゲントク、ここ来たかったの?」
「メニュー見てみろよ。ここ、酒のメニューの半分以上が雑酒なんだよ」
「ざっしゅ? なにそれ?」
「東方の、ザツマイで作るお酒ですよ。独特の風味があり、東方では当たり前のように飲まれています」
「へー……って、あんた雑酒が好きだったの?」
「命の水だね」
俺たちは雑酒を注文……出てきたのは、ボトルに安っぽいコップ。
そうそう、この安っぽさがいいんだ。最高だね。
グラスに酒を注いで乾杯。酒のつまみを適当に注文し、俺らは雑談する。
「あ~、最近は忙しいけど、以前ほどじゃないわ。ゲントクのアイデア魔道具も落ち着いたし、量産は工場の仕事だからさー」
「そういや、イェランは魔道具技師なんだよな。なんか製品作ったのか?」
「最近はない。ってか、魔道文字開発も難航してるし……あんたが来てからは、あんたのアイデア、んで試作品を見て、販売用にアレンジしてばかり。なんかアタシ、そっちの才能のがあるんじゃないかって思えてきたわ」
「そういえば、イェランさんのアレンジしたミスト噴霧器、ゲントクさんデザインのものより売れていますよ」
「わーい……って、素直に喜べないわ。ねえリヒター、お姉様って最近どう?」
「……仕事に支障はありませんが、考え事をすることが多くなりましたね。やはり……ミカエラ様の話があってからでしょうか」
「げっ……あいつ、お嬢様となんかあったの?」
と、ミカエラの名前が出て俺も気になった。
「そういや、以前温泉で聞いたな。幼馴染だっけ?」
「ええ……ミカエラ様は『天才』です。お嬢の認めた、まさに天才」
「……何がすごいんだ?」
よくわからない。リヒターも妙に持ち上げる。
「ミカエラ様は、箱入り娘と言って間違いありません。大事に育てられた元男爵令嬢で、お嬢と仲が良く、いつも後ろにくっついては遊んでいました。ですが……ミカエラ様は、違ったんです」
「「違った?」」
イェランとハモッた。
リヒターも酔っているのか、話が止まらない。
「ミカエラ様は、やることなすこと全て、お嬢のマネをしました。好きな食べ物、服装、髪型、仕草……お嬢のことが大好きだったのでしょう。そして、勉強やスポーツなども真似をし……恐ろしいことに、あらゆる分野でお嬢を上回りました」
「「…………」」
「さすがに、お嬢も驚いていました。お嬢の得意分野だった魔法ですら、ミカエラ様はあっさり超えました。ですがある日、お嬢の元からさっさと離れ、貴族会からも姿を消したんです」
「え、なんでだ?」
「なんか嫌味ったらしい感じだけど、いなくなったんならいいじゃん」
「いえ……ミカエラ様は、貴族、そして社交界に見切りをつけ、商売の世界にのめり込んだんです。お嬢も、ミカエラ様が平民になったとしか聞いておらず、バリオンさんとの婚約があり、ミカエラ様のことは次第に忘れていったんですが……二年ほど経ったある日、お嬢の婚約破棄騒動、そして除名と重なって平民となり、アレキサンドライト商会を立ち上げました」
そこは知っている。イェランもウンウン頷いていた。
「そんなある日、数年ぶりにミカエラ様が訪ねてらっしゃったんです」
「「おおー」」
「そして、お嬢に言いました」
◇◇◇◇◇◇
「サンドローネちゃん、やっぱり婚約破棄されたんだ」
◇◇◇◇◇◇
「お嬢は耳を疑いました。そして、なぜ知っているのか、どうしてわかったのかを問い詰めたんです」
◇◇◇◇◇◇
「バリオンくん、浮気していること知ってたから。で、たぶん二年後くらいに婚約破棄されるかなーって……そして、サンドローネちゃんはきっと、自分一人の力で生きるために、商売を始めるだろうなって……だから先に、私が商売を始めたの」
「……え?」
「クライン魔導商会。知ってる? 私、たった三年で四大商会って呼ばれるほど、大きな組織を立ち上げたの。ねえねえサンドローネちゃん。よかったら、私の下に付かない? アレキサンドライト商会だっけ? 大きくしてあげる」
「…………」
「ふふ。私を可愛がってくれたお礼。今度は私が、サンドローネちゃんを可愛がってあげる」
◇◇◇◇◇◇
「全て、ミカエラ様は読んでいたんです。可愛い妹分だった子が、先の先の先を読み、商会を立ち上げ、婚約破棄、そしてお嬢が商会を立ち上げるのを見越し、自分がお嬢を受け止められる存在になろうと……すべてが、ミカエラ様の掌の上だったのです」
「「…………」」
「お嬢は、ミカエラ様の手を取ることをしませんでした。一人で生きて行こうと商会を立ち上げ、強くなろうとしたのに、救いの手を差し伸べたのは、こうなることを見越して、自分が届かない四大貴族に、たった二年で上り詰めた天才……お嬢は、絶望しました」
「「そ、それで?」」
「その後、しばらくは抜け殻のようでしたが、少し立ち直り仕事を再開……ゲントクさんに出会い、今に至ります」
なんともまあ、壮大な話だった。
俺は雑酒を飲む。
「そのミカエラは、善意だったのか?」
「……恐らく。ですが、悪意のない善意ほど、恐ろしいことはないと思います」
「……なんかわかるかもしれん」
まさか、サンドローネが婚約破棄されるのを数年前に見越し、社交界や貴族の世界に見切りをつけ、来たるべき婚約破棄の日に備えるために商会を立ち上げ、四大商会の地位に上り詰める……そして、サンドローネが絶望し、一人で生きて行こうと決めた矢先に、全て知り顔で「こうなること知ってました、助けます」なんて言われたら、混乱するだろうな。
「それに……」
「それに?」
「なになに、まだなんかあんの?」
俺、イェランは雑酒を飲む。
「アベルさん。彼は、お嬢の初恋の方。行方不明になった方が、ミカエラ様と一緒に現れ、恋人だと紹介されたら……さすがに、参りますよね」
「「ブッ」」
俺とイェランは、思わず雑酒を噴き出すのだった。
サンドローネ……お前、いろいろ抱えすぎだろ!!
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