雪景色

 数日、ヒコロクの牽引で進むと……少しずつ寒くなってきた。

 さらに、窓から見える景色。街道こそ綺麗に除雪されているが、山や森などは真っ白だ。

 窓を開けると冷たい空気。肺に入り込むとキンキンに冷えた空気のおかげで吐く息が白い。

 俺は、年甲斐もなく窓から身体を出して言った。


「はは、雪だ!! すげえ……真っ白だな!!」

「おっさん、寒いー」

「ん、ああ悪い」


 窓を閉める。

 ロッソ、アオ、ブランシュはあまり興味なさそうだ。


「お前ら、雪だぞ。もっとこう……喜ばないのか?」

「寒いだけじゃん。アタシはそんなに興味ないなー」

「わたくしもですわ」

「……寒いの、あんまり好きじゃない」

 

 三人娘には不評だな。

 ちなみにヴェルデは自分の馬車にいて、後ろから付いて来る。

 和解の道を歩み出したのはいいけど……まだ勇気が出ないのか、三人に謝罪することができない。

 なんとなく顔に出たのか、ロッソが言う。


「おっさん、ヴェルデと何かあったでしょ」

「え……あ、いや」

「まあ、詳しくは聞かない。アタシ……ううん、アタシらとしては、ケジメ付けてくれればいいだけだしね」

「……つまり、ちゃんと謝ればいい、ってことか?」

「さあね。なあなあにするつもりないし、関わってくるなら嫌々相手するだけ」


 アオ、ブランシュは何も言わない。

 とりあえず……全く可能性がないって感じじゃないな。


 ◇◇◇◇◇◇


 それから何日か街道を走った。

 驚いたのは、雪景色がどんどん深くなるが、街道は綺麗な状態のままだ。除雪の後がしっかりのこっていることから、優秀な除雪部隊がいるのだろう。

 そして、ようやく見えてきた。


「おじさん、見えて来た」

「ん? おお、ついに来たか!!」


 アオが窓を指差すので開けて外を見ると、大きな町が見えてきた。

 驚いた。硫黄の香りがするぞ!! それに、まだ町まで遠いけど、湯気があちこちから立っているのが見える……すごいぞ、温泉の町レレドレ!!


「おっさん、臭い……」


 え、俺……臭い? 加齢臭? と思ったら、硫黄の香りだった。

 少しだけショックを受けたけど、すぐ勘違いと気付く。

 窓を閉め、俺はソファーに寄りかかった。


「いやあ、温泉の町レレドレだ。ふっふっふ……まずは宿を確保して、明日は不動産ギルドに行こう。グロリアの紹介状もあるし、いい物件あるといいなあ」

「おじさま、嬉しそうですわね」

「まあな。ブランシュ、お前も別荘買うんだろ?」

「ええ、いい物件を期待していますわ」


 こうして、俺たちの馬車は『温泉の町レレドレ』へ。

 正門前でロッソが冒険者カードを見せると驚かれていた。ここでも『鮮血の赤椿スカーレット・カメリア』の名は有名らしい。

 街中は……すごいな。


「すごいな。温泉街って感じだ」

「坂道じゃん……しかも臭いし」


 不満そうなロッソ。

 だが、俺は大満足だった。

 道は全て石畳で、建物は全て焦げ茶色の木造。恐らく硫黄の効果でこんな木の色になったのかな……かなり味のある建物だ。

 あちこちから湯気が昇り、けっこうな数の宿屋がある。

 上り坂が多く、荷車が少し斜めに傾いた。だが、ヒコロクは全く意に介さずに引いてくれる。


「……細い道、路地も多いし、坂道ばかり。屋根も上りやすそうだし、暗殺者の視点で見れば隠れる場所の宝庫かも」

「物騒なこと言うなよ……」


 温泉街で殺人事件とか、昔のサスペンスじゃあるまいし。

 トータルで評価するなら、『異世界風温泉街』ってところだ。土産屋も多いし、散策が楽しみだ。

 すると、ヒコロクが止まった。


「お、到着ね」

「町の中心ですわね」

「馬車置いて、宿を取ろう」


 さっそく馬車から降りて……俺は呼吸が止まりそうになった。


「うわ、なにこれ……すっごい湯気」

「臭いですわね……」

「……うええ」

「……す、すごい。これは……げ、源泉か?」


 町の中央に、巨大な岩場があった。

 柵で覆われ、岩場から温泉が噴き出している。まるで湯畑……すごすぎる。

 温泉の町レレドレ。その名にふさわしい光景……もうマジで決めた。貯金がなくなろうとここにある別荘を俺は買う!!

 感激していると、ヴェルデたちも馬車から降りてきた。


「う……鼻が曲がるわね」

「いずれ病み付きになるぞ!! いやあ、最高だな!!」

「あなた、何を興奮してるの……?」

「おーい、宿はこっちだよー!! おっさん、あ~……ヴェルデも」

「ん、ああ。今行くぞ」

「え、ええ……」


 ロッソたちは、町の中央にあるデカい木造宿へ。

 ヴェルデは返事こそしたが、俺と話して以来、ロッソたちと積極的に話をすることがなくなっていた。どうやら謝罪のタイミングを伺っているみたいだ。

 ロッソたちが宿に入り、俺はヴェルデに聞く。


「決心、付いたのか?」

「……その、タイミングがつかめなくて」

「焦らなくていい。それに……きっとロッソたちも受け入れてくれるさ」

「……ええ」


 俺はヴェルデの方をポンと叩くと、ヴェルデは少しだけ微笑んだ。


「さ、温泉の町レレドレだ。温泉温泉!!」

「……嬉しそうね」


 俺はヴェルデと、マイルズさんとシュバンの四人で宿へ入るのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 宿は三部屋確保できた。

 二人部屋が三つ……これは少しまずいかな。


「アタシ、アオ、ブランシュ……で、ヴェルデ。おっさん、取り巻き二人かあ」


 すると、マイルズさんとシュバンが言う。


「お嬢様、私とシュバンは、近くの安宿を取りますので……明日、お迎えに上がります」

「え、ええ……」

「じゃあ、俺は一人部屋で、四人だけど……」


 ロッソたちを見ると……ロッソが言う。


「アタシとヴェルデ、アオとブランシュでいいでしょ」

「あ……その、私は」

「はい決まり。おっさん、これカギね。夜飯どうする?」

「あー、せっかくだし近くを散策して、メシ屋探して食うか」


 ヴェルデには悪いが、ヴェルデにばかり構っていられん。

 さっそく部屋へ。


「……おお」


 すごい……というか、驚いた。

 なんと畳。畳である。

 俺の知っているタタミと微妙に違う。縫い目が少し違うだけで、イグサの香りといい畳で違いない。

 そして土足厳禁……ちゃんと靴を脱いで畳へ。

 テーブル、座布団、湯沸かし魔道具にお茶セット、茶菓子……マジか温泉まんじゅうじゃねぇか!! うおおテンション上がる!!

 押し入れには布団もあるし……マジで旅館、旅館ですよ旅館!!

 

「東方の文化は日本っぽい気がしていたが……これは期待できるな。まあここ北だけど。それより……そう、温泉だ!!」


 そう、この高級宿……温泉がある!!

 というか、どの宿も温泉は普通にある。ここは一階に大浴場があり、自由に入れるのだ!!

 部屋を探したが浴衣はなかった……残念。

 なので、俺は服屋に依頼して事前に作っておいた『なんちゃって甚平』を着て一階の大浴場へ。

 少し期待したが……残念、のれんはなかった。

 男湯、と書かれたドアを開けて中へ。広い脱衣所で服を脱ぎ、さっそく浴場へ。


「おおおおお……!!」


 岩風呂だ!! 

 でっかい岩風呂がど真ん中にあり、四方が洗い場になっている。

 人もけっこういる。獣人、背中に羽の生えた翼人や、爬虫類系の亜人……もう感激。

 硫黄の香りも強い。これは肌によさそうだ。

 身体を洗い、俺は湯舟へ。


「おお~……ぅぅ」

 

 トロトロの湯だ。粘りというか、糸が引きそうなくらい粘っこい……が、不思議と嫌な感じはない。

 湯に浸かっていると、身体の内側からポカポカしてくる。


「……これはあたりだ」


 温泉の町レレドレ……絶対、絶対に妥協しない別荘を買うぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る