バカンスの終わり、エーデルシュタイン王国へ

 さて、クラーケン襲来から数日経過した。

 まず、ロッソたちはザナドゥを救った英雄として、ザナドゥ王家から褒美をもらった。

 約束通り、俺のことは一切話さず、国の英雄としてまた知名度が上がったようだ。

 乗っていた乗り物は何かと聞かれ、アレキサンドライト商会の新製品と伝えたところ、新聞社などがアレキサンドライト商会のザナドゥ支店に殺到……そこでサンドローネは『水中スクーター』と『魔導ボート』を大々的に宣伝し、アレキサンドライト商会の知名度も上がったようだ。

 発売はまだかまだかと支店に人が殺到した。


「連日、記者や観光客、地元住民や漁師が来るの。まだ開発中で、製品化はまだなんだけどね」

「じゃあ……予約制にしたらどうだ? それか、発売日を決めて発表しちまうとか」

「え? 予約?」

「ああ。いつ発売かって聞きに来るんだろ? だったら、店頭前で名前や住所を記入させて、引換券を渡すんだ。当日、引換券と交換で商品を受け渡しするようにな。そうすれば、どれだけの数が必要になるかわかるし、発売日になって店が混雑しても、引換券と交換だけなら金のやり取りもしなくていい」

「…………それ、いいわね」

「ああ。発売日もちゃんと決めた方がいい。もちろん、余裕を持ったに日にちでな」

「いいわね。引換券の偽造防止策は……魔法でなんとかなるわ。交換だけなら混雑も少なくて済む。よし……新聞社に予約システムの宣伝をしてもらって、早めに対応するわ」


 そう言い、数日後には新聞で「アレキサンドライト商会の新製品、予約開始」との見出しがあった。

 水中スクーター、そして魔導ボートの予約は殺到……想定の数ピッタリか僅かに上回るくらいだとか。

 かなりの数、あり得ない数を想定してたので、サンドローネも驚いたらしい。


 ◇◇◇◇◇◇


 『鮮血の赤椿スカーレット・カメリア』の三人は、有名になってからさらに追加の依頼で、遊ぶ暇もあまりないようだった。

 スノウさんも、彼女たちの世話で忙しいらしく、ユキちゃんに構うヒマがあまりないらしい。なので、ヒコロクに乗って俺の別荘に遊びに来ることもあった。


「にゃうう」

「ははは、美味しいか?」

「にゃあ」


 ホットケーキを焼いてあげたら、とても喜んでくれた。

 ロッソたちも、速攻で追加の依頼を終わらせ、ようやく本格的なバカンスを始めた。

 俺の別荘に泊りに来たり、水中スクーターで遊んだり、俺とアオはボートで沖に出て釣りもした。

 お昼は、スノウさんが準備してくれたバーベキューをしたり、夜は繫華街に出て、サンドローネと合流して宴会などもした。

 楽しい、バカンスの時間は過ぎていく。


 ◇◇◇◇◇◇


 ある日、サンドローネが一人で俺の別荘に来た。


「リヒターには、数日の休暇をあげたの。たまには一人の時間もないとね」

「ふーん。で、お前は?」

「もちろん、遊びに来たの……ふふ、私の水着姿、見せてあげるわ」


 サンドローネは、黒のビキニ姿でビーチに現れた。

 いやはや……パリコレモデルみたいな身体付き。出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでる。シミ一つない極上の肌に、長い髪はまとめられ、麦わら帽子を被っていた。


「どう?」

「女神みたいだな」

「ふふ、ありがと。でもあなた……私にあまり興味ないでしょ?」


 サンドローネは前屈みになると、デカい胸の谷間が見えた。

 不思議だった。エロいとは思うが、全く興奮しない。

 再認識した。こいつはあくまで仕事仲間であり、そういう対象には見れない。


「興味はあるぞ? その胸揉みたいし、水着引っぺがしてナマで見たい」

「……あなた、私にそういうこと普通に言えるの、本当にすごいと思うわ」

「そうか? まあ、お前とはそういう関係になるつもりゼロだし、お前もそうだろ?」


 そう言うと、サンドローネはポカンとして、クスっと笑った。


「そうね。あなたは面白いし、興味津々だけど……男には見えないわ。家族とも違うし、素の私を見せる……鏡みたい」

「鏡?」

「ええ。鏡に映る自分を見て照れる人はいないでしょ? でも、鏡は毎日見る……当たり前のような、そんな存在があなた。どう? 的を得ているかしら?」

「ん~……わからん。まあいいか、泳ぐなり休むなり好きにしてくれ。俺、読書するから」

「じゃあ私も。ところでこれ、タープじゃないわよね……なに?」

「ビーチパラソル。まあ、仕事の話はなしだ」


 俺とサンドローネはビーチチェアに座り、読書をする。

 波の音、風のニオイ、太陽の眩しさだけが、俺たちの間にあった。

 昼は、俺特製のチャーハンを食べ、午後はサンドローネが波打ち際で海水を浴び、海を満喫する。

 俺はその様子を眺めながら、心地よい眠気に身を任せるのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 時間は流れ……九月になった。

 常夏の国ザナドゥは相変わらず暑いが、エーデルシュタイン王国はあと一か月で秋になる。

 そろそろ、帰ることも考えなくてはならない。

 サンドローネたちは「あとは支店長に任せて先に帰る」と帰ってしまった。アレキサンドライト商会・ザナドゥ支店はかなり好調、あと数日で水中スクーターと魔導ボートの発売となる。

 俺は、遊びにきたロッソたち、スノウさんとユキちゃんに聞く。


「なあ、そろそろエーデルシュタイン王国に帰ることも考えたい」

「そだねー、けっこう遊んだし、もう九月だしね。おっさん、いつ帰る?」

「お前らに合わせる。まあ、荷物は着替えくらいだし、ここは閉めて不動産ギルドに管理任せる手続きすれば、いつでも帰れるけど」

「にゃああー」


 スノウさんに抱っこされていたユキちゃんが、俺の方に来た。

 抱っこして太ももに座らせ、頭を撫でる。


「……私たちも、依頼は終わったし遊んでるだけ。いつでも帰れる」

「ですわね。でも、お土産は買いたいですわ」

「うんうん。スノウさん、ユキは大丈夫?」

「はい。住んでいた家は処分しましたし、荷物なども少ないので」

「にゃう」

「じゃあ、アタシらの準備があるから、三日後くらいにする? 荷車の手配もあるし、三日後に迎えに来るよ」


 こうして、俺のバカンスは終わり、エーデルシュタイン王国に帰ることになった。

 

 ◇◇◇◇◇◇


 帰る前日、俺は不動産ギルドに管理を任せる手続きをした。

 こうすれば、あとは不動産ギルドが管理してくれる。掃除はもちろん、不審者が入らないよう警備をしたり、見回りもしてくれる。

 まあ、金目のものはないし、問題はないけどな。

 俺は一人、ウッドデッキで夜空を眺めていた。


「いい休暇だった……別荘、プライベートビーチ、水着、リゾート……」


 明日には、エーデルシュタイン王国に帰る。

 一か月ほどのバカンスが終わった。

 なかなか濃い中身だったが、今となってはいい思いでだ。


「もうすぐ秋、そして冬か……温泉とか行きたいな」


 この世界にも、温泉はあるのだろうか。

 もしあれば、ぜひ行ってみたいし、温泉に浸かってみたい。


「まだまだ、楽しいことは多い。その前に……まず、サンドローネと約束した、秋~冬向けの魔道具を開発しないとな」


 海の国ザナドゥ。来年もまた来るとしますかね。

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