店舗

 さて、家に戻ってきた俺は、カバンを放ってソファに座る。


「っはぁぁぁ~……この解放感!!」


 貴族街の片隅にある二階建て一軒家。

 サンドローネが見繕ってくれた家の中で一番小さいところだ。この家以外にも、貴族街の真ん中にある豪邸とか、プール付きの家とかあったし、お手伝いさん付きともあった。

 でも全部だめ。お手伝いさんとかいらんし、家も一軒家くらいがベスト。

 この家、塀も高いし、魔道具による結界で侵入者対策もバッチリだ。これくらいが身の丈に合っている。


「さ~て、まずは一服~と」


 アレキサンドライト商会のブランド煙草『スターダスト』を手に、マッチで火を着ける。

 煙を吸うと、心地よい甘さが体の中へ……異世界の煙草って趣向品でもあるけど、薬品でもある。肺が汚れるどころか、薬草効果で内臓や血管が綺麗になるとかいうから恐ろしい。

 美容煙草なんて言葉、初めて聞いたしな。


「まあ美肌はどうでもいい……ここらで冷えたビールとか飲みたいが」


 まず、冷蔵庫だな……というか、この世界に冷蔵庫はない!!

 魔道具で水道とか蛇口はあるし、下水道とかもちゃんと整備されているけど……魔法の属性に『氷』がないせいか、冷蔵庫というか氷がない。

 冷やす場合は、冷蔵庫の中に鉄のパイプを張り巡らせ、そこに水を流して循環させる方式だ。意外にも冷えるけど、冷蔵庫とか冷凍庫ほどじゃない。

 雪国とかでは普通に氷はあるらしいけど……不便だなあ。


「よし、まずは冷蔵庫作るか。エアコンとかもできるかも……それと、洗濯機と、電子レンジ……はちょっと厳しいか。掃除機とかもあればいいかも」


 お湯を沸かす魔道具はある。

 氷を作る魔道具もあればいいな。一部の魔道技師は開発中って話も聞くけど。


「あとは……この世界の本とかかな。ぐふふ……いや待て、俺はゲス野郎か?」


 悪いこと思いついた……今、スマホの中には、趣味で買ったラノベやら参考書などがダウンロードされた状態である。音楽とかもあるし……例えばだ。その本を模写して、出版社に持ち込めば……。


「やるかボケ。異世界でもやっちゃいけねぇだろ!!」


 まあ出版関係は手を出さん。

 俺はしがない修理工、工務店の技師であり、異世界では魔道具技師だ。

 

「いろいろ作る前に……まずは、店だな」


 仕事場だ。

 最初は、この家の一階を改装して職場にしようと思ったが……さすがに『貴族街の家を仕事場にするなんてありえない』とリヒターに言われてしまった。

 

「まあ、倉庫街みたいなところじゃなくて、事務所あって、商品開発の場があればいいな。あとは道具置き場とか……やっぱ倉庫街か?」


 アレキサンドライト商会の事務所も倉庫街にあった。

 でも、マッチの売り上げがすさまじく、倉庫街の敷地じゃ足りなくなって、王都郊外にデカい工場作ってそこで作業してるんだよな。

 サンドローネも、ブルジョワの仲間入りして、貴族街のど真ん中にある屋敷買ったし。

 煙草を灰皿に捨て、欠伸をすると……呼び鈴が鳴った。


「はいはーい……って、リヒターじゃん。どうした?」

「店舗を買うお手伝いに来ました」

「いや、すぐ買うわけじゃ……わ、わかったよ、そんな顔すんな」


 なんか「さっさと買わんとこっちがネチネチ言われるんじゃ」みたいな顔をするリヒター。サンドローネになんか言われたのかな。

 リヒターは、テーブルの上に資料をどさっと置いた。


「基本的に、ゲントクさんの商会は『商品開発』がメインですので、魔道具制作室と、素材置き場、事務所があればいいと思います」

「俺と同じ考えだな」

「はい。なので……ゲントクさんの好みに合わせた、大きくも小さくもない、警備がしっかりしている格安物件をいくつか見繕ってきました」

「仕事が早い。しかも俺の好みも押さえている」

「だてに一年、お付き合いしていませんからね」


 リヒターとは、もう何度か一緒に呑んでる。この家だって資料持って来たのリヒターだしな。

 

「場所はやはり倉庫街ですかね。元、アレキサンドライト商会の倉庫もありますが」

「あそこ広いしな……もう少し狭くていい。地下じゃなくて一階部分で仕事したい。地下に素材置いて、二階に事務所……寝泊まりできるように寝室も欲しい。あとシャワーかな」

「わかりました。それに合う物件もいくつかあるので、下見に行きましょう。それと……秘書など、本当に付けなくてよろしいので?」

「いらんいらん。従業員だけでいい。それと、従業員は仕事はじめたら、俺がテキトーに探す。アレコレやってもらうのもいいけど、自分でやりたいこともあるしな」

「はは、そういえばそうでしたね」

「ああ。それに、商会出てさっそく、次に作る魔道具のアイデア思いついたしな」

「……それ、在籍中にやってもらいたかったです」

「ははは。俺ってとことん、会社勤めが合わん男だ」


 この日、リヒターと一緒に不動産屋へ行き、俺の会社となる建物を見た。

 そのうちの一つ。倉庫街の隅っこにあるレンガ造りの建物が気に入った。

 一階部分はレシプロ機が入りそうなくらい広い作業スペースで、二階は事務所に空き部屋二つ、シャワーもトイレも完備してある。

 地下も広く、素材置き場としてはなかなかのモンだ。


「決めた、ここにする」

「わかりました。支払いは、これまで働いてきた見返りに、アレキサンドライト商会で出させていただきます」

「……ちょっと待った。それ聞いてないぞ。これまでの給料、ちゃんと貯金してたぞ」

「すみません。お嬢からの指示でして……開業祝いです」

「……あいつ、いい奴じゃねぇか」

「えーと、言いにくいんですけど……たぶん、そうやって恩を感じさせて、自分から離れられないようにするためだと思います」

「前言撤回するわ」


 こうして、俺の新しい会社が手に入った。

 外観は少し古いけど、中身は立派。

 しばらくは、アレキサンドライト商会の警備員が警備もしてくれるそうだ。


「それと、看板を作るので商会名を考えておいてください」

「ああ、それなら決まってる……『オダ魔道具開発所』だ」

「なるほど。魔道具開発所……よくある名前ですし、いいですね」

「ああ。看板はそれで頼む。あと、必要な工具や素材とかだな」

「そちらは私が手配します。ゲントクさんがアレキサンドライト商会で使っていた道具と同じものを用意しますので」

「助かる。いや~、こんな言い方はアレだが……リヒター、お前を秘書に欲しいわ」

「すみません。私はお嬢に命を捧げると誓ってますので」

「ははは……残念。フラれちまった。じゃあ、せめて今夜付き合えよ。この一年で行きつけの店もできたし、メシ食おうぜ」

「それなら喜んで」


 俺はリヒターと肩を組み、夜の街に出かけるのだった。

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