異世界マッチ

 さて、さっそく火を着ける道具を考えるのだが……ふと思った。

 イェランに質問する。


「なあ、魔法あるんだろ? 火とか魔法で着ければいいんじゃないか?」

「無理無理。火属性はめっちゃ希少な属性なんだよ。魔術師でも火属性は『最強』って言われるくらいだし、他の属性とは一線を画す強さなの」

「そうなんだ……」


 火属性とか、異世界ファンタジーじゃめっちゃありふれてる気がするんだがな。

 まあ、この世界の人の大半が無属性だし。

 聞くと、無属性は軽いものを浮かせたり、『魔石』に簡単な命令を送れる程度だ。


「魔道具ってのは、魔石に命令して動かす機構だ。例えばこれ」


 イェランは、ガラスポットみたいなのを見せる。

 そこに水を入れ、スイッチを入れると……水がお湯になった。


「魔道具のポット。これは魔石に『熱を出せ』って命令して、熱を出している。魔導具技師は魔石に『命令』を書き込むのも仕事だからね」

「なるほどね」


 魔導具技師。

 魔石に命令を書き込み、魔石に効果を発揮するように加工したり、魔石を利用した道具を作る職人か……なんか面白いな。

 

「魔石ってのは、魔獣の体内から採取される結晶のことね。基本的に、冒険者が商業ギルドに売りに来るから、商会はそれを買うの。純度の高い魔石ほど高価で、複雑な命令も書き込める。ゴブリンとかの魔石じゃ、このポットみたいに『熱を発せ』みたいなのしか書き込めないよ。しかも純度低いとすぐ割れちゃうしね」


 魔石は消耗品。で……やっぱりいた、異世界の定番『冒険者』だ。

 やべえな……この世界、知れば知るほど面白いぞ。


「とりあえず、今は火を熾す魔導具考えないとね。そのライターだっけ? どういう仕組み?」

「いや、ライターはまだ早い。まずはマッチからだな」

「……マッチ?」

「ああ、ちょっと火打石見せてくれ」

「いいけど……」


 この世界の火打石……やっぱりそうか。

 

「石英っぽいな。で、擦り合わせて火花を熾す……まあこの火打石、仮に石英としておこう。これじゃ火が付きにくいはずだ」

「アンタ、何言ってんの?」

「なあ、さっきのポットだけど、熱を発生させるんだよな? 魔石見せてくれ」

「いいけど。これ、ポットの交換用魔石。もう加工は済んでるから」

「どれどれ……んん?」


 ポット用の魔石は、ピンポン玉くらいの大きさだった。

 加工済み……とのことだが、なんだこれ?


「……これ、どういう意味だ?」

「何って、魔導文字だよ。その文字を刻んだ魔石は、魔道具の核になって様々な効果を出す」

「…………」


 魔石……これ、眼の錯覚じゃないよな。

 魔導文字っていうのか? これ、どう見ても漢字で『熱』って書いてあるんだが。


「これ、熱って意味か?」

「え、わかるの? 簡単な魔導文字だけど、アタシが掘ったんだ」

「……へえ」

「ふふん。今のアタシじゃ最大三文字しか無理だけど、お姉様みたいに『八文字』書けるような魔道具技師になるのが目標なの!!」

「…………」


 ふと、さっきの魔法適性を調べる紙を見た。

 よく見ると、裏面に『魔法適正調査用紙』って書かれている。え、嘘……魔道文字ってこんな簡単なモンなのか?


「な、なあ……魔導文字って簡単なのか?」

「はああああああ!? 寝言は寝ていいなさいよ!! 魔導文字はね、現象の発生、そしてそれに対応した文字の開発を何年もかけてやらなくちゃいけないの!! 魔導文字を一文字作るだけでも、何年もかかるし、ちゃんと効果発揮される魔導文字を造るなんて、一人の魔道具技師が一生を掛けても十個できるかできないかなのよ!?」

「す、すみませんでした……」


 な、なんか……これ、いける気がしてきた!!


「くくく……なるほど、なるほどね。魔導文字に関しては何とかなりそうだ」

「……なんかそのドヤ顔ムカつく」

「よし、イェランに質問していくぞ。わかる範囲で答えてくれ」

「……いいけど」


 こうして、俺はこの世界の知識をどんどん吸収していくのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 さて、この世界に来て一週間が経過した。

 俺、イェランは地下に籠り、新しい『火起こし魔道具』の研究に精を注ぎ……ようやく試作品が完成。

 その試作品を手に、サンドローネの執務室に来た。


「さっき帰ったの。いいタイミングね……って、何その顔」

「ん、なんだよ」

「髭……髪も。ちゃんと手入れしなさいよ」

「悪かったな。イェランは『ワイルドでカッコいい』って言ってくれたぞ」

「べ、別に今言うことないじゃん!! お姉様、そんなことより!!」


 するとサンドローネ、俺のジッポライターで煙草に火を着けた。


「……ねえこれ、火の付きが悪いんだけど」

「あ~、燃料少ないのかもな」

「……燃料?」

「ナフサっていうんだが……たぶん、この世界にないぞ」

「……そ。じゃあいいわ。どうせ、新しい『火つけの道具』ができたんだし」


 サンドローネは、ジッポライターを胸ポケットへ。

 そして、机の上にある木箱をパカッと開けた。

 そこにあったのは、小さな木箱。


「これが、新しい『火着け』?」

「ああ。開けてみろ」


 サンドローネが木箱を開けると、そこには細長い棒がいくつも入っている。

 細長い棒の先端には、赤い塗料のようなものがくっついていた。

 

「……なにこれ?」

「名付けて『魔石マッチ』だ。まあ『魔ッチ』でもいいけど」

「まっち?」

「ああ。そのマッチを木箱の側面にある赤い板でこするんだ」


 俺はサンドローネからマッチを受け取り、木箱の側面でこする。すると、先端が勢いよく燃える。

 その様子を見て、サンドローネは驚いていた。

 だが、火は二十秒ほどで消えてしまう。


「……どういう仕組み?」

「簡単だ」


 ◇◇◇◇◇◇


 まず、俺は魔石に『炎』を刻み、試しに魔力を流してみたらとんでもない勢いで燃えだした。

 マジで火事になる危険だった。イェランにブン殴られたけど、魔石に漢字を書きこむとその文字の効果が出る……これは本当に素晴らしい発見だった。


 そして、そのままでは使えないので、俺は魔石を砕いてみた。

 魔石を砕くという発想がなかったのかイェランは驚いていた。

 そして、砕けた欠片に魔力を流すと……なんと、欠片でも燃えたのだ。


 で、さらに考えてみた。

 俺は魔石をさらに砕き、粒状にした。

 そして、イェランに相談し、スライムというネバネバした軟体生物を使った。

 こいつはゆでると死ぬアメーバみたいな生物で、沼地や水辺にけっこういる無害な魔獣。俺は、こいつを湯出てドロドロに溶かし、炎の魔石の欠片を混ぜ、『氷結』と彫った魔石に魔力を注ぎ、冷気で固めたのだ。

 

 結論、この状態でも燃えた。

 なので、ドロドロにした状態でマッチのように棒の先端にアメーバをちょこっと付け、それを何本も作る。そして、木箱の側面にアメーバを塗り、最終的に固めたのだ。

 こうして、異世界マッチが完成……まあ、魔力流せば火は付くから擦る必要はない。マッチを作らなきゃって思い込みで、思わず側面を擦る仕様にしたんだが……まあ、なんかいい感じだし別にいい。


 ◇◇◇◇◇◇


「とまあ、こんな感じか」

「待った。あなた、魔導文字が彫れるの?」

「ああ、なんとかな」

「……へえ」


 俺はマッチを擦って火を着ける。


「砕けた魔石だから、効果も二十秒くらい。でも、二十秒あれば火は付けられる……魔石も、安価なゴブリンの魔石で作れるし、今言った方法なら設備を整えれば生産も可能だ」

「お姉様……癪だけど、こいつすごいです」

「確かに、ね……」


 サンドローネはマッチを擦り、火を着ける。

 そして、煙草をくわえて火を着け、煙を吐き出した。


「さっそくこれの量産体制に入る。ふふ、私は宣伝に奔走しなくちゃね」

「待った、サンドローネ」

「何? ああ、ご褒美ならあげる。お金、いくら欲しい?」

「金はいい。お前に、頼みがある」

「……なに?」


 マッチを作りながら、俺はイェランにこの世界について聞いた。

 まだ知らないこともある。でも、いける気がしてきた。

 だからこそ、提案する。


「一年、ここで働く。その間に、この世界の商売について仕組みを教えてくれ。そのあと……俺は、独立する」

「……つまり、商会を起こすと?」

「ああ。でも、宣伝、販売はお前の商会でやればいい……俺は、魔道具開発専門の商会を作る」

「…………」


 サンドローネの目がスッと細くなる。

 いいね、こいつ……こういうサディスティック的な目の方が似合う。


「それ、私に利益はある? あなたをここで雇った方が楽だと思うけど」

「かもな。でも、それじゃ飼われてるのと同じだ。俺はな、自由に生きたいんだ。稼ぎつつも遊んだり、趣味に没頭したり……俺専用の魔道具とかも作ってみたい。組織で働くんじゃなくて、俺の組織で、俺が自由に仕事したいんだ。カンヅメじゃきっといいアイデア出ないし、すぐ飽きる」

「…………ふぅん?」

「お前に恩はある。でも、俺は決めた。この世界で、俺は自由に、楽しく生きるってな」


 胸をドンと叩く。

 まっすぐ、眼を逸らさずに。

 この世界に転生、転移どっちか知らんが来れたのは運が悪かった。

 でも、俺の知識、修理工として、技術者としての腕は通用するかもしれない。

 魔石という素材、魔道具技師という商売。

 そしてこの異世界……きっと、俺の知らない面白い物で溢れている。

 第二の人生、異世界で自由にモノづくりしながら過ごすなんて、最高だ。


「……いいわ」

「え、いいのか?」

「ええ。このマッチ、ウチの新しい主力になりそうだし。一年あれば、世界中にアレキサンドライト商会のマッチが普及するでしょうね。特許を取れば真似されることもないし、火は毎日使うモノだから廃れることもない……それに、あなたという技術者の商会、面白そう」


 サンドローネはクスクス笑い、俺に顔を近づけてくる。


「あなた、私が欲しい?」

「いらん。俺、結婚願望ないし、独身で自由にいたいんだ」

「あら奇遇ね。私もよ? ふふ、気が合いそうね」

「かもな……」


 俺は手を差し出すと、サンドローネはその手を掴む。

 ガシッと握手。俺、サンドローネは向かい合って笑う……ああこいつ、面白いな。


「じゃあ、今日から商売の仕方、教えてあげる」

「よろしくな、サンドローネ先生」


 こうして、俺は新たな目標を作り、動き出した。

 異世界で俺の商会を作り、そこそこ稼ぎつつ、自由気ままに生活する。

 さあて、やることは多い……だけど、第二の人生、楽しもうじゃないか!!

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