エーデルシュタイン王国

 翌日。

 ふかふかのベッドで起きた俺は、いつの間にか洗濯され折りたたまれたツナギに着替えた。

 昨日、リヒターに「客間です」と案内されたのは、いかにも西洋チックな洋室だ。ベッドに机に椅子にソファと最低限の家具がある。

 よく見たら、どれもけっこうな値段がしそうな作りだ。ベッドはフカフカだったがスプリングがないせいか寝心地が悪い……異世界あるあるだ。

 窓を開けると、倉庫街の朝がよくわかる。


「人、多いな……」


 夜で暗かったし、すぐに倉庫の中に入ったからわからんけど、アレキサンドライト商会の倉庫ってかなりデカいな。

 欠伸をして伸びをすると、ドアがノックされた。

 返事をすると、リヒターが入ってくる。


「おはようございます。よく眠れましたか?」

「微妙。布団はいいけど、マットレスないのはダメだな」

「まっと、れす?」


 ああ、異世界にマットレスないのね。硬いベッドの上に柔らかな毛布を敷いて、その上に布団を掛けるスタイルのようだ。

 

「お嬢がお待ちです。朝食に行きましょう」

「おう。なあ、ここ倉庫なのにすげえいい部屋だよな」

「倉庫であり、事務所でもありますから。倉庫の裏にはお嬢の別邸がありますよ」

「そうなのか……」


 リヒターと一緒に向かったのは、リビングルーム。

 倉庫の二階の一室がこんなふうになっているとは。部屋ではソファに座ったサンドローネが、朝から煙草を吸っていた。

 しかも、俺のジッポライターで……返して欲しいんだが。


「おはよう」

「おう。なあ、俺のジッポライター、返してくれよ」

「朝食食べたら、あなたにお仕事あげるわ。このジッポライターを、量産できるくらい簡易的なものに改良して作ってみて。できる?」

「まあ、できると思うぞ。いろいろ必要なモンはあるが……そういや、俺のカバンどこだ? 一緒にあったと思ったけど」

「あるわよ」


 と、サンドローネの足元に、俺の仕事用カバンがあった。

 中を開けると、各種工具や外行き用の安物スーツ、スマホに財布などが入っている。


「よかった……!!」

「確認したけど、変なモノばかりね」

「うるせ。スマホ……まあ圏外だよな」

「えっ」


 俺がスマホを操作すると、サンドローネがガバッと顔を寄せる。


「な、なんだよ」

「なにそれ……綺麗」

「おい、顔近い」


 顔もだが、デカい胸が腕に当たってるんだが。というか……煙草吸ってるんだよな? なんでこんな甘い香りするんだ? 煙もなんか甘い匂いする。

 サンドローネはスマホを取り上げる。


「これ、なに?」

「スマホ。俺の世界の通信道具。音楽も聞けるし、動画も見れる……もう使えないけどな」

「不思議……」


 一応、太陽光充電器はある。趣味で聞いていた音楽や動画、電子書籍もダウンロードしてある。こっちの異世界太陽光で充電できるか不安だけどな。

 サンドローネはおっかなびっくりスマホを触る。タッチパネルに驚け異世界人め!!


「ねえ、これ」

「悪いが、絶対にやらん。これは俺の命でもある……そのジッポライターで勘弁しろよ」

「……まあ、いいわ」


 スマホをポケットに入れる。あとは、腕時計とか電卓とかかなあ。仕事道具があるのは助かった……これで仕事がやりやすくなる。

 すると、メイドさんが食事を運んできた……うん、やっぱメイドっていいな。ハウスメイドっていうのか、ひらひらした服じゃなくて、機能的なメイド服だ。

 運ばれてきたのも……うん、いいね。

 目玉焼き、ベーコン、サラダ、スープ、そしてパンだ。

 異世界あるあるを聞いてみるか。


「なあ、米ってあるか?」

「なにそれ?」


 やっぱないか。

 さっそく朝食を食べる……サンドローネと向かい合って。

 ナイフとフォークがあったが……あ、待てよ? 確かカバンの中に……あった!!


「……なにそれ?」

「箸。マイ箸は常に持ってる。潔癖症ってわけじゃないけど、あると便利なんだよ」

「……はし?」

「ナイフやフォークじゃない、俺の世界のメシ食う道具、じゃ、いただきまーす」

「いただき、ます?」


 異世界あるある的な反応に飽きてきたので、聞かれた時だけ答えるか。

 うん、うまい……目玉焼きもベーコンも俺が知ってる味。パンも美味いし、サラダも美味い。

 完食すると、リヒターがお茶を淹れてくれた。

 サンドローネは、食後の一服なのか、豪華なケースから細いメンソール煙草みたいなのを取り出し、咥えて火を着ける。俺のジッポライターで。

 俺も、自分の煙草を取り出し、百円ライターで火を着けた。


「あなた、その火を着ける道具、まだ持ってたの?」

「こっちは安モンだ。ふぅ~……」

「……それ、煙草?」

「ああ。俺の世界のな」

「……一本ちょうだい」

「いいぞ。お前のもくれよ」

「いいわよ。アレキサンドライト商会のブランド、『スターダスト』の味、堪能する?」


 メンソールっぽい煙草を一本もらって火を着ける。

 

「……甘い。でもなんだ? 妙に気分がいいと言うか、不思議な味がする」

「う、ゲッ……なにこれ、マッズ……最悪」


 サンドローネは舌を出し、灰皿に煙草を投げ捨てた……もったいない。

 

「あなたの煙草、おかしいわ……これからはうちの煙草を吸いなさい。うちの煙草は吸い込むと薬効成分が全身に浸透し、身体の内側から綺麗になる煙草なの。私が配合した、オリジナル煙草……エーデルシュタイン王国貴族、婦人会の皆様にも好評なんだから」

「煙草って身体に悪いモンじゃないのか?」

「はあ? 一部の粗悪品と一緒にしないでくれる? 煙草は薬草よ? 身体にいいに決まってるじゃない」

「タール、ニコチンとかは?」

「なにそれ?」


 ……異世界の煙草ってクスリみたいなモンなのか。

 まあ、禁煙しようか迷ってたし、いい機会かも。今ある煙草吸ったら、異世界煙草にシフトチェンジしようかな。


「さて。私とリヒターは商談があるから。あなたは、この倉庫地下にある加工場を好きに使っていいから、『誰でも火を着けることができる魔道具』の開発に取りかかりなさい」

「待った待った。いきなり言われても……俺、この世界のことまだよくわかんねーんだよ。物知りキャラみたいなサポーター付けてくれよ」

「……そうね。じゃあリヒター、イェランを呼んで。ゲントクのサポートを」

「しゃ、イェランさんを? だ、大丈夫なんですか?」

「構わないわ」


 そう言って、サンドローネは「じゃ、数日で戻るから」と言って出て行った……って、数日!?

 リヒターは俺に言う。


「えっと、ゲントクさんのサポートに、イェランさんを付けますので、わからないことは全て彼女に聞いてください」

「イェラン?」

「え、ええ……その、アレキサンドライト商会の技術者です」

「わかった。じゃあ俺、地下の加工場とやらで待ってるから、連れて来てくれ」


 さっそく、俺は地下の加工場へ。

 階段を下って入ると、微妙に狭い研究所みたいな部屋があった。

 

「なるほど。加工場というより、商品開発する部屋みたいだな……知らん道具がいっぱいある。それに、この図面みたいなの……」


 魔道具企画書、と書かれている。

 なんとなく見ちゃダメな気がしたので見ないでおく。

 その間に、カバンを開けて、持ち物をもう一度確認しておく。


「スマホ、安モンのスーツ、財布に小銭入れ、仕事で使う工具箱、マイ箸、太陽光充電機、イヤホン……あ~、いつも入れてるモンだけか。こっちの世界の金とかサンドローネからもらえないかな。あとでリヒターに聞いてみるか」


 と、呟いた時だった。

 ドアが開き、ボサボサ髪にバンダナを巻き、デカいゴーグルをつけたタンクトップ姿の女の子が、ずかずかと俺の元へ。


「アンタ!! お姉様を感動させたってマジ!? 何したの!?」

「…………は?」


 なんだこの子。

 タンクトップに作業ズボン、長い髪の毛はクセが付き、バンダナを巻いてデカいゴーグル、手にはゴツいグローブを付けており、俺をジーっと見上げていた。

 女の子のタンクトップっていいな。胸が強調……この子の胸、けっこうデカいな。


「お姉様曰く、『異世界からの来訪者』って話だけどマジ? 最大限の協力しろとか、面白いモンいっぱい見れるかもとか、マジなの? お姉様を感動させるほどの人なんて、アタシ以外にいないと思ってたけど!! む~……なんかムカつくし!!」

「なんだお前。あ、お前が」

「イェラン。アレキサンドライト商会の『魔導具開発者』よ。アンタは?」

「玄徳。織田玄徳……ゲントクでいい」

「ゲントク……へんな名前」

「やかましい。ところでお前、いくつ?」

「十八。フン、若いからって舐めないでよね。こう見えてアタシ、三属性持ちの天才なんだから。お姉様が認めた最高の魔導技師なんだからね!!」

「……三種もち? 魔導ぎし?」

「あー、『世間知らずの子供と変わらないから、赤ちゃんに教えるような気持ちで接してあげて』って言ってたっけ。はいはい、知らないこと教えてあげまちゅからねぇ~♪」

「……」


 なんかムカつく……おのれサンドローネめ。

 とりあえず、わからないことは事実。このイェランからいろいろ聞くか。

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