第6話 後方腕組み全肯定貢ぎおじさん(♀)
バタンと音を立てながら冒険者ギルドの扉が開かれる。
「見てみろ、赤い悪魔が男抱きかかえてるぞ!」
「嘘だろ!?あの男に一切興味を持たなかった悪魔が!?」
「しかも見ろあの黒髪と顔……ど、どこであんな男を拾ってきたんだ!」
「う、羨ましすぎる……」
ギルドの中がざわざわと騒がしくなる。ギルドの中にいる女性たちは全員俺のことを凝視し、受付を担当している男性も俺に視線を奪われている。普通に歩いている分には居心地が悪いで済んだのだが、今の俺はティオにお姫様抱っこをされている状況だ。居た堪れなさが霞むほどの恥ずかしさが身体を襲ってくる。何この新手のいじめ……。
俺は恥ずかしさから逃れるべく顔を出来るだけティオの方に向ける。可能なら顔をうずめたかったが流石にそんなことは出来なかったので気持ち顔をティオに寄せる程度に留める。
「ぶふぅ!!」
「ちょ!?」
汚っ!!何そんな勢いよく鼻血吹き出してるの!?服に血着いちゃったんですけど!!
次の瞬間、まるで牛乳を口から噴き出すが如くティオの鼻から勢いよく赤い液体が噴出される。先ほどは垂れる程度だったから耐えていたが今回の勢いで俺の一着しかない洋服に個性的な模様がついてしまう。
「す、すまない……衝動を抑えることが出来なかった」
「は……はぁ……」
なんかこの人大丈夫そうって思ってたけど……そんなことないのでは??
ティオも漏れなくこの世界の住人なのだから俺を襲いたいと思っていても不思議ではない。理性が機能しているだけましだと思った方が良いかもしれないが、それはそれとして認識は改める必要がありそうだ。
「ここが冒険者ギルドと併設されている酒場だ」
「よいしょっと……運んでくれてありがとうございます。……わぁすごい!」
先ほどは恥ずかしさのせいでしっかりと見ることが出来なかったが今ならしっかりと全貌を眺めることが出来るクエスト内容の書かれた紙が大量に貼られている掲示板に、受付嬢……男の場合はなんていえばいいか分からないけど受付嬢が並んでいるカウンターに、併設された酒場。二階はおそらくギルドマスターがいたり、応接室があったりするのだろう。
異世界に来て色々あったけど、やっぱりこういうのを見ると興奮するなぁ……。
はぁ……はぁ……な、何とか耐えきったぞ……。
ティオの理性はそれはもう凄まじい勢いで減っていた。ノアを抱っこしたことで間近にやって来るノアの顔と髪、服や鎧越しに伝わってくる体温と感触。その全てがティオの欲望を抑え込んでいる理性をひたすらに攻撃してきていたのだ。並大抵の人間であればおそらく冒険者ギルドではなく近場の宿屋へと足早に駆け込んでいたことだろう。
ノアからはなんかこう……ムラムラしてくる匂いがする!!何あれ!?普通にけしからんのだが!?
絶対にノアの身体からはフェロモン的な存在がドバドバ溢れている。歩いた時の振動でノアの匂いが鼻へとやって来るのだがそれがもう……大変えっなのだ!!歩いている最中に何度宿屋に駆け込もうとしたか……全く……ノアは困った男だ……。
しかし!しかし私は耐えた!!あのままノアのことを襲っていたらおそらく嫌われていただろう、私は男を襲う事しか脳の無い女共とは違うのだ!地道に、確実にノアの信頼を勝ち得て見せる。これがAランク冒険者のやり方なのだ!
「好きなだけ食べると良い、遠慮はいらないからな」
「あ、はい!ありがとうございます!わぁ……美味しそう!」
その後は併設されている酒場で大量の料理を飲み物を頼み、ノアと一緒に食事をすることになったのだが────
何この可愛い生き物?
目をキラキラと輝かせながら料理を眺めるノアを見て私の脳は思考を再び停止させる。まさかこの世にこんなにも可愛い生き物が存在しているとは……あぁ……日々のストレスが全て吹き飛んでいく。
「それじゃあいただきます!」
手を合わせてよく分からない挨拶をしたノアに疑問を抱いたがそんな些細なことはどうでもいい。
「美味しい!」
がわいいいいいいいいいいいいいい!!!!
小動物の様にモグモグと口を動かしご飯を頬張るノアを見て私は心の中で発狂する。なお現実世界の私は腕を組み、ノアを見たままピクリとも動かなくなっている。
あぁもう可愛すぎる……もう何でもあげたくなっちゃう……行きたいところとか欲しい物とか言ってみ?この後お姉さんが全部叶えてあげるよ?
「ごく……ごく……はぁ、生き返る……」
葡萄ジュースの入ったコップを両手で持ち、ごくごくと飲むノア。うん、私もノアを見てると生き返るよ。ほら、飲みたくなったらいつでも頼んでいいからね?
何という事でしょう、赤い悪魔と恐れられているあのティオは鼻血を吹き出す変態から後方腕組み全肯定貢ぎおじさん(♀)と化してしまったのです。
「あの……ティオさんは食べないんですか?」
「ああ、食べるよ。それと私のことは呼び捨てでいいし敬語も使わなくていい」
「えと……分かったよティオ……ティオ?」
ぐはっ……よ、呼び捨てされちゃった……うへへへへへ
ティオは嬉しさと興奮のあまり、数十秒の間某ボクサーの様に真っ白に燃え尽きてしまう。もちろんノアは困惑、ノアのティオに対する評価はどんどん悪くなっていくのであった。
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