第21話 わからせ
あれから、僕たちは無言のまま鈴の家に帰宅していた。新しく現れた魔法少女、それがまさかTSした光くんだったことに戦慄を覚えながら。
「間違いないパコよ! パコと同じTS魔法少女が癖なのは、NTR推進委員会の親玉くらいパコっ!」
「……光くんは、変態おじさんたちに騙されて、魔法少女になっちゃったってこと?」
「パコに覚えがないパコから、一夜の過ちを犯してない限りはそうパコ」
「お前に限ってはありそうだから、ややこしいこと言うな」
「パコパコ」
腰をヘコつかせてるエロ犬にため息を吐いて、僕は唇を触った。──光くんに、キスされてしまった唇を。
啄むみたいにして、光くんは何度も何度もチュッて僕にしてきた。弾力があって、ドキドキする唇の感触。必死になりながら、お姉さん好きだよって気持ちを込められたキス。……何気に、僕も初めてのキス。
それが女の子になった光くん相手だなんて、人生は本当に分からない。しかも、その……光くんの魔法で、エッチな目に合わされちゃったし。
何にしても、あまりに良くない状況すぎる。光くんの教育的にも、世界の危機的にも。だから、なんらかの打開策を用意して、光くんがまたあの魔法を使ってきた時の対処法を考えておかないと。次は、おんなじパターンで負けるわけにはいかない。じゃないと、また……イかされちゃうかもしれないし。
「…………こころ、顔が赤い」
絶対に光くんに屈しない、そんな気持ちを新たにしている中で、帰ってくるまで無言だった鈴が初めて口を開いた。僅かながらに、注意する様な口調で。
「ごめん、負けちゃった原因を考えてたから……」
「……イかされたりキスされたりして気持ちよくなったの、思い出してたんだ」
素っ気なく、なのに棘のある言い方。そんな鈴の言い草に、少しムッとする。
好きでイかされた訳じゃないし、唇に関しては奪われちゃっただけだしっ! この前は鈴が僕をイかせたくせに、それを棚に上げて非難されると拗ねたくなる。
「……違うし」
「違わない、私は耐えた」
「それは……鈴が凄いだけだから」
「違う、こころが誰相手でも気持ち良くなろうとするから」
あんまりな言い方に、思わず鈴を睨みそうになって……気がつく。鈴が、今までにないくらい怒ってることに。緑の目が、どうしてだか赤く見えてしまうくらいに。何で、どうしてって、目で訴えてきてる。
そういえば、この前にお風呂に連れ込まれた時も、鈴は僕がおじさんでイッちゃったって思ってたから、あんな行動を取ったんだよね。
……鈴、僕が女の子の身体でイきすぎちゃうと、男の子に戻れないって心配してくれてるのかな? だとしたら、ごめんって謝るしかない。覚えた怒りが解けて、鈴に対する申し訳なさになる。
「鈴、ごめん」
衒いなく、素直に口から謝罪の言葉が溢れる。それを聞いて、鈴は。
「許さない」
──たった一言で、僕の申し訳なさを切り捨ててきた。
そのまま、鼻が触れ合いそうな距離まで近付いてくる。
「す、鈴?」
腰が引けそうになりながら、急なことに頭が混乱する。だって、このままだと、鈴と僕の唇が……。
「こころ」
「な、何?」
今まで聞いたことないような、鈴の低い声。本気で怒ってるんだって、ブチギレてるんだってことが伝わってくる。思わず、一歩下がろうとする、けど──。
「ダメ」
鈴によって、下がらないように壁際へと追い詰められる。そのまま、僕の顎をクイっと上げて。
「──二度と、他の女の子で喜んじゃダメだから」
そのまま、唇を重ねた。ぷにぷにしてて、柔らかい鈴の唇。いつも愉快なことを紡いでいた唇が、今は僕のモノに蓋をしている。大切な、大事な幼馴染にそんなことをされている。その事実が、僕の頭を狂わせそうになる。
「っ、んーっ!?」
──そしてそのまま、鈴は僕の口へと舌を滑り込ませていた。撫ぜるように、擦り付けるみたいに、僕の舌に絡んでくる。鈴の味を、僕の口に覚えさせようとして、忘れられなくしようとしてくる。
「んっ、ちゅっ、れろれろ」
「あっ、んっ、ちゅっ」
逆らえない、抵抗なんてできない。
ここで暴れると、鈴の舌が怪我をするから。鈴がきっと、傷ついちゃうから。……鈴の舌が、気持ち良いから。
だから、僕は受け入れちゃって。こんなこと、恋人じゃないとダメなのにって思うのに、身体も心も鈴にされるのを喜んじゃっている。嬉しいなって、その行為を受け入れているから。
「す、ずっ」
いつの間にか、その背中を抱きしめていた。
離したくないし、離れたくないよって、本能が鈴に屈服しちゃってる。ずっと一緒だよって、身体も心も認めて、僕の理性へと訴えてきてる。──君も、そうだよねって。
「ちゅ、ここ、ろ」
鈴も同じ風に思ってくれてるのか、息が苦しくなっても、必死になって、キスをするのをやめようとしない。ふー、って鈴の鼻息が荒くなるのを受けて、自分の鼻息も荒いことに気がつく。息が苦しくて、呼吸もままならない感覚。
──なのに、やめられない。
「堕ち、ちゃうっ!」
理性が最後の悲鳴を上げて、鈴を抱きしめて離さないままなのに、そんな言葉を吐いた。このままだと、僕は……。
「堕ち、てっ。んちゅ、女の子でも、こころならっ!」
僕の最後の訴えに、鈴からも強く強く、乱暴に抱き締められる。絶対に、もう離してあげないんだって、決意を込めて。
……なら、もう仕方ないよね?
「す、ず。ちゅ、ちゅっ。あの、ね? す──」
必死に、胸の内に隠していた想いを言葉にしようとする。淫らで、酷く爛れてるキスをしながら、順番があべこべなのを理解しながら。
「き──、すず、ちゅ、すきっ!」
隠してたはずの、男に戻ってから伝えようって思ってた言葉。それが、心から漏れ出して、口から溢れてしまって。
「ここ、ろ。こころっ──」
鈴は、顔を酸欠になりながら、真っ赤にして。なのに、必死になって離そうとしない。僕の気持ちを聞いて、それでキスがもっと激しくなる。舌だけじゃなくて、歯の一つ一つを確かめるようにペロペロしてくる。全部が全部、鈴のものだよってマーキングするみたいに。
……うん、僕の全部、鈴のものだからね。
「すっと、一緒、だよ、鈴っ!」
「うんっ、いっしょ、こころっ!」
結局、僕達は意識が息が出来なくて朦朧とするまで、キスを続けた。一緒に廊下でへたり込んで、ぼぉーっとする中で、視線が絡まる。
凄いこと、しちゃったね?
うん、した。
そんなアイコンタクトが成立し、お互いに微笑を浮かべた。
鈴が笑ったとこ、久しぶりに見た。
……やっぱり、可愛い。
素直にそれが認められて、そっかと自覚する。
鈴と距離を取っていた理由のこと、それは僕が鈴のことを好きで、片思いしてたからかもしれない。無意識のうちに好きになってて、鈴の気持ちを確かめることを、怖がって距離を置いたんだって。
距離を置いて、落ち着いて、だからこうしてまた話せるようになった。なのに、こうして鈴に全部全部引き摺り出されちゃった。
恥ずかしくて、けど心が軽い。無自覚だったことを自覚して、恥ずかしいけど気持ちが良い。色々と考えていたはずの頭が、今は鈴一色で埋め尽くされてる。
うん、僕、鈴に堕とされちゃった。……こういう時って、責任を取るべきなのか、取らせるべきなのか、どっちなんだろう?
少し考えても分からなくて、意味もなく鈴の手を握ってみる。鈴は手を握り返してくれて、お互いに手を握り合ってみた。意味がないけど、心地良い感触。ま、いっかって、気持ちで全てがおおらかになる。
カシャっと、誰かが写真を撮ったかのような音がする。けど、今は鈴で頭がいっぱいだから。廊下に寝っ転がってみて、お互いの手を僕たちはにぎにぎしあった。飽きることなく、夕方になるまでずっと。僕は、鈴の彼氏なのか彼女なのか、どっちになるんだろうなって考えながら。
「こころ、私のファーストキス、ベロチューになった」
夕方、ぐぅってお腹のなった僕たちは、いそいそとご飯の準備を始めて。そんな中で、鈴は無表情に戻りながら、なのに悩ましげにそんなことを伝えてきた。
「ご、ごめん」
「うん、良いよ。気持ちよかったし、忘れられなくなったから」
爛れた回答に、苦笑してしまう。確かに気持ちよかったのは事実で、夢中になってしまったのも真実だから。
昨日までだったら、"エッチなのはダメ、死刑!!"と言ってたかもしれない言葉に、今は鷹揚でいられる。鈴に気持ちを伝えられるきっかけになったっていうのが、この肯定感の正体かもしれない。
「もう、私以外とキスしちゃダメだから」
「うん」
淡々と、無表情でそんなことを言う。今なら、それが鈴の独占欲から来てるんだって分かる。いじらしい気持ちが、とても可愛い。鈴は元から可愛いけれど。
「私以外で、気持ちよくなってもダメ」
「……うん」
誤解だよ! と口走りたくなる気持ちを抑えて、なんとか頷く。確かに、光くんにキスされちゃったし、絶頂させられちゃったのは事実だから。鈴、もしかすると相当根に持ってるのかもしれない。……いきなり、あんなキスしちゃうくらいには。
「僕の唇も、気持ちも、鈴だけのものだから」
「私もそう、私の全部はこころのもの」
とんでもないことを口にしてるのに、不思議と恥ずかしいと思わない。鈴のことが好きって言っちゃったからか、堂々と胸を張っていられる。今の僕は、もしかしたら無敵なのかもしれない。
「今なら、光くんになんて負ける気がしないよ」
「アヘ堕ち2コマみたいなこと、言ってるパコね?」
「お前いたんだ」
喋らなさすぎて、遂に逝去したと思ってたと思ってたのに、こいつは未だに生きていた。汚いやつは生き汚くもある、そういうことなのかもしれない。
「二人の成長の証を、この可愛い目にシコまれたAV撮影用の録画機能で撮影してたパコ」
「死んで?」
「娘たちが処女を散らす時も撮影するつもりパコから、良い予行演習になったパコ」
「許されると思ってるの?」
「パコの家は陰核家族パコからね。ふるさとのパコのパパとママに、孫たちの立派な姿を見せてあげたいんだパコ」
「イカれてるの?」
「イかしてるパコ!」
エロ犬に全部見られてた。怒れば良いのか、処せば良いのか迷うところ。とりあえず、逆さ吊りにして電柱にでも吊るそうかなって思ったところで、僕の肩に手が置かれた。鈴が、待ったをかけたのだ。
「どうしたパコ、鈴。そんなに発情した目をして」
「……欲しい」
「こころの精液をパコか?」
「私達の成長の証、欲しい」
「……鈴?」
エロ犬を始末するはずの予定が、鈴によってゴミ送りにされる。代わりに、怒って然るべきはずの所業に対して、鈴はおかしな便乗を始めていた。
「何に使うパコか?」
「ナニに使う」
「鈴!?」
聞き間違いなのか、鈴がとんでもないことを口走ったみたいな気がした。何ってナニ? 丁寧な言い方にすると、オナニーになるとかじゃないよね? そんなはず、ないよね!?
「こころとのキスシーンで、初めての自慰行為を、とても過酷なものにする」
「おかしいよ鈴っ!!」
想像してた最悪なケースを、こともなさげに鈴は口にした。何かのタガが外れてしまってるのか、無敵の鈴と化している。なんで僕の目の前で、堂々とそんなことを言っちゃうのかな!
「おかしくない、必要なこと」
「僕とのキスシーンで過酷なオナニーすることに、なんの必要性が存在してるのっ!?」
「──勝つのに必要」
勝つって、何に?
欲望に負けきってる、そんな所信表明をしちゃってたけど。頭がはてなマークでいっぱいになるけど、分かってないのは僕だけなのか、エロ犬もうんうんと頷いてる。おかしい、僕がこの中で一番まともなはずなのに。
「快楽には快楽で対抗する──分からせるつもりパコね、鈴」
「うん、私がこころで一番気持ち良くなれて、こころ専用の女の子だって思い知らせたい」
シラフのまま、頭がおかしい会話を続ける二人。端的に言って、理解が及ばなさすぎて発狂してしまいそうだった。本当になんなの?
「そういう訳で、こころ」
「どういう訳かわからないけど、何かな鈴」
「……これから、こころを半径1kmのところに隔離する。凄く大変なことになっちゃうと思う、けど許して」
「は?」
意味が、本当に分からなかった。
だって、それって……。
思わず、下腹部の辺りを撫でる。正確には、そこに刻まれてしまった魔法の跡があるだろう場所。──僕と鈴の、淫紋が刻まれた場所を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます