第24話 箱庭のような世界

 あれは夢だったのだろうか。夜が明けた今でもそんなことをずっと考えてしまっている。


 指を舐めたりしたのは確かに記憶に残っているのに、指は濡れてもなければ噛まれた跡が一切なかった。流石におかしい。最初からこんなことなかったかのようにされているような、そんな違和感がある。


 「ましろちゃんの手は触ってて飽きないよ――ちゅっ」


 相変わらずなのちゃんは私の手を触っている。時々爪を食い込ませたり、指を絡めたりしている。それだけならまだいいけど今みたいに手の甲に口づけをするのは少しやめてほしいけどやめてほしくはないと思っている自分がいる。


 「なのちゃん?友達ってこんなことしないと思います」


 「これくらい普通だよ?ましろちゃんが友達いないだけで」


 「失敬です……!私にだって友達は……」


 言葉がつっかえてしまう。私にも友達はいるって反論したいのに友達がなのちゃん以外にいないせいで反論できない。だとしても、こんなことは絶対に友達同士でやったりなんてしない。こんなことするのは二次元の話だけ。


 「……本当に大丈夫?なんだか様子が変だよ」


 「私のこと馬鹿にしてるんですか?私はどこもおかしくなんてありません。おかしいのはなのちゃんの方です」


 こんなこと言うつもりなんてなかったのに勝手に口から出てしまった。私の顔はきっと青ざめている。それぐらいに私は後悔と罪悪感でいっぱいになっている。


 なのちゃんは口を閉ざし何も喋らない。教室には私たち以外にも人がいるのに不思議と声が、音が――気配がしない。


 気がつけば周りの景色が変わっていた。壁は一部崩壊、机や椅子に関しては壊れているものもあれば、横に倒れてるものもある。崩壊し崩れた壁から見える夜空と輝いているように見える満月、そして一面に広がっている白いポピーのような花。それらが現実感を際立たせる。


 そんな中、なのちゃんは私に話しかけてくる。


 「自分が何者なのか忘れて永遠に同じ時を繰り返す――偽りの箱の庭に閉じこもってまでしたかったことがこんなことなのかな?それともあの傍観者がこんなふうにしちゃったのかな」


 いきなりのことで目の前にいるなのちゃんの言っていることに頭が追いつかない。疑問より唖然というか困惑などといったものが先に出てくる。誰だって私と同じ状況下で落ち着いて思考できる人なんて少ない。


 なのちゃんが私の身体に指を指している。軽く錯乱している思考でもそれが気になってしまう。


 私は恐る恐る視点をその指の方向に向けるとあの白い花が私の身体に咲いていた。私のことを蝕んでいるように不気味で気持ち悪い。こんな醜い姿になっていても驚きなんてものは何一つない。


 「……ましろちゃんはいつまで嫌なことから逃げるの。寝たって、忘れたって意味なんてない……何より私はそんなこと望んでない!」


 彼女は目から涙を流しながら私に向かって怒りの感情をぶつけてくる。記憶のない空っぽな容器に何を言ったって無駄なのに。そんな無駄なことをしている彼女は本当に滑稽で愚かで可愛そう。


 「でも、それは本当のあの子の言葉じゃない。あなたはただの誘惑でしかないんです。そんなあなたに言われたって何も響かない」


 私がそう言い放つと、誘惑は悲しみの表情を浮かべながら呆然としている。私のやってることを邪魔する人にはあの子を構成する一部であっても決して許さない。


 「あと、私は別に何者なのか忘れてはない。忘れさせてるだけ。そのせいで二重人格みたいになってはいるけど」


 「っ……一体何が目的なの」


 無意識に私のことを誘惑しているのだろうか。彼女は怯えていて涙を目尻に浮かべているのにもかかわらず、口角は不気味なほどに上がっており瞳孔にはハートが浮かんでいる。


 彼女の本能的な、本質的なもののせいなのかもしれない。悲しいと思ってても誰かを無意識に誘惑してしまう。本当に可哀想で滑稽で――


 ――甘い


 「私はただあの子と一緒にいたいだけ。それ以上の理由なんてない……あの子といられなくなるくらいなら何処にも行けないように閉じ込めるしかない。だから、私はこうしてここにいる」


 こんなことしてたって意味がないことくらいはわかってる。わかってるのにあの出来事を忘れることが出来ないから。あの出来事さえなければ私は今もこんなところに閉じこもってはいなかった。全てはあの出来事のせい。あんなことが起こってなかったらって思うのに、すべて無意味で無意味で惨めだ。


 「監視者であり傍観者。私とあの子が目覚めないようにね……邪魔をするならあなたと言えど決して許すつもりはない。これは忠告」


 「……つまり逃げるってことでいいよね?ふぅ~ん……?逃げるんだ」


 誘惑の雰囲気が変わった瞬間、空気を弾くような音が聞こえ、頬に熱が集まる。彼女はうっすらと目を開きながら口角を上げ、笑みを浮かべていた。


 「これからまともに傍観できることなんて思わないことだね?――ましろちゃん♡」


 


 

 


 


 

 


 


 

 


 


 


 


 


 


 

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